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婚約破棄のあとで辺境(魔境)行きになった王子  作者: 美雪
第九章

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83 商談相手



「見事なイヤリングだ」


 グリューエン公爵は感嘆した。


「前に購入したネックレスもなかなかの品だったが、今回の方がより素晴らしい」


 ジスの商談相手であるグリューエン公爵はセレスティーナの父親だった。


「だが、片方だけなのか?」

「一つだけでも手に入るかどうかはわかりません」

「可愛い娘のためとはいえ、所詮はイヤリングだからな。本人が気に入るかどうかわからない」

「閣下の目に留まるものであれば、気に入ると思いますが?」

「片方しかないものを気にいるわけがない」

「私のつけているピアスを見ていただければわかりますが、左右で揃えていません。別のピアスを組み合わせるつけ方もあります」

「これはピアスではない。イヤリングだ。見た目のバランスが非常に重要だ」


 二人の間には見た目以上の距離と計り知れない駆け引きがあった。


「このようなデザインはセットの品だ。もう一つ同じものがある。別の者に売ってしまったのか?」

「いいえ」

「交換してしまったのか?」

「いいえ」

「なぜ、一つしかない?」

「なぜだと思われますか?」

「優秀な行商人だ。片方だけで売りつけるわけがない。出し惜しみだろう」


 ジスは微笑んだ。


「さすが宰相です」

「多忙だけに時間をかけたくない。さっさと両方を出せ。でなければ取引はまたにする」

「またの機会はありません。取引を不成立にしたがる客は困ります」

「不成立にしたいわけではない。品が揃ってないからだ」

「勝手にセットだと決めつけられては困ります。用意しているのは一つだけ。この取引が成立すれば、次へ進むだけの話です」

「仕方がない。確かに王家は特別な剣を所有している」

「その剣の名称は?」


 ジスは特別な力を持つ剣を探していた。


「より多くの情報がほしいのであれば、イヤリングを対価にするしかない」

「貸すだけなら応じます」

「貸すだけなら、その程度の情報だが?」


 両者はにらみ合う。


 ここからが勝負でもあった。


「片方だけは差し上げます。知っていることを話してください」

「イヤリングを両方だ」

「無理です。ここにはありません」

「両方なら情報を増やす。取引は一度だけとは限らない。今後のことを考えたらどうだ?」


 探り合い。読み合い。考える。


「取引は一度だけかもしれません。より良い取引先を求めたいので」

「客を選ぶのか」

「客も商人を選びます。同じでは?」


 そして、


「片方分の情報を」

「その剣はアーネストが持っている。だが、アーネストを殺しても剣は使えない」

「その情報はすでに知っています。本人から聞きました」

「アーネストに接触したのか?」

「御令嬢にも会いました」


 グリューエン公爵はジスを睨んだ。


「娘に? ふざけるな!」

「実を言いますと、以前お渡ししたネックレスは御令嬢に選んでいただきました」

「なんだと!」

「買い取りを希望されたのですが、断わりました。父親が娘のために手に入れたことを知れば、喜ぶのでは? イヤリングも同じく。間違いなくセットでほしがると思いますが?」


 グリューエン公爵は怒りのあまり震えていた。


「二人だけで出かけたのか? どの程度会っている?」

「御令嬢にお尋ねください。きっかけは、ヴィラージュ城の屋根の上で肩を落としていた御令嬢の姿をお見掛けしたことです」

「娘の心が弱っている時につけ込んだな!」

「つまらないと言われたので、退屈しのぎの買い物を提案しただけですが?」

「喜んだのか?」

「他種族の町に行ったのは初めてということで、かなり喜ばれていました。世界が広がったとも」

「娘を利用するとは……油断ならないやつだ!」

「御令嬢は非常に優秀な魔導士です。小さな国の小さな王都にいれば安全だとわかっていても窮屈なのでしょう。広い世界を知りたくて、ヴァルールへ行きたがるのでは?」


 グリューエン公爵は黙り込んだ。


「氷魔法を得意とされ、攻守ともに優れた能力があると自負されていました。ですが、回復魔法は使えません。万が一の時に備え、優れた魔法装備があると心強い。護衛を連れずに外出しても、使い勝手がいい魔法装備があれば必ず持っていきます」


 グリューエン公爵はジスを見つめたまま。


 だが、その心が揺れ動いているのは確かだった。


「国王陛下に紹介する。直接聞けばいい。それでいいな?」

「いいえ。紹介だけならアーネストやレイディンに頼みます。宰相ならもっとましな対価を考えておいてください」


 ジスは席を立った。


 商談は保留。


 宰相がふさわしい対価を用意できなければ、イヤリングの片方であっても手に入らないということだった。


「歩きだと聞いた。馬車を用意させる」

「必要ありません」


 ジスはピアスに触れた。


 すると、耳がエルフのそれに変わった。


「本当の姿はこっちだ。見くびられては困るし、教えておくことにするよ」

「エルフだったのか」

「失礼する」


 耳のピアスに触れ、人間の見た目に戻ったジスは部屋を退出した。


「やけに見目がいいと思った」


 人間の耳でもまったく違和感がなかったとグリューエン公爵は思った。


「エルフと人間では能力も寿命も差がある」


 耳の差も。


 グリューエン公爵は自分の小さな耳に触れ、ため息をついた。


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