85 営業訪問
「全然人の話を聞いてないだろう?」
統治宮に来たリオンを不機嫌全開の表情でレオンは睨みつけた。
「先日はご来店いただきありがとうございます」
リオンは銀行員として挨拶をした。
「ですが、そちらのお話を伺っただけでした。僕からも話したいことがあります。少しだけ時間をいただけませんか?」
「どんな話だよ?」
「個人的な内容もあります。ここで話しても平気ですか?」
レオンは舌打ちした。
「面倒だなあ。ついて来い」
レオンが向かったのは庭と呼ばれる場所だった。
まずは腕輪に触り、防音装置を使う。
「で、なんだよ?」
「屋外で?」
「どこでも一緒だよ。統治宮の中の方がよっぽどバレる」
「そうなのか」
「統治宮をなめんなよ? で?」
「資料を持ってきた」
リオンは書類封筒を開封した。
「結構な預金があるのに、ほとんど使っていない。だったら投資するのはどうかと思って」
「まさか……銀行の営業か?」
「まさかも何も普通のことだよ。僕の仕事を知っているよね?」
レオンはがっくりと肩を落とした。
「違う話かと思った」
「違う話もしたいけれど、こっちの話もしておかないと。何の話だったのかと思われるし、質問された時に困らない?」
「なるほど」
レオンはリオンから書類を受け取った。
「全然わからん」
「理解する気がないからだ。お金のことなんかどうでもいいって思っているよね?」
「正解。生きていければいいだけだしな」
「僕の方で良さそうなのを選ぶから投資して」
「営業成績を上げたいのか?」
「それもあるけれど、営業を理由にして定期的に会いたい」
レオンは驚いた。
「俺の話を覚えていないのか?」
「覚えているよ。でも、兄様のことが心配だ」
それはリオンの本音。
「僕は兄様が好きだ。態度も口も悪いけれど、本当は優しい。危険を承知で早くから狩りに行くようになったのは、僕やキティに少しでも食べさせたいからだ。ずっと頑張ってくれていた。弟として支え合いたい」
レオンはため息をついた。
「危ないって言っただろうが。俺は普通の仕事をしてないんだぞ?」
「勧誘をしているだけだよね?」
「どんな仕事でも、統治関係者だって思われている時点で危ない」
「銀行に来た時、ヴァルールの統治関係者が来たから怒らせるなって言われた。本店の者は兄様を統治関係者だと思っている」
「統治関係者の意味が大きすぎるんだよ!」
レオンはもう一度ため息をついた。
「住所が統治宮になっているのに、統治関係者じゃないって言う方がおかしい」
「住み込みなんだよ。安全のためにもその方がいいからな」
「定期的に振り込まれている額が給与のはずだ。恩人はお金持ちみたいだね?」
「否定はしない」
「だったら紹介してくれないかな? 営業成績が上がる」
レオンは顔をひきつらせた。
「馬鹿言ってんじゃねーよ! 一番会ったらヤバイやつだろ!」
「それは兄様が何も知らないからだ。僕はただの猫族じゃない」
「どういうことだよ?」
「立派な保護者がいる。アーネストだ。元王太子だし、現在はヴィラージュの領主だ。その養い子と、何の後ろ盾もない猫族では全然違う」
現在は王太子になった第二王子のレイディンや宰相の娘のセレスティーナとも親しくしている。
エルフの知り合いもいる。
ヴァルールの仕事を紹介してくれたのはヴァルールの市民権を持つ商人のジスで、ルイール王国のルーク王子が友人であることもリオンは話した。
「森で拾われただけの兄様と今の僕じゃ、全然立場が違う。どう考えても僕の方がしっかりしているよ」
「むぅ……」
反論できないとレオンは感じた。
「ヴィラージュは辺境領で、アーネストが来るまで人が減る一方だった。今は少しずつ建て直しているけれど、将来に備えてヴァルールで勉強したい。銀行員としての信用も成績もできるだけ上げたいと思っている。協力してほしい」
「わからなくはないが、マジでヤバイやつなんだよ!」
「もしかして、人には言えない感じの職種? 犯罪者じゃないよね?」
「それは違う。犯罪者を取り締まる方だ」
「警備関係者?」
「面倒だなあ。俺が金を出せばいいだけだろう?」
「兄様はわかっていない。ヴァルールは様々な種族の王族が出入りして、多額の資金を銀行に預けている。それと比べたら、兄様の預金なんて小遣い以下だよ?」
「王族と比べるな!」
