93 転生者
アーネストは朝食を食べると外出した。
リオンたちとは別行動。向かったのは統治宮だった。
警備隊は元王太子のアーネストのことを知っており、問題なくヴァルールの間へ到着することができた。
黄金の椅子は空席状態で罠魔法がかかっていた。
アーネストは罠魔法を解除したあと、迷うことなく黄金の椅子に座った。
「座り心地はどう?」
フィアーが転移魔法でやって来た。
「ここに座れば、必ず姿をあらわすと思った」
アーネストは冷静な口調で答えた。
「私の養い子に声をかけるとは思わなかった」
「リオンから聞いた? 保護者だし、話が伝わるとは思ったよ」
「魔人を探したいのはわかる。だが、リオンである必要はない。巻き込んでほしくなかった」
アーネストの強い視線をフィアーは面白そうに受け止めた。
「文句を言いに来たのはわかった。ところで、いつまで私の椅子に座っているつもりかな?ヴァルールの統治者になりたくなった?」
「この椅子の座り心地は悪い」
「否定はしない。責任の重さを感じるばかりだよ。でも、王の作戦を維持するためなら喜んで座る」
「そうか」
「アーネストも本当は同じような椅子に座るはずだった。でも、その必要がなくなった。自由になったとも言えるね?」
フィアーは空中に浮いたまま、アーネストを見下ろした。
「なぜ、王太子位を返上したのかな? セシルやティアラがそれを承認したからには、かなりの理由が必要だ。私は何も聞いていない。婚約破棄だけが理由ではないはずだ」
「知りたいのか?」
「知りたい」
「レイディンを守るためだ」
アーネストはすでに成人。学校を卒業すれば、本格的に王太子の執務へ取り組むことになる。
当然のごとくヴァルール関連の執務が増え、これまでのように他国との会議などの理由では誤魔化せなくなる。
レイディンに知られてしまうに決まっていた。
「レイディンが本気を出せば、転移魔法の技能は短期間で向上する。そのせいで危険な役目を背負わされないように、王太子位を譲った方がいいと思った」
次期国王になる王太子は絶対に死んではいけない。王都にいなければならないという理由ができる。
「魔人の血を引くレイディンが国を守ることで、国民全てが末永く守られる。私は婚約破棄の責任を取って魔境に赴き、レイディンを陰ながら支えればいいだけだ」
「わざわざ婚約破棄をする必要があるとは思えない。グリューエン公爵家に婿養子で入ればよかった」
「両親同士が勝手に決めた婚約だ。次期を見て婚約解消をしようと思っていた」
セレスティーナは縁談を巡る争いを防ぐための婚約であることは理解していたが、そのまま結婚気はないことをアーネストは知っていた。
「アーネストが婚約破棄を考えた? それとも、そう言うことにしたい?」
「全て私が考えた。父上も師匠も驚いたが、騒ぎがすでに起きている。この機会を逃すとレイディンを守れなくなるかもしれないと言ったら、あっさり折れた」
フィアーはアーネストの言葉を吟味するような視線を向けた。
「まあ、レイディンの安全はティアラの望みでもある。でも、ヴァルール担当はアーネストよりもレイディンの方が良かった」
「リオンに声をかけたのは腹いせか?」
「純粋に優秀な者がほしかっただけだ。銀行員で魔法契約をしていないのも丁度良かった。どうしても魔人を見つけないといけない」
「魔人の数が減ったのか?」
「ティアラの弟子だということに免じて、特別に教えてあげよう。治療のため、一時的な離脱者が出た」
治療したあとに戻るかはわからないけれどね。
フィアーは心の中で付け足した。
これまでも同じ理由で離脱し、そのまま行方不明になった魔人が多くいた。
「ティアラとセシルが王都を離れたのを知っているかな?」
「新婚旅行に向かったと聞いた。役目をこなすためなのか?」
