86 ヴァルール大公
「マジヤバイって……」
レオンは完全に顔を引きつらせていた。
「それ、絶対に言ったらダメなことだろうが!」
「なぜ?」
フィアーは首を傾げた。
「ヴァルールの統治者が誰かは秘密だろう! 守秘義務が発生するじゃないか!」
「そうなるね?」
「大したことではない気がする。統治者がいるのは当然のことだし、魔人だって言う話も恐ろしい人物だって噂も聞いているよ?」
リオンはすました顔で答えた。
「統治関係者の給与を銀行は扱っている。自然と情報が流れてくることもある」
「ヤバイじゃん! 情報漏洩だろ!」
「あっはっは!」
フィアーは大笑いした。
「確かにリオンは銀行員だけど、新人だしね。魔法契約もしていないぐらいだから、何も知らないと思っていた。でも、良い意味で裏切られたよ」
フィアーは嬉しくて仕方がないというような表情だった。
「まあ、レオンの弟だし大目に見てあげることはできる。再会を演出したのは私だしね?」
「僕と兄様を会わせた目的を聞いても?」
「いいよ。むしろ、聞いてほしかった」
「答えなくていい! 聞く必要もない! 話は終わりだ!」
「無理だよ。リオンは私のことを知ってしまった。それに、アーネストの養い子だ。手伝ってもらうには丁度良い」
「それは違う!」
レオンは異議を唱えた。
「猫族の能力は俺のおかげでよーくわかったはずだ。使い物にならない。できるのは雑用だけだ!」
「レオンはそうだけど、リオンは銀行員をしている。頭が良さそうだよ?」
「頭が良くても魔法が使えないだろーが!」
「魔法具がある」
「どんだけ魔法具頼みなんだよ!」
「レオンも魔法具をこれみよがしにつけてからは襲われていない。何かあっても対処できることがわかりやすいからね。リオンは……見た感じ何もなさそうだ。魔法具をつけないといけないね?」
「何か買う。俺がな。お前は何も贈るな! 恩を着せるに決まっているからな!」
「リオンは受け取らないよ」
フィアーはリオンの考えを見透かすようにそう言った。
「アーネストに相談する。だから、魔法具はアーネストが用意すればいい。無駄なことはしないよ」
「アーネストを知っているわけですね」
「当然だよ。王太子ではなくなってしまったけれど、守秘義務は継続される。一生、関係者でなくなることはないよ」
フィアーが浮かべるのは黒い笑み。
リオンの背筋がひんやりとした。ぞわぞわとする感覚を抑えきれない。
「リオンは勘が良さそうだ。まあ、私に会った以上、後戻りはできない」
「できる!」
レオンが叫んだ。
「できない。そもそも勧誘するつもりだったからね。人材不足を補わないと」
「子どもを補充してどうするんだよ!」
「猫族としては成人だ。寿命も指導する時間もある。私の目に留まるのは栄誉だよ?」
「最悪だ……」
レオンは頭を抱え込んだ。
「大丈夫だよ、兄様」
レオンを励ますようにリオンは声をかけた。
「僕には頼れる人たちがいる。兄様の方が一人でよっぽど大変だったはずだ。ずっと力になれなくてごめん」
「俺のことなんかどうでもいいのに……めっちゃいい弟じゃん!」
「感動のシーンだね!」
フィアーはゆっくりと拍手した。
「私が望んでいたのはまさにこれだよ!」
「いや、違う。俺だけでなく弟のこともこき使おうと考えているだけだ!」
「兄弟が力を合わせて頑張る姿は美しいからね」
「俺、全然頑張ってないよな?」
「取りあえず、営業しても?」
唐突にリオンが切り出した。
「僕は銀行員ですし、仕事としてここに来ています。そちらの話はあとで聞きます」
「あっはっは!」
フォアーは大声で笑いだした。
「本当にリオンは銀行員として頑張っているようだね? どんな話か聞いてあげよう」
リオンは銀行で勤務していること、銀行が様々なことに投資する仲介業をしていることを説明した。
「ヴァルールが繁栄しているのは多くの人々がいるからだけではありません。多額の資金が動き、経済活動を支えているからです。銀行に預けられた資金が有効活用されるほど、ヴァルールは多くの豊かさと利便性を手に入れることができます」
「ヴァルールの統治者に本気で投資話をするつもりかな?」
「そうです。ヴァルールと銀行は切り離されているからこそ可能です。本名で預金できない場合は偽名を使う手もあります。基本的に銀行の審査はゆるゆるで、魔人だとしても簡単に隠せます。別の種族を記入してもそのまま通ってしまいます」
フィアーの目が細められた。
「種族審査が甘いのか」
「手堅く投資するのであれば不動産関係がお薦めです。ヴァルールの不動産は上がるばかりで、賃貸物件の収益も年々増えています。毒竜があらわれない限りは安泰だと思われます」
空気が変化したのは明らかだった。
「毒竜?」
「魔境の奥地にいるそうです。でも、出現したのは百年以上も前で、現在も生存しているかは不明です」
「それは誰に聞いたのかな? アーネスト?」
「フォレスト・エルフです」