「金持ちなら顧客でなくてもいい。挨拶をしたことがあるだけで成績が良くなる。いずれ顧客に取り込めるかもしれないし、何かあった時に声がかかるかもしれない」
「声はかからない。絶対にな!」
「勧誘に来た。それは声がかかったってことだ」
「それは……」
レオンの勢いが削がれた。
「僕たちの関係がバレたら絶対に呼ばれそうだ。だから、先にどんな者かを知っておきたい。兄様がうまく対処できなくても、僕が対処しやすくなる」
「うう……」
レオンは頭を抱え込みながら唸り声を上げた。
「向こうが会いたくないって言えばそれまでだ。無理に会う気はない。銀行員が挨拶したがっているとだけ伝えてくれればいい」
「銀行員の挨拶なんかどうでもいいって思いそうだけどなあ」
「だったらそれでいい。返事を確認して終わりだ。簡単だよね?」
「まあ、なぜお前が来たのか聞かれる気がするから、営業だって話す。事実だしな!」
「名刺がある」
リオンは銀行員としての名刺を差し出した。
「兄様と恩人の分」
「マジで営業だな」
「この仕事で稼いで独り立ちしたいって思っている。頑張っているんだ」
「そうか。確かに稼ぎがないと生活できないなあ」
レオンはしみじみと言いながら名刺を凝視した。
「面倒だからすぐに聞く。ちょっと待て」
レオンはそう言うと、ピアスに触れた。
「俺だけど、ちょっといいか?」
レオンは独り言のようにそう言った。
「銀行員に営業されててさあ。上司が金持ちなら会いたいって言ってるんだけど、追い払えばいいか?」
そのまましばし。
リオンには何も聞こえないが、レオンが魔法具のピアスを使って会話をしているのは明らかだった。
「マジで……」
やがてレオンが嫌そうな表情で答えた。
「なんで見てんだよ!」
レオンが怒鳴った時だった。
突然、黒髪の美青年が現れた。
転移魔法! 魔人だ!
リオンは驚愕するしかない。
「私がレオンの恩人で上司のフィアーだ。リオンだったね? 統治宮まで営業に来るなんて銀行員の鑑だよ。普通は恐れをなして来ないからね。さすがレオンの弟だ」
「え?」
「あ?」
リオンだけでなくレオンも驚愕した。
「なんでだよ!」
「調べた」
フィアーはにこやかに答えた。
「調べたのかよ!」
「見た目も似ているし、調べなくても兄弟か親族に決まっているけれどね?」
「ああ、そうか……そういうことか」
レオンは納得した。
「お前、最初から知っていたな? それで俺に勧誘しに行くよう言ったわけか!」
「実はそうなんだ。レオンに弟との再会をプレゼントしようと思ってね。なのに、つれない態度を取るなんてがっかりだよ」
「余計なことを……」
「そんなことはない。リオンは喜んでいる。だからこそ、統治宮に来たわけだよね?」
「そうです」
魔人相手に隠し事をすべきではないとリオンは判断した。
「私に感謝しないといけないね?」
「しなくていい! するなんていったら、大変なことになる!」
「兄様を助けてくれてありがとうございます。でも、助けられたのは僕ではなく兄様です。何か要求するのであれば兄様の方にしてください。自業自得ということで」
「くっ、まあ、そうだな! 弟は一切関係ないからな!」
「あっはっは!」
フィアーは笑い出した。
「とてもいいね! 気に入ったよ。見た目もレオンに似ているしね」
「それ、関係あるのか?」
「あるよ。目障りな者を視界に入れたくはないからね。リオンは合格だ」
「目障り判定でなくて良かったです」
「銀行の営業だってね? 私に営業しても仕方がないと思うけれど、暇つぶしも兼ねて話を聞いてあげよう」
フィアーはそう言うとパチンと指を鳴らした。
リオンの景色が歪み、一瞬で変わる。
庭にいたはずが、豪華な部屋に転移していた。
「私の椅子しかないけれど、立場を考えれば仕方がない」
フィアーはそう言いながら、黄金色の豪奢な椅子にゆったりと腰かけた。
「さて、どんな話をする?」
リオンは大きな広間を見回した。
そして、
「ここは……ヴァルールの間では?」
「へえ、知っているんだ?」
「そういう名称の部屋があると聞きました」
ゲームでなら見た。無人だったけれど。
リオンは心の中で答えた。
「もしかして、私が誰なのかわかっている?」
「今、知りました。ヴァルールの間は名称からいっても極めて重要な場所のはず。一つしかない黄金色の椅子に座れるのは統治者だけだと思います」
「その通り。私がヴァルールの統治者だ」
フィアーはにやりとしながら答えた。