「事情をティアラに話すと、療養を返上して役目に戻ると言ってくれた。でも、長期間は無理らしい。だんだんと魔法が不安定になって、転移に失敗してしまうそうだ」
ティアラは毒竜の猛毒で瀕死の状態になったことがある。
それが精神的なトラウマになっており、魔境には行きたくない。
だというのに、ティアラが自ら役目に戻ると言い出したのは、よほどの状況だとアーネストは察した。
「私が大公になったのは、できるだけ長く王の作戦を維持するためだ。ティアラが頑張ってくれている間に魔人を見つけて補充したい。それが無理ならハーフでもいい」
「危険な役割を担った魔人の子どもは免除対象だろう?」
「毒竜と対峙する役目は免除する。でも、種まきぐらいは手伝えるはずだ。転移魔法が使えればいい」
やはり魔人というよりも転移魔法の使い手がほしいのか……。
しかし、フィアーの考えには見落としがあることをアーネストは知っていた。
「ハーフには魔人特有の猛毒耐性がない。防御魔法が弱いと、現地の汚染度次第で死んでしまう。だからこそ、師匠はレイディンを巻き込みたくない。自ら役目に戻ると言ったのはそのせいだ」
「現地の汚染度か。考えていなかった」
「魔人を探すべきだ。種族特性で猛毒に耐えられる。即死はない」
「ずっと探しているよ。でも、見つからない」
フィアーはため息をついた。
「リオンに声をかけたのは本当に困っている証拠だ。手段を選べなくなってきた」
「リオンは魔法を使えない。日常生活における安全性を高めるためにも、一般人にしておいてほしかった」
「銀行員だって狙われるよ? 一般人にしておきたいなら、リオンをヴァルールに連れてこなければよかった。ジスのせいだね」
アーネストは顔をしかめた。
「レイディンを連れてきたのもジスだ。なのに、親しくしているようだ。おかしいね?」
「フィアーは役目を担う気があるのか?」
アーネストは話を変えた。
「魔法の練習や準備はしてきた。それでも、ずっと奥地に住んでいた魔人との実力差は歴然だ。王には死んでほしくなかったよ」
「死んだからこそ王になった。作戦の延長も決議された」
「それはあるね」
「まだ終われない。何もしなければ、自分たちの終わりを早めるだけだ」
「わかっている。でも、つらい。王がいればと思うばかりだ。私が代わりに死にたかった」
「代われるわけがない」
「王を止めるべきだった。一生の後悔だ」
冷徹で冷酷で高慢、いかにも魔人らしいフィアーとは思えないほど弱気になっているのをアーネストは感じた。
「治療のために離脱したのは何人だ?」
フィアーは黙ったまま、アーネストを見つめた。
「言えない。作戦に参加している魔人の数は秘匿しなければならない」
「参加者が少ないと、それが原因で離脱者が増えるからだろう?」
「そうだ」
「多くいると思わせ、離脱者を防ぎたいのはわかる。だが、逆もある。自分がいなくても、他の者がいると思ってしまう」
フィアーは黙っていた。
「残っているのは何人だ? 師匠に聞けばわかると思うが、魔法の鳥で連絡できる場所にいるかわからない。協力したいからこそ聞いている。手段を選べなくなってきたんだろう?」
「二人だ。私とティアラしかいない」
アーネストは目を見開いた。
そこまで減ってしまったとは思ってもみなかった。
「ティアラには正直に話した」
フィアーはいよいよ自分が役目を務める時が来たと考え、ティアラに大公代理を打診した。
ところが、ティアラは自分が役目に戻る、その間に臆病風に吹かれた魔人たちを見つけるように言った。
「どんな手を使ってでも魔人を見つけるよう言われた。ティアラが力尽くでも連れ戻すらしい」
「作戦への参加は任意だ。王が決めたはずだろう?」
「王はもういない。大公も関係ない。ティアラがそうしたいだけだ。魔人だからそれでいいと言われた」
魔人は力が全て。強い者は偉い。正しい。身の程をわきまえず、従わない方が悪い。
