91 夕食の話題
リオンが帰宅する時間に合わせてジスも顔を見せた。
レイディンとセレスティーナの二人もアーネストが戻るのを見越して王都からやって来た。
「どうしても話したいことがありましたの。ジスに」
「何かな?」
「私のお父様に会いましたわね?」
セレスティーナはじろりとジスを見つめた。
「幽霊族の町で売っていたネックレスをもらいましたわ」
「それはよかった」
「全てを知った上で私に声をかけましたの?」
「元々は別の商人からの依頼でね。その商人の客がグリューエン公爵でだった。結局、仲介者付きの取引という形になった」
「対価はどうしましたの?」
セレスティーナは父親とジスがどんな取引をしたのかが気になって仕方がなかった。
「王国貨幣だ。仲介者と益を分ける必要があるからね。王国貨幣ならヴァルールで有用だし、しっかりと分けることもできる」
「イヤリングはどうしましたの?」
「グリューエン公爵と直接交渉をすることにした。私が納得できる対価を用意できれば渡すことを伝えたよ」
「お父様はお金ですませたがるでしょうね」
「それは仲介者がいる取引だけだ。直接交渉するなら別のものがいい。私がいかに特別なものを集めているか知っているだろう? イヤリングがほしいなら、普通のものではダメだと助言した方がいい」
「お父様に伝えておきますわ。でも、私と商談するという手もありますわよね?」
ジスは微笑んだ。
「それでもいいよ。対価が用意できるならね?」
「お父様がダメだった場合に備えて考えておきますわ」
「次は僕でいいよね!」
レイディンがそう言った。
「こっちに来る前、商店街に行ってきた。やたらと声をかけられてさ。転移魔法が使えることは隠しているけれど、誰かに目をつけられたのかもしれない。みんなも注意して。特にミントとキティが心配だ。知らない者について行ったらダメだよ?」
「特に変わった様子はないですね。キティもずっと一緒にいますけれど、同じですよね?」
「普通にゃ」
「だったらいいけれど。まあ、二人が外出する時間や場所は決まっているし、周囲にも人が多くいる。何かあったら大声を出すこと。警備隊を呼べばいいからね?」
「そのつもりです」
「わかったにゃ」
「次は僕だ」
リオンが切り出した。
「特別な話だから、内密にしてほしい。実は死んだと思っていた兄様に偶然再会した」
「にゃ!」
真っ先に反応したのはキティ。
「兄様は狩りに行ったまま戻らなかった。どうやら森で強い魔物に遭遇して、偶然通りがかった魔人に助けられたらしい」
「魔人に?」
ジスが反応した。
「どんな魔人かな? 男性? 名前は?」
「順番に話す。魔人の名前はフィアー。ヴァルールの統治者で大公だ。兄様は恩を返すためにヴァルールに連れて来られて働いている」
「ヴァルールの統治者で大公?」
ジスは眉をひそめた。
「ヴァルール王がヴァルールを作ったと聞いた」
「それについても教えてもらった」
ヴァルールの成り立ち、危険な魔物から人々を守るための取り組みが行われていること、人員不足が深刻で魔人探しを手伝ってほしいと言われたことをリオンは話した。
「外出した時、無条件の安全でも平和でもないことをアーネストが教えてくれた。大公は危険な魔物から人々を守る取り組みをしている。力になりたい。だから、みんなにも話しておこうと思った」
「リオンが兄と再会できたのはよかった。」
そう言ったのはアーネストだった。
「だが、ヴァルール側の事情に巻き込まれてしまったようだ。私が大公と話す。リオンは関わらなくていい」
「アーネストは優しい。僕を守るためにそう言うと思った。でも、僕は関わりたいんだ」
それがリオンの選択。
「危険な魔物は倒されていない。でも、いつか倒せるかもしれない。僕はその可能性を信じて行動したい。間接的な支援でもいい。多くの力が集まれば、新しい未来を切り開けるはずだ」
「リオンは勇ましい」
アーネストは微笑んだ。
「その気持ちを尊重したい。だが、守秘義務の話は聞いたか?」
「守秘義務があるようなことは言われた。でも、僕が知った情報を誰にも言うなとは言われていない。魔人を探す協力者を増やすためなら、問題ない気がする」
「魔法契約は?」
「していない。銀行の客の中に魔人がいたら教えればいいみたいだ。そのせいで残業が増えるかもしれないし、みんなからも魔人に関係しそうな情報があれば教えてほしかった」
