89 竜族の青年
「なんだって?」
「竜王に?」
「お前を竜王のところに連れて行けだと?」
「猫族なのにか?」
店内が一気に騒然とした。
「ヴァルールで竜銅貨の価値が低いこと、そのせいで多くの竜族が困っていることを知らなければ、竜王は何もしてくれない。だから、ヴァルールの銀行員である僕から説明する。効果があるかどうかはわからないけれど、試す価値はあると思う」
「そういうことか」
「本当に変わったやつだな?」
「俺達には考えつかない案だ」
「竜族が言うより、他の種族が言った方がいいのかもしれないな?」
「ヴァルールの銀行員の言葉なら説得力がありそうだ」
「子どもなのに銀行員なのは、それだけ優秀な証拠だ!」
「度胸があるのは間違いない!」
「王の側近に粘着しようと考えるぐらいだしな!」
「ちょっと待て! 俺は王の側近じゃないぞ! 勝手なことを言うな!」
レオンは叫んだが、竜族たちはどこ吹く風だった。
「ドラクーンに連れて行くのはできるが、輸送ルートが違う」
「誰か、ついでに連れていってやれよ!」
「こっちに来たばかりだ。しばらくは戻らない」
「コネはないか?」
「竜王に会うコネなんかない」
「取引先の商人に聞いてみるとか」
「聞いても、竜王には会えないだろうよ」
「難しいなあ」
「俺たちはただの荷運びだからなあ」
ざわめきが店内中に広がっていった。
「すみません」
弱々しく声を上げたのは焼肉屋の店員。
「肉を持って来たのですが……そろそろいいですか?」
「この話はまたにしろ。美味い焼き肉を食べるために来たんだからな!」
リオンとレオンは運ばれてきた肉を焼いて食べた。
「やっぱりここの焼肉は美味い」
「美味しいね」
店長お薦めの焼肉セットは量も質も、そして値段もかなりのものだった。
「昼食とは思えない値段だ。本当に奢ってもらってもいいのかな?」
「いいんだよ。ぼられているだけだしな」
リオンは首を傾げた。
「わかっているんだ? なのに怒らないなんて兄様らしくない」
「竜族の店に他種族が来て歓迎されるわけがない。普通なら即刻拒否して店には入れないが、あの店は客である限りは拒否しない。代わりに他種族料金になる。それでもよければまた来るってだけだ」
「まあ、そうだね」
「俺を拒否しないのは、あの店が王国貨幣をほしがっているからだ。じゃあ、問題だ。あの店はかなり繁盛しているのに、なぜ王国貨幣をほしがっていると思う?」
「竜石貨で支払うことができるサービスを続けるためだ」
店員から渡されたサービス券は割引券ではなく、代金の一部を竜石貨で支払えるというものだった。
「客のほとんどが竜銅貨で支払う。交換レートが低いせいで店の利益は出にくいというのに、ヴァルールでは交換できない石貨幣での支払いサービスがあるのは変だ。王国貨幣で支払う客の売り上げでなんとかしているのかもしれない」
「竜族が困っている仲間のために、竜石貨でも飲み食いできる店を作ったんだよ。ヴァルールでの仕入れができなくなるのは困るから、全額は無理だけどな」
「店主は仲間想いだね」
「どんな種族にも、誰かを大切に想う気持ちがある。家族だったり、仲間だったり、同族だったりな。俺は猫族だけど、少しぐらいなら応援してやってもいいと思った」
「あの店を応援したくて、王国貨幣を使いに来るわけか」
レオンがわざわざあの店に行く理由をリオンは理解した。
「結局は美味いものを出してくれればいいんだよ。飲食店だからな」
「でも、店に行くまでに時間がかかるよ?」
「今日は周囲の様子を見るために歩いたが、走ればすぐだ」
「誘拐も困る」
「それはマジで困る。竜族に受け入れられるようになるか、王の側近説をなんとかしないとだな」
「確かに王の側近ではないね。大公の側近なのかもしれないけれど?」
「雑用係だって言ってるだろーが!」
レオンは腕輪を確認した。
「お前といると、防音装置を常時使わないといけない。魔力消費が激しくて困る」
「魔力を補充しようか?」
「なんだって?」
レオンは驚愕した。
「魔力があるのか?」
「少しだけ。でも、魔力を溜める指輪があるから平気だ。日常的に不自由はしない」
「俺も少しだけならある。魔力を溜めるアクセサリーもあるが、補充するとすぐになくなる」
「護身用の魔法具が多すぎるような? たくさんあるのは心強いけれど、維持するための魔力もたくさん必要になってしまう。厳選した方がいい」
「全然考えつかなかった。さすが弟じゃん!」
「兄様に褒められると嬉しい」
