78 夕食当番
「ただいま」
「おかえりにゃ」
玄関ホールで走る練習をしていたキティがリオンを出迎えた。
「走る練習をしているのか。偉い」
「おやつ食べ過ぎたにゃ。ご飯いっぱい食べるためにゃ」
理由はともかく、体を動かすことはいいことだとリオンは思うことにした。
「夕食は? 一応、四人分買って来た」
朝、アーネストはヴィラージュに向けて出立した。
夜はリオン、キティ、ミント、エアリスの四人だけ。
「ミントもご飯をどうするか悩んでいたにゃ。今日は四人分作ったにゃ」
同居しているが、食事は各自で調達することになっていた。
とはいえ、自分の分だけ買って来るのもどうかと思い、他の者の分も弁当を買ってきた。
「エアリスも買って来たにゃ」
「明日と明後日の夕食にすればいいかもしれない」
「何を買ったにゃ?」
「おにぎり弁当」
「食べたいにゃ」
「ミントの料理は保存ができそう?」
「シチューにゃ。エアリスはカレーにゃ」
「シチュー、おにぎり弁当、カレーの順で消費すればいい。魔法の袋に入れれば平気だ」
リオンがキッチンに行くと、ミントとエアリスがいた。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
「夕食だが、シチューとカレーのどっちがいい?」
「実は僕もみんなの夕食としてお弁当を買ってきた」
「ありがとうございます! エアリスもカレーを四人分買ってきてくれました。みんな優しいですね!」
「それなんだけど」
リオンが翌日や翌々日の夕食に回すことを提案し、ミントとエアリスは了承した。
「これからもかぶるかもしれない。夕食の当番のようなものを決めたらどうかな?