「そうか」
アーネストは小さく息をついた。
「リオンが話したことは、世界的な機密になる。だが、魔物と戦う最前線であるヴァルールにおいては事情が異なる。ここにいる全員に守秘義務とその重要性について話す」
ヴァルールの存在も、魔境にどんな魔物がいるのかも、その脅威がどの程度かも、ヴァルールや協力国々の一部が知るだけで、世間一般的には知られていない。
なぜかと言えば、知る必要がない。
多くの魔物は特別な要因がない限り、自然界が定めた生息圏からは出ていかない。
問題が生じているのは人々と魔物の生息圏が重なってしまった一部だけ。
一生遭遇することがないような魔物について人々に教えても、不安や恐怖を無駄に煽ってしまう。
それによって人々の平常心が失われれば、安全地帯や食料をはじめとした物資などの取り合いが起き、無益な争いが生じる。
世界の混乱を防ぐため、ヴァルールに集った各国の代表者たちは、世界の現状や魔物の情報について開示する者を厳選することにした。
そのために守秘義務や魔法契約があることをアーネストは説明した。
「レイディンやセレスティーナも、ずっとヴァルールのことを知らなかっただろう?」
「そうだね。ジスと出会うまでは知らなかった」
「そうですわね」
「自分の生まれた国で普通に暮らしているだけなら、全く関係がない証拠だ。だが、魔境の中にあるヴァルールでは違う。特に魔物討伐者は、情報を入手しているかどうかが生死を分けることもあるだろう?」
「もしかして、それでライセンスがあるってこと?」
レイディンは思いついた。
「ライセンスのランクが上がれば、難易度の高い仕事をできますわ。魔物の情報も得られますものね?」
魔物討伐者のライセンスを通して、ヴァルールが魔物に関する情報を管理しているのではないかとセレスティーナは感じた。
「その通りだ。魔物討伐者のライセンスは単に魔物と戦う技量やヴァルールへの貢献度を見るだけのものではない。ヴァルール側にとって、どの程度の情報を開示できる者なのかを判断する目安にもなる」
「そうだったのか」
ジスは行商人。魔物討伐者のライセンスはあるが、そのランクを上げることについては全く興味がなかった。
「できるだけ多くの情報を入手するには、魔物討伐者のランクを上げておいた方が有利だということだね?」
「不必要な情報の拡散は人災を呼び寄せる。今夜聞いたことは胸の中に秘めてほしい。ヴァルールで普通に暮らすだけで大丈夫だ。ヴァルールを維持することが魔物と戦う人々を支え、世界の平和につながっている」
アーネストの口調は優しく、あくまでも穏やかだった。
「レイディンとジスはヴァルールの事情に関わらない方がいい。大公が探しているのは魔人というよりも転移魔法の使い手だ」
ジスとレイディンは瞬時に表情を変えた。
「世界や人々を守ることは尊い。だが、そのために自分の命も人生も全て捨てろと言われたら困るだろう? 嫌だと言っても、大公は魔人だ。従わなければ何をしてくるかわからない」
レイディンもジスも、いかに魔人の力が強大かを知っている。
その力が自分に対する強制に働くことへの懸念が膨らんだ。
「転移魔法はただの移動魔法だ。危険な魔物と戦う力になると思ってはいけない。そのような勘違いをした魔人たちは死んでしまった。重要な役目を担っている者を支えるどころか、かえって足を引っ張ってしまうだけだろう」
「もしかして……母上も何かしている?」
レイディンは確認しなければならないと思った。
「それで僕を関わらせたくない? 母上が怒るから?」
「そうだ。魔境の奥地にいる魔物よりも、師匠の方がはるかに身近な脅威だ。刺激してはいけない」
「まあ、わかるよ。兄上の言いたいことはね」
魔人の母親がその力を容赦なく振るえば、人間の国は簡単に滅亡する。
ずっと姿をあらわさない毒竜よりもはるかに脅威だと、レイディンはわかっていた。
「アーネストがレイディンに言うのはわかる。でも、なぜ私にも言ったのかな? 正直、それほど親しいわけでもない。むしろ、レイディンたちにヴァルールの存在を教え、ヴィラージュから優秀な者を引き抜いたことをよく思ってなさそうだけどね?」
アーネストは答えない。
だが、困っているのが明らかな表情だった。
「アーネストは魔人や転移魔法の話をした。私の両親についても何か知っているのだろうか?」