二人は上級区に繋がる門へ向かって歩き続けた。
すると、
「待て」
呼び止める声がした。
リオンとレオンが振り向いた先にいるのは竜族の青年だった。
「何だよ?」
レオンは警戒するように睨んだ。
「店で話していただろう? 竜王の所へ行きたいと」
青年はリオンを見つめた。
「俺が連れて行く。いつならいい?」
「はあ?」
レオンは叫んだ。
「竜王に会いに行くなんて無理だろ。ドラクーンに連れていっても、素性を疑われて門前払いだ。お前が本当に竜王のところへ連れていくつもりなのかどうかも怪しい。誘拐するつもりじゃないのか?」
「そう言われると思った。店の中で言えば、お前はあの店にいる全員を敵に回すことになる。庇うやつも同じだ。だから、誰も自分が連れて行くとは言わなかった」
「あっそ。俺には関係ない。面倒なことになったら別の飲食店に行くだけだ」
「ちょっと黙って」
リオンはレオンにそう言った。
「せっかく声をかけてくれたのに、態度が悪い」
「俺は誘拐された経験がある。困っているから助けてほしいと言われてついて行ったら誘拐された。警戒するのは当然だろう?」
「竜族に騙されたってこと?」
「北東エリアにいるのはほぼ竜族だ。竜族の街なんだよ」
「なのに、あの店に行くんだ?」
「誤解を解きたいだけだ。俺は王の側近じゃねーからな! あの店には多くの竜族が来る。違うとわかれば、あの場にいない竜族たちにも伝わる」
「全然、聞いてなかった気がするけれど」
「それは竜族の理解力が足りねーってだけの話だろうが!」
「まあいいや。ところで、名前を教えてもらっても? 僕としても名前さえ知らない相手をすぐに信用するのは難しい」
「フリューゲルだ。確約はできないが、竜王に会わせることができるかもしれない。ドラクーンに行くだけでいいなら問題なくできる。飛竜持ちだ」
「怪しい」
レオンの視線はフリューゲルの頭上にある角に注がれていた。
「片方の角は偽物だ。何かやらかしたせいじゃないのか?」
「幼少時に角が折れてしまった。一本だけでは目立つため、代わりの角をつけている」
「そういうことか」
「改めて自己紹介をする。リオンだ。銀行員をしている」
リオンはそう言いながら名刺を差し出した。
「今日は仕事があるし、別の日に勤め先の方へ来てくれないかな? どの程度の日数や準備が必要なのかわからないし、まずは話し合いから始めたい」
「わかった。明日でもいいか?」
「大丈夫だけど、そっちの仕事は大丈夫?」
「夜だから平気だ」
「わかった。じゃあ、明日待っている」
「午前中に行く」
フリューゲルは踵を返した。
その後ろ姿を見送りながら、レオンがため息をついた。
「信用するのか?」
「知らない人物?」
「知らないな。あの店にいる者は覚えてるようにしているが、初めて見た気がする。俺が行くのは昼だけだし、普段は夜に利用している客なのかもしれない」
「わかった。まあ、ヴァルールにいる以上は銀行口座を持っていそうだし、調べてみる」
「銀行員は得だな。基本情報がわかりやすい」
「名前と魔物討伐者のライセンス番号だけかもしれない」
「それは俺の知ったこっちゃない。だが、すぐに信用するのは絶対にダメだ。物騒な連中の仲間だったら困るだろう?」
リオンはじーっとレオンを見つめた。
「兄様を誘拐してどうするつもりだったのかな?」
「情報を知ろうとしただけだろ?」
「どんな情報を?」
「統治宮や王の情報を寄越せと言われた。誰だってヴァルールのことを知りたい。だが、本当に俺は王の側近じゃない」
「嘘は言っていないね」
「王の側近っていうのは大公の方だろ。んで、俺はあいつの雑用をする立場ってだけだ。常に重要書類を扱っている者の方が、よっぽどヴァルールのことについて知っている気がする」
「雑用って具体的に何? 本当に勧誘が仕事? ちゃんと教えてくれないと、兄様を支えられない」
「リオンには教えるが、適当にぶらぶらしながら目につく者を探している。使えそうなら報告。怪しければ警備に通報。魔人だと嬉しい」
「兄様も魔人を探す担当ってこと?」
「ざっといって正解」
「兄様に探せるのかな? 僕みたいに銀行に勤めているわけでもない。猫族ならではの感覚を活かせってこと?」
「それもあるだろうが、俺は運がいい。どこかでばったり遭遇するかもしれないだろう? 実際、魔人に遭遇したことがある。じゃなきゃ、ここにはいねーよ!」
「運も活かせってことか」
「それほど見つからないってことだよ」
リオンは大いに納得した。




