第1話 美青年を待ち侘びて〜私と結婚してくれ〜
私はサブマシンガン製造業を営む一般女性。
サブマシンガンはドイツやらアメリカやらの軍隊が戦争の近接戦で猛威を振るった結果、我らの国イギリスも第二次世界大戦が始まるや否や急ピッチでサブマシンガン製造に励むことになった。
このサブマシンガンはステンガンと呼ばれるもので、低コストと大量生産に特化しそのほか全てを犠牲にしている哀れな武器だ。
見た目も他のマシンガンよりもこう、玩具っぽいというか、単に言えばカッコ悪く人気もそこまで無い。
私は愛着もあって好きなんだけどね。
軍人からは、臭いという意味のステンチガンなんて呼ばれる始末。ちなみにあと三種類残念ネーミングがあるらしい。
言うてそこまで臭くないと思うんだけどな。どちらかと言えば、その鉄の匂いが染み込んだ作業着を纏う私の方が臭い自信がある。
そんなサブマシンガンを作る私は、毎日プレスしてプレスして点検整備してプレスして……単純作業であるのはいいが、労働時間がなあ。腕も疲れるし。
「おい、ぼーとしてないで手を動かせよ?」
「はいはい、分かってますよもう」
ここの製造場で働いている人間は全員女性だ。
男がいないとこうも、女気が無くなるというか、口調がキツめな人間も少なくない。
少ない休憩時間も、女同士で楽しくもない愚痴トークを繰り広げられ、家に帰っても泥のように寝てまたプレスする日々。
せっかくカナダで働いてるのに、美味しくもない硬い支給パンを食う生活も飽き飽きだ。
イギリス人には普通肉だろう?
それに、普段食えない野菜たっぷりな料理でも食べたいものだ。まあ調理する時間もないんだけど……
せめてこうゆう職場に明るい美青年がいれば救いがあるのだけれども。はあ、もうため息しか出ない。
『ここでマシンガン作っていたんですね』
「ああそうだ。私らが汗水垂らしてプレス清掃プレス組み立てプレスプレス……ん?」
どこからともなく聞こえた爽やかな声。
頭上を見上げると、プレス機を不思議そうに眺めるぷかぷか浮いた美青年が!
……もう幻覚幻聴と来たか?
イマジナリーフレンド(超好みなイケ男)でもプレスっちゃったのかもしれない。
硬直した私に振り返るイマジナリー青年。
『あ、僕のことが見えるんですね。はじめまして、私はイギリス軍所属のフレディーと言います』
「ど、どうも」
爽やか笑顔で爽やかボイスで言われると、こうも身体が萎縮してしまう……異性とお喋りが出来たなんて何年ぶりだろうか。
それにしてもなんて高性能なイマジナリーフレンドだろうか、私と母国が一緒な設定で名前も可愛らしい。
……もっとお喋りしたいな。
緊張、興奮、期待、ごちゃごちゃになった心を抑え、青年に喋りかける。
「今、お幾つ?」
ダメだ!
浮いてる妙なやつに、初めて振る話題がそれか!
これも全て重労働のせいなんだ、ごめんよイマジナリー。
少し驚きの表情を見せた後、青年は爽やか笑顔爽やかボイスで。
『二十一ですよ』
私より五つも下!
わっか~い!
無意識に手を動かしプレスしながら、私は目を輝かせながら青年に言う。
「彼女いる?」
あ、調子に乗って口を滑らせてしまった。
二言目で彼女いるってもうアウトだよ。一言目でも十分アウトだったけどさ。
ごめんよ若きボーイ、こんな欲にまみれた臭くて汚い女を許してくれ。
青年は爽やか略で。
『今まで彼女出来たことないんですよね、へはは』
よっし勝った!
君は完璧で究極なイマジナリーだ!
脳内ガッツポーズを決めたところで、ブレーキが壊れた私は完全にアウトな三言目をぶっぱなす。
「よし、じゃああそこの物陰でエッチしよう」
『……え?』
もう本当に許して欲しいんだ。
私はかれこれ彼氏どころか男友達も出来たことの無い女。
そんな女が女臭いこの工場で忙しい日々を送り、同僚に休憩時間で元カレのイチャラブ話を愚痴混じりに自慢され、挙句の果てに同僚の一人と共に寮の一室で過ごす為プライベートな時間なんて無い。
三大欲求の睡眠と食欲すら満たせない私には、残るに縋るものは性欲しか無かったんだ。
まあいいよね?
