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婚約破棄のあとで辺境(魔境)行きになった王子  作者: 美雪
第九章

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88 北東エリア

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いいたします!



 レオンが向かったのは通常地区の北東エリアだった。


「北東エリアだとは思わなかった。興味があったから嬉しい」

「お前は上級地区にいるが、ヴァルールの全部がああいった場所じゃない。治安が悪い場所もあるし、貧しい者もいる」

「ここは見るからに治安が悪くて貧しい者がいそうな風景だ」


 薄汚れた雑居ビルのような建物が並んでいる通りを、リオンはレオンと共に歩いていた。


 ひと気はまったくない。


 多くの人々と様々な物資が溢れるヴァルールとは思えないほど、ガランとした雰囲気が漂っていた。


「もしかして、北東エリアは貧民街?」

「倉庫街。輸送関連の施設ばかりで、柄の悪い連中がいるのも確かだ。俺が誘拐されたのも北東エリアだった」

「警戒しないとだ」

「真昼間でも場所によっては誰とも会わない。人の気配も感じられないだろう?」

「そうだね」

「猫族は気配を読むのに優れている。それでもわからないのは建物のせいだ」


 上級区に近い内側になるほど保存のための魔法設備がある倉庫になっており、エネルギー源である魔力の気配によって他の気配を感じにくくなる。


 人は視覚的な情報と結びつけて判断しやすいため、誰もいないと勘違いしてしまうことをレオンは説明した。


「北東エリアには商業的な情報を探るスパイや倉庫の中身を狙う犯罪者もいる。魔法具で姿や気配を消している場合もある」

「魔法具を悪用されてしまうのは困るね」

「まあ、ごく普通の一般人は絶対に来ないエリアだ。出入りするのはほぼ輸送業に関わる者だけだな。門をくぐる時に身分証の確認があっただろう? 目的も聞かれるし、関係ないと判断された者は入れさせない」

