09 猫族の少年
アーネストの魔境探索は進んだ。
とはいっても、広大な魔境のほんのちょっぴり。
領主としては、ヴィラージュ領とされている場所さえなんとかすればいい。
魔物も世界の一部。住処が必要。
魔物が完全にいなくなった世界は本来の世界ではなくなり、自然界の弱肉強食が崩れてしまうというのがエルフや獣人たちの考え方。
アーネストはそれを否定するつもりはない。
しかし、人間は弱いがゆえに魔物を避け、逃げ、なんとか生き延びているだけの種族ではない。
その頭脳、知識、さまざまな工夫によって抗う術を持っている。
最も大きな力は魔法や魔法具。
これもまたこの世界を形成する一部であり、自然界が決めたものだと思っていた。
タタタタタタタタタタ………。
少年がアーネストの前を駆け抜けていった。
通常の人間では視認しにくいほど素早い。
そして、少年の頭には二つの耳がついていた。
「あれ?」
少年は首を傾げた。
「叩けない」
少年は木の棒でアーネストを叩けないことを不思議に思った。
「防御魔法をかけている」
アーネストは優しい口調で答えた。
「どうして私を狙ったのだろうか?」
「新しい領主を狙ったら食べ物がもらえるから」
少年は答えた。
「でも、失敗した。叩いていないけれど、捕まる? 食べ物もらえる?」
「名前は?」
「ない」
「キティ、知っている者か?」
「兄様にゃ」
キティの兄だった。
「兄がいたのか」
「いるにゃ」
「妹が戻ってこないから、次は僕が行けって言われた」
「そうだったのか。では、私の子どもになって一緒に暮さないか?」
キティの兄はアーネストとキティを交互に見つめた。
「どうして僕を子どもにするの?」
「食べ物ほしさに私を狙ったということは、貧しい証拠だ。何度も私を狙いに来るよりも、私の子どもになった方がいい」
「食べ物もらえる?」
「食事が出る。一日三回だ」
「だったら、子どもになる」
「ここは人間が住む場所だ。ルールを守って生きていかなければいけない。食べ物ほしさに、誰かを叩こうとするのは悪いことだ。悪いことをしてはいけない。わかるか?」
「わかる」
「よかった。一つ学んだ。頭が良くなったということだ」
アーネストは優しく微笑んだ。
「では、名前をつけよう。リオンというのはどうだろうか?」
「それでいい」
アーネストはリオンの頭に生えている耳を見つめた。
「食事はバタータがいいのだろうか?」
リオンは驚きの表情になった。
「それでいい!」
「ミントに言って、パオンの揚げ物と一緒に作ってもらおう。ミントの料理はとても美味しい」
アーネストはリオンと手をつないで家に帰った。
「また、拾ったんですか?」
リオンを見たミントは迷わずそう言った。
「キティの兄のリオンだ。妹が戻ってこないため、次に行けと言われたらしい」
「それは……幸運でしたね?」
「私の子どもにする。バタータとパオンの揚げ物を作ってもらえないだろうか?」
「困ります。もう昼食は作ってしまいました」
ミントは眉を下げながら正直に答えた。
「食材を無駄にしたくないので、揚げ物は夕食でもいいですか?」
「リオン、昼食は別のものにしてほしい。揚げ物は夜でもいいだろうか?」
「食べられるならいいよ」
「ということだ。昼食は私の分をリオンにあげよう」
「大丈夫です。サンドイッチなのですぐに作ります」
ミントは手早くサンドイッチを作った。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきますというのが作法だ」
「いただきます!」
「いただきますにゃ!」
「いただきます」
美味しそうに食べるキティを見て、リオンも端っこを食べる。
「どうだろうか? キティが食べられるものであれば問題ないと思うが」
「美味しい。初めて食べた」
「獣人やエルフの料理は手をかけないらしいですからね」
小麦を育て収穫して粉にして水分を調整してコネて発酵させて焼くのは面倒だけにしない。
そういった食文化があるのは人間だけらしいとミントは説明した。
「そうなのか」
「旅の途中で会った人がそう言ってました。人間の食文化に魅かれて、種族の村を出奔した者も結構いるらしいです」
「ふむ」
アーネストはミントが作ったサンドイッチを見つめた。
「明日、サンドイッチを作ってもらえないだろうか? 獣人の所へ行って話し合いたい。何度も子どもたちを送られては困る。貧しいことを理由に悪いことをさせるべきではないことも伝えたい」
「アーネスト様の子どもが続々増えちゃいますしね」
「次は大人かもしれない」
「それだと危ないです。でも、獣人の所へ行く方がもっと危ない気がしますけれど」
「大丈夫だ。私には領主としてすべきことがある」
「むしろ、領主だから危ない気がするのですが……」
ミントは心配だったが、サンドイッチを作ることについては了承した。