王の言葉よりも魔人の常識を優先することで、ティアラは王の作戦を守るつもりだとアーネストは理解した。
「セシルは魔人たちの解毒治療をすると言ってくれていた。ティアラの治療に成功しただけに、早期回復が見込める。だというのに、一人としてセシルの所へ治療に行く魔人はいなかった。作戦に戻る気がない証拠だ。見つけたところで、ティアラが捕まえに行く前に逃げられるだけだ。それでも、魔人を探すしかない」
さすがに二人は厳し過ぎる……。
アーネストは考え込んだ。
ティアラは生き残った魔人の中でも屈指の強さを持っている。
だが、毒竜を倒せる力がないのはわかりきっており、死ぬまで種まきをするような性格でもない。
フィアーは作戦に参加した魔人の中で最年少。
末永く後方支援をまとめて作戦を継続させるため、大公に選ばれた。
拠点であるヴァルールを大都市に変貌させ、より多くの協力者や支援物資を集め続けてきた手腕を見れば、フィアーが優秀なのは間違いがない。
しかし、魔法や戦闘は苦手で、本人もそのことを自覚していた。
「もう少しだけ耐えてほしい。私がなんとかする」
「アーネストが? 人間なのにどうやって?」
「この世界には転生者と呼ばれる者がいるのを知っているか?」
「耳にしたことはある。でも、ただの言い伝えだ。本当かどうかを確かめる方法はない。そもそも、長命種とは無縁だよ。死ななければ転生することはない」
「私は転生者だ」
アーネストの告白にフィアーは驚いた。
「最初は確証が持てず、魔法の修練のせいで頭がおかしくなったと思った」
「ティアラは容赦ないからね」
「転生者であることを誰かに打ち明けても修練で死んでしまうかもしれない。どうしても必要だと思う時まで誰にも言わないことにした」
「今は必要な時だと判断したわけか」
「魔人が二人でも絶望する必要はない。作戦を維持する方法はある」
「本当に?」
フィアーは信じるよりも疑う気持ちの方が強かった。
「本当だ。信じてほしいからこそ転生者であることを打ち明けた。私は人間だが、かつての記憶が役に立つことを証明する」
「なるほど」
「どうすればいいのかを説明する」
アーネストは自分が考えた方法をフィアーに話した。
「……イベントか。準備するのに日数がかかる」
「問題ない。私もドラクーンに行く予定がある」
「ドラクーンに? なぜ?」
「リオンが竜王に会いたいらしい。ついて行こうと思っている」
「竜王に?」
フィアーは驚いた。
「優秀なのはわかるけれど、何を考えているのかさっぱりだ」
「フィアーが気にするべきはリオンのことではない。作戦の維持だ」
「わかっている。もし、私に何かあったら、アーネストに大公の座を譲ろうか? 私よりもましな統治者になってくれそうではある」
「遠慮する」
「だったらさっさと退くべきだ。ティアラの弟子でなければ、有無を言わさず退かしていた」
その言葉はフィアーの本心だった。
「わかった」
ようやくアーネストは立ち上がった。
「帰る」
ヴァルールの間を出ていくアーネストを横目で見ながら、フィアーは黄金の椅子に座った。
……温かい?
黄金の椅子は硬くて冷たいはずだというのに、座り心地をよくするような温かさが感じられた。
――石の椅子は硬くて冷たい。座り心地がよくない。
――確かにそうだな。魔力で温めてみよう。
遠い記憶がフィアーの頭の中に浮かび上がった。
「アーネスト」
声をかけても、その姿はすでにない。
魔力で温めるため、黄金の椅子に座り続けていたのかどうかを確かめることはできなかった。
「忘れていたよ。魔力で温めればよかった」
椅子の硬さは変わらなくても、冷たさはなくなる。
座り心地をましにすることはできた。
フィアーは目を閉じて思い出す。
懐かしい記憶は優しいぬくもりに包まれていた。
「……王に会いたい。だが、まだだ。できることがある」
強い意志を瞳に宿すと、フィアーは転移した。