「でも、兄様は昼食を食べに行くって言ってたよね?」


 どう考えても重要な用事でもなければ、見た目として輸送業の関係者らしくもない。


 なぜ、警備は止めなかったのだろうかとリオンは不思議に思った。


「俺は特別扱いなんだよ。上司が上司だからな?」

「もしかして……側近?」

「雑用係だよ! お前みたいに勘違いするやつがいるから狙われる。迷惑だ!」

「そうなんだ?」

「近道だ。曲がる」


 狭い路地裏のような場所にレオンは入った。


「こんなところを通ったら危なくない?」

「危ない。でも、それでいい。お前に危ない場所を教えるためだからな」

「もし襲われたら?」

「正当防衛で遠慮なく魔法具を使う。そのためにジャラジャラつけている」

「確かにジャラジャラだ」

「ここだ」


 黒一色に塗られたビル。


 出入口には木製の看板があり、焼き肉屋と書かれていた。


「絶対に驚けよ?」


 そう言ってレオンはドアを開けた。


「いらっしゃいっ!」


 威勢の良い声がかかった。


 外は殺風景、ひと気がまったくなさそうだったにもかかわらず、ドアの向こう側には人々の姿と活気が溢れていた。


「竜族ばっかり!」


 リオンは飛び上がりそうになるほど驚いた。


「竜族の店だからな。ここの焼肉は美味い」

「褒めてくれるのは嬉しいです。でも、レオンさんは常識ってものをわかっています?」


 竜族の店員が苦笑した。


「竜族以外でこの店に来るのはレオンさんだけです。しかも、子連れとか。頭の方は大丈夫ですか? 北東エリアは何かと物騒な場所だと知っていますよね?」

「俺に粘着して営業成績を上げようともくろんでいる銀行員だ。ビビらせてやろうと思って連れてきた」

「意地悪だなあ。レオンさんよりも別の人に粘着した方がいいですよ?」

「マジで俺もそう思う」

「こんにちは」


 リオンは即座に名刺を取り出した。


「上級区にある銀行の支店に勤務しています。エリアが違いますが、何かあれば声をかけてください。よろしくお願いします」

「うわ……本当に銀行員だ!」


 店員は名刺とリオンを見比べながら叫んだ。


「どう見ても子どもなのに!」

「種族によって大人の定義は違う。猫族では見た目が少年でも狩りができれば大人だ。リオンは優秀な銀行員で魔物討伐者のライセンスも持っている」


 レオンの口調はどこか自慢げだった。


「この店もそろそろ修繕しないとじゃないか? 資金がほしいならリオンに相談してみろ。もしかすると、銀行が金を貸してくれるかもしれない」

「レオンさん、そのために銀行員を連れて来てくれたんですか? 実はいい人ってアピールしてます?」

「違う。俺に粘着しなくても営業相手はいくらでもいるって教えるためだ」

「なるほど」

「資金が必要ならお話を伺います」

「店長に伝えておくので、名刺をもう一枚くれますか?」


 リオンは名刺をもう一枚渡した。


「できればここの店の名前や住所がわかるようなものがほしいです」

「あー、サービス券にあるので」


 店員はポケットからサービス券を取り出した。


「俺にはサービス券をくれないのに、リオンには渡すのかよ!」

「どうせ支払いは王国貨幣ですよね? では、席に案内します」


 リオンとレオンは空席に案内された。


 四人席のうちの二席で、相席だった。


「ここに案内されると思った」

「俺も思った」


 相席になった竜族たちは笑いながらリオンに視線を向けた。


「竜族の店に来る猫が増えた」

「しかも、子猫だ」

「銀行員らしいな?」

「魔物討伐者のライセンスもあるらしいな?」

「弱っちい魔物なら倒せるってことか?」

「子どもにしては優秀そうだ」

「ヴァルールにいる子ども自体が珍しい。かなり優秀じゃないと、銀行に就職するなんて無理だろ」

「店内を見て引き返さないだけの度胸はあるってことだな」


 周囲の席にいる竜族たちも話しに割り込んで来た。


「この店は竜族だらけだ。使用する貨幣が竜貨幣に偏っていそうだね?」


 リオンは客同士として普通に話しかけてみた。


「正解だ」

「竜貨幣が圧倒的だな」

「王国貨幣を手に入れにくくて苦労しているなら、僕が相談に乗ろうか? 銀行員だからお金には詳しい」


 竜族たちは目を見張った。


「おお!」

「やっぱり優秀そうだ!」

「本当に銀行員だ!」

「王国貨幣が手に入りにくい。なんとかしてくれ」

「竜銅貨のレートが低すぎる」

「竜石貨も交換してくれないか?」

「リオンは銀行員だ。そう言う話は両替屋にしろよ」


 レオンがそう言ったが、リオンは余裕の笑みを浮かべた。


「大丈夫。銀行に就職する前は両替屋でアルバイトをしていたから」

「両替屋で働いていたのか!」

「それで銀行に引き抜かれたのか?」

「金に詳しそうだ!」


 リオンへの注目がますます強くなった。


「竜銅貨は銅の質自体が悪く、刻印も雑なせいで粗悪品と思われている。石貨は金属としての価値がないせいで、交換対象になっていない。だから、交換レートが低い銅貨の改善が有効だ」


 銅の質を上げ、刻印をしっかりと施し、金属貨幣としての価値と信用度を上げるべきだとリオンは話した。


「石貨はヴァルール以外で消費するしかない。ヴァルールで交換できるのは金属貨幣と極めて信用が高い紙幣だけになっている。全種族共通のルールを変更させるのは無理だ」

「全種族共通のルールだったのか」

「それじゃあ無理そうだ」

「別の場所か」

「故郷で使えってことだろう?」

「ドラクーンだよ」

「わかる。だが、ヴァルールでいろいろなものを買うことができない」

「往復で荷を運べないと稼ぎが悪い」

「個人で工夫できることもある」


 リオンは周囲にいる竜族全員に伝えるように見回した。


「取引はできるだけ竜銅貨にして、刻印がしっかりとある銅貨を選ぶようにする。竜石貨はどうしてもそれしかないという時だけにして、扱う量を減らす」

「それはわかる」

「だが、竜石貨しかない村もある」

「竜銅貨だけにするのも簡単じゃない」

「刻印が薄れていることを理由にして拒否するのも難しい」

「これまで取引してきた相手も信用も失ってしまう」

「金だけが全てじゃないからな」

「わかる。出会いは人生の宝物だ。僕は猫族だけど、顧客として多くの種族と出会う。竜族とも交流を重ねていけたらと思って話をしている」


 人々はさまざまな違いを越えて歩み寄ることができる。


 アーネストがヴィラージュを変えたのを見ていたからこそ、リオンはできると信じて疑わなかった。


「誰か、僕を竜王の所へ連れていってくれないかな?」


 竜王は竜族の頂点に立つ存在。


 リオンが突然竜王のことを言い出したのは、竜族にとって驚き以外のなにもでもなかった。


 辰年になって、竜族の話。

 偶然ですけれど、丁度良かった感。

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