「ああ、なるほど」
フィアーは考え込むような表情になった。
「今更だけど、あっちは口止めしていなかった。まったく気づかなかった!」
「気づけたのは僕のおかげですね?」
「そうなるね?」
フィアーはにやりとした。
「もうダメだ。俺、倒れそう……」
レオンはよろめきながらしゃがみ込んだ。
「なんで銀行の営業で毒竜の話が出るんだよ!」
「それはヴァルールの危険度が不動産の価格に関係するからだ」
リオンは冷静に答えた。
「通常の魔物に襲撃された程度では、ヴァルールの不動産は揺るがない。でも、強い魔物に襲撃されたら価格が下がる。ヴァルールが維持できないほどの状態になってしまうと大暴落だ。僕は誠実な営業を心掛けたいし、ヴァルールの統治者であれば考慮しておくべきリスクだと思う」
「マジでマジな営業なのか……銀行員、ヤバくね?」
「他の銀行員が毒竜のことを知っているかはわからない。僕はヴィラージュ出身で、フォレスト・エルフの町に出入りできる立場にあったからこそ知っている。この情報は強い不安を与えることを懸念され、信用度の高い一部の者にしか開示されていない。ヴィラージュにいる人々のほとんどは知らないよ」
「なるほど」
フィアーは頷いた。
「レオンに感謝すべきかな? とても優秀な弟を紹介してくれたことにね」
「紹介してない。勝手に営業に来ただけだし、全然嬉しくない!」
「別業種への投資もあります。でも、個人的にはお薦めできないものもあります」
「やめておいた方がいいものは何かな?」
「武装関連です」
現状としてヴァルールの武装品の開発は性能よりも見た目の向上を重視している。
それは魔物討伐者がパーティーを組む際、性能が優れた武装品を持っていることよりも、見た目の印象が良い武装品を持っている方が誘われるから。
ヴァルールに滞在する魔物討伐者は当然のように魔法や魔法具を使うため、戦闘ダメージを防具の性能だけで防ぐわけではないのもある。
錬金術に使う素材としての購入者も多く、錬金術で変動する性能よりも、影響を受けにくい見た目が重視されていることをリオンは説明した。
「見た目を変えただけで新製品、新開発品とするような商法もあります。僕としては、信用と安全を感じられる商人や職人、別分野に投資した方がいいのではないかと思います」
「意外だった」
フィアーはじっとリオンを見つめた。
「ヴァルールには多くの武装品がある。常に性能を向上させる試みが盛んだと思っていた。でも、リオンの話を聞くと違うようだね?」
「残念ながらその通りです。売れる商品を考える者は増えているのですが、性能の良さを求めることとは別です」
高額な商品の性能が必ず良いわけではなく、ぼったくりの場合もある。
粗悪品であっても安ければ売れるため、人気があると思われる。
その結果、高額であることや人気のあることが性能の良さだと勘違いされてしまう。
リオンは多くの店を回りながら、ヴァルール内の傾向を調べていた。
「昔よりも行商人の出入りも増えているようです。様々な国で手に入れた製品を転売するだけで利益が出るのは効率がいい稼ぎ方です。ヴァルールに居住する商人は競合相手が増えるほど利益が出にくいため、初期費用がかかってしまう独自商品やその開発に力を入れていません」
「よくない」
フィアーは見るからに不機嫌そうだった。
「ヴァルールは魔境における最前線だ。魔物の襲撃がいつあるかわからないというのに、優れた武装品がないのでは困る」
「深刻な問題にはなっていません。ヴァルールで制作しなくても、他の場所で制作したものを入手できればいいからです。但し、それは輸送業に問題がないことを前提としています」
「確かにそうだ」
「ヴァルール周辺に生息する魔物の数が増えています。強さも増しているのではないかと言われており、輸送隊が襲撃される事件も起きました。楽観はできません」
「陸路の安全度は確かに下がっている。空路は全く問題ないけれどね」
「地下道を増設すればいいように思いますが?」
フィアーは首を傾げた。
「リオンは地下道を知っているんだ?」
「出張時の移動手段として地下道があると聞きました。ルイール王国へ行った時は空路だったので、地下道を使った出張があればと思っています」
「すでに機密を知っているし、これはもう決まりだね!」
「全然決まりじゃない!」
「私はヴァルール大公だ。王に代わって決める権限がある」
王に代わって? 統治者は大公のはずじゃ?
前世やゲームの知識があるリオンであっても、わからないことだった。
「リオンを私の側近候補にしてあげよう。銀行員は仮の姿だ。これからは営業を理由にして統治宮へ来るように。これは命令だ。ヴァルールへの滞在許可を取り消されたくなければ従うこと。わかったね?」
レオンはがっくりとしたが、リオンは違った。
大公の側近候補か。上出来すぎる。
兄の恩人に会い、できるだけ近づいておくという目標は達成された。