イマジナリーだもん、実質一人エッチじゃん。
男は言葉ではなく拳で、拳ではなくエッチでって同僚から聞いたし。
それに、女オンリーでカオスな職場でしてる人は珍しくない。ここで一人してる可哀想な人間が一人増えるだけだ。
「ん? ほら早く、見つかっちゃうと怒られちゃうから」
まあ見つかったとて大抵見なかったフリされるだろうけど。私もそうするし。
私の発言に、顔を赤らめながら首を横に振る青年。
それはそれで可愛いが……そうか、私のイマジナリーは私が無理やり押し倒して襲うパターンなボーイなのだ。
「ついて来ないとアソコプレスするよ?」
『ひぃっごめんなさい、ついてきます』
私の後ろをふわふわついてくる怯えるイマジナリー。
これからこの美青年を好き勝手しちゃうのか……それにしても、私が怯えてる美青年を押し倒すのが趣味だったなんてな。
目をぐるぐるにして興奮状態の私は、青年に振り返り指示を出す。
「えと、フレディーくんだっけ? 大人しく私に押し倒され抱かれるんだな」
『抱くというのは男性が……』
「うるさい」
私は作業着を捲った腕で青年を押し倒す……も、青年の身体を貫通するようにスルッとして触れられない。
青年は怯えながらも、非常に申し訳なさそうな表情で言う。
『僕は生霊なので物理的なことは無理なんです、ごめんなさい』
……生霊?
「生霊って何だっけ? おばけ? そういう設定なのか?」
『設定? 僕の身体は戦場の負傷で手当を行われた後、横になって寝かされているんです。意識が実体となって飛び出ちゃったみたいで』
私は、もうとっくに気づいていたのかもしれない。
「私のイマジナリーフレンドではないのか?」
青年は爽やかに。
『そうですね、僕は幻覚とかそういった類いではないです。それに僕は、貴方が作ったマシンガンに救われた身、お礼を言いに来たかっただけですから』
そう言ってのけた。
私は今この場から逃げ出したかった。
戦場で戦っていた勇敢な青年を、お礼の為にはるばる遠くから来た純粋な青年を、私はただ性欲を満たすために暴挙に出たのだ。
いや、逃げるのではないな、とりあえずこうだ。
私は片膝を地面につけ、キョトンとした青年の顔を見上げる。
「私と結婚してくれ」
いやそうじゃない!
何がとりあえずこうだだ、ごめんなさいだろうが!
青年は目を見開き驚愕している。
今まで爽やかと怯えている表情くらいだったから、この新たな表情も見れて私は満足。断られてさよならバイバイだな。
そんな青年は決意を込めた瞳を私に向けて口を開く。
『よ、よろしくお願いします』
「いいの!?」
結婚しちゃった……え?
私、結婚しちゃった!
年下美青年と結婚!
『まあ僕が生きて帰れたらですけどね』
爽やかな、それでいて少し寂しげな声でそう言った。
……
「……そう」
私はこれ以上何も言えなかった。
私が作ったサブマシンガンで救われたとしても、そのサブマシンガンで人を殺し、また殺されるかもしれない。
私が作ったサブマシンガンは、一体どれだけの人を殺めて来たのだろうか。
「おーいエリン何くつろいでんだ、仕事に戻れー」
我に返った私はゆっくり立ち上がり、元の作業台に戻る。
エリン。
フレディーと同じ、平和を意味した素敵な名だ。
しかしそれが今、その意味を持って私の心に突き刺さる。
……どうして私はサブマシンガンをプレスしているんだろうな。
虚ろな視線をプレス機に向ける私に、青年が心配そうに声をかける。
『僕は死ぬ覚悟で戦場に出ましたが、死ぬつもりで挑んではいませんよ。生きて帰りますから』
そうだ、フレディーは死ぬ前提で結婚を承諾した訳ではないんだ。それくらい分かっているのに、私は怯えてしまったことが恥ずかしい。
さっき出会ったばかりなのに不思議なものだ。
私は小さく微笑み。
「大丈夫、寧ろ私との結婚を率直で受け入れるなんて……びっくりだし」
『生霊に結婚を申し込むのもびっくりですよ』
手を動かしながら青年に笑顔を向ける。
「ふふふ……私、フレディーくんが傍にいるだけで、この労働時間がとても楽しいものになったんだ。ありがとうを送らせてくれ」
『へへ……僕からもそうですね、ありがとうございます』
私が言うべき言葉はそう、ごめんなさいではなくありがとうだ。
性欲に駆られていた私が馬鹿らしい。この小さな幸せでも十分なのだ。