79 かつての脅威
「……毒竜がいるんだ?」
リオンは必死に動揺を抑えた。
「エアリスはフォレスト・エルフの町で生まれ育った。あの森を初めて離れたのはヴィラージュに来た時だと言っていた。つまり、あの森に毒竜がいたってこと?」
「近くに飛んで来た。かなり昔のことだが」
過去か……。
エアリスは長命種。それだけにリオンはやや落ち着いた。
しかし、毒竜のことはどうしても知っておきたい、知る必要があると感じた。
「教えてほしい。森の近くに飛んで来たってことは、ヴィラージュに来る可能性もあったってことだ。そして、エアリスが薬を作っているということは、毒竜がまた来るかもしれないってこと?」
「いずれアーネストには話さなければと思っていた。だが、毒竜がまた来るかどうかはわからない。余計な不安を与えてしまうだけのような気もして言い出せなかった」
エアリスは深いため息をついた。
「魔境の奥地、魔人たちが住む場所に毒竜があらわれたらしい。魔人たちが毒竜を倒そうとしたが、逆に倒される者が続出したそうだ」
「魔人よりも強い竜だったんだ?」
「猛毒がすごかったらしい。毒まみれになった魔人が逃げてきた。フォレスト・エルフが守っている泉で水を飲もうとしたが、毒に汚されては困る。泉を守る役目をしていたエルフが解毒魔法を使えたため、魔人のことを解毒した。すると、魔人は毒になるたび泉に来て、解毒してもらうようになった」
もしかして……。
リオンは予感がした。
「その魔人は自分を解毒してくれるエルフに好意を抱いて妻にした。二人の間には子どもも生まれた。それがジスだ」
やっぱり……。
リオンの予感が当たった。
「毒竜は二回来た。どちらの時もジスの父親の魔人が森の一部を燃やして毒竜を追い払った。そのことで問題が起きた」
フォレスト・エルフは森を失うのは生きる場所を失うのと同じ。それゆえに、故意に森に燃やすようなことは掟で禁じている。
一度目は初めて見る魔物への恐怖が大きく、追い払うことができたことへの安堵感から森を燃やしたことについての処罰はなかった。
しかし、二度目は許されないという意見が多かった。
「多数決の結果、ジスの父親は町を追放された」
しかし、妻と子どもは町に残れる。
魔人は妻子をおいて、縄張りを出た別の場所に住み、時々縄張りを出た場所で妻子と会えばいいだけだった。
ところが、魔人は元々住んでいた場所が気になるといって戻ることにした。
妻はついていくといい、ジスは親族にあずけられて町に残されたことをエアリスは説明した。
「ジスの両親の消息は不明だ。毒竜もずっと来ていない。奥地のことも知らない。知ろうとは思わない。静かにあの森と共に生き続けるだけだった。あの火災があるまでは」
突然起きた森林火災はフォレスト・エルフにかなりの動揺と混乱を与えた。
年長者はかつて毒竜が来たこと、魔人が森に火を放って燃やしたことを思い出したからだった。
火災は奥地で起きている。だが、それ以外のことはわからない。
毒竜が生きているのか、魔人が火を放ったのかどうかも。
誰も見ていない。怖くて確認に行けないというのが本音だった。
「所有品を整理する者や手放す者が増えた。森林火災だけでなく、毒竜が来た場合に備えての準備だ。いざという時は町を離れて逃げるだろう」
「フォレスト・エルフは毒竜と戦う気はないわけか」
「当然だ。魔人でさえ倒せない相手だ。エルフには倒せない」
「そんなに魔人は強い?」
「個人差はあるだろうが、ジスの父親は強い。フォレスト・エルフが非常に危険視している魔物を簡単に倒してしまうほどだったらしい。ハーフのジスに対しても、魔法で勝てる者はいない」
ゲームにおいて、魔人はNPCとしてシナリオに登場する種族。
プレイヤーは選べないが、かなりの強さだと思えるような存在だったことをリオンはなんとなく覚えていた。
でも、僕が知っている毒竜と同じなのかどうか……。
メインシナリオとは違う話あるいは違う時間軸かもしれない。
確かめないとわからない。
リオンはそう思った。
「まあ、魔物にも寿命がある。毒竜もいつかは死ぬ。誰かが倒すかもしれないし、戦闘の傷がもとで死ぬ可能性もある」
「そうであってほしいって感じ?」
「当然だ。誰だって無駄死にしたくはないだろう?」
「それでヴァルールに来たってこと?」
「違うと言えばうそになる。だが、あの森で採れる素材だけでは私の目指す薬は作れないと感じてはいた。新しい材料を手に入れる必要がある。ジスに頼む手もあるが、町に出入りしたくはないだろう。そもそも、ジスは素材を見る目がない!」
エアリスにとって、素材を見る目がないのはかなりの悪条件。
自分の目指す薬を完成させるには、自分で素材を探しにいくしかないと思っていた。
「この話は他の者にするな。不安を煽るだけでいいことはない。フォレスト・エルフのことを悪く思ってほしくもない。それぞれに大事なものがある。価値観が違うだけだ。私はジスの父親がしたことを正しかったと思う。だが、故郷を燃やされたくない者の気持ちも痛いほどわかる。森の一部しか燃えなかったのは結果論だ。全部燃えてしまう可能性もあった。その恐怖は言葉にしようがない」
「そうだね。価値観が違うというのはわかる」
命を守るために故郷を燃やすか、命を失う可能性があっても故郷を守りたいか。
考え方は一人一人違う。
森が故郷ではない魔人は前者、森が故郷のフォレスト・エルフは後者だった。
「今度の週末、アーネストにも話す。リオンに話したおかげで、やはり伝えるべきだと思った」
「その方がいい。毒竜が来る可能性がとても低いとしても、万が一の時は領主として領民を避難させる方法を考えないといけない」
「草原を燃やすわけにはいかないだろう。だが、領都は魔物の侵入を防ぐ石壁がある。街中も石造りが多く、火災や毒には強そうだ」
「かもしれない」
「一番いいのは、誰かが毒竜を倒してくれることなのだが……」
「確かに」
だからこそ、メインシナリオでは世界中のプレイヤーが毒竜を倒しに行った。
しかし、誰も倒せてはいない。
最高装備を揃えた大多数のプレイヤーがパーティーを組んで果敢に挑んだものの、全滅した。
あまりにも強すぎる。無理ゲー。不具合。次のバージョンアップ待ち。
多くのプレイヤーがボス攻略案を考え、意見を出し合い、情報収集に励んでいた。
それがリオンの知っている前世の記憶だった。