ジスの両親は奥地に行ったまま音沙汰がない。
父親はともかく、母親が連絡を取ろうとしないのはおかしい。
恐らくは死んでしまったのだろうと思いつつも、ジスはかすかな希望を信じていた。
「アーネストが教えてくれないなら、ヴァルール大公か王妃ティアラに会って聞くしかない。誰も何も教えてくれないなら、これまでと同じく自力で魔境の奥を目指す。手間を省いてくれないかな? 取引ということでもいい」
「ジスが望むのであれば話す。ただ、詳しく探るのはやめてほしい」
「なぜ?」
「つらくなるからだ。ジスも、聞かれた相手も」
言葉の意味をジスは察した。
「私はとっくに覚悟をしている。両親は死んだのだろうか?」
「そうだ」
ようやくわかった事実。
その代償はとてつもない悲しみだった。
ジスは胸の中に広がる痛みを抑えつけ、なおも口を開いた。
「両親は長命種だ。父は強く、母にはその強さを支える魔法があった。だというのに、なぜ死んでしまったのだろうか?」
「詳しく探るのはやめてほしいと言ったはずだ。守秘義務だけでなく魔法契約もある。これ以上は答えたくない」
アーネストは席を立つと食堂を出て行った。
「ジス、気持ちはわかるけれど、兄上を困らせてほしくない」
レイディンは席を外してまで答えないと示したアーネストのことが心配だった。
「魔法契約に違反したら大変だよ。きっと、兄上なりに僕たちのことを考えて、できるだけのことを話してくれたに決まっている」
「そうかもしれない。でも、私は両親のことを知りたい」
ジスはずっと後悔していた。
両親と別れて暮らすことを受け入れてしまったことを。
「明日、統治宮へ行く。リオン、同行してくれないか?」
「ごめん。明日は竜族に会うから、別の日でもいい?」
「竜族?」
「銀行の顧客ですの?」
竜族に会ってみたいと思っていたレイディンとセレスティーナは飛びつくように尋ねた。
「兄様と竜族たちが集まる焼き肉屋に行ったら、竜貨幣のことで問題を抱えているとわかった。竜王に謁見して、そのことを伝えようと思っている」
「竜王に謁見だって?」
「いつの間にそんな話が!」
「リオンの成長はすごいな」
エアリスも目を丸くした。
「銀行でちゃんとやれているのか心配していたのに、ライトエルフの王族と友人になったばかりか、竜族の王にまで会おうとしているとは思わなかった」
「約束をしている者の名前は?」
「フリューゲル」
ジスは自身の記憶を探った。
「聞いたことがありそう?」
「同一人物かわからないが、竜王の甥と同じ名前だ」
母親が竜王の妹。父親は竜騎士。
幼少時の事故でフリューゲルは角を損傷してしまった。
そのせいで人前に姿をあらわさなくなったというのがジスの知る情報だった。
「幼少時に片方の角が折れてしまって、代わりの角をつけていると言っていた」
「だったら、同一人物かもしれない」
「親族の紹介があれば、竜王に会えそうだ!」
「そうですわね!」
「どうかな。竜族は角を異常なほど重視している」
角は竜族であることの証。
角に問題があると軽視されてしまうのが竜族やドラクーンにおける常識だった。
「銀行の外で会わないか? それなら私も同席できる。ことによっては協力してもいい。ドラクーンの商人とは付き合いがあるし、王家とつながる者と面識があるのは悪くない」
「僕も同席したいから賛成!」
「休憩室で会えばいいのでは? 美味しいお茶も飲めますわよ」
レイディンとセレスティーナも同席するつもりだった。
「私の店を使えばいい」
エアリスが言った。
「どうせすぐに売り切れだ。閉店すれば貸し切りにできる」
「休憩室は騒がしいし、何かと人の目が気になる。エアリスの店の方がいいよ!」
レイディンが賛同した。
「でも、なんとなく違和感がある。エアリスが言い出すことが」
「そうですわね。なんとなく違和感がありますわ」
「なぜだ? 普通のことだろう?」
「そうだよ。エアリスだって竜族に会ってみたい。そうだよね?」
リオンが尋ねると、エアリスは視線を逸らした。
「正解だね」
「エアリスはフォレスト・エルフですけれど、人見知りをしない方ですものね」
「席を外せというなら外す。遠慮しなくていい」
「大丈夫。竜族にエアリスの薬を売り込むチャンスだと思っている。ぜひ、同席してほしい」
さすがリオンだと全員が思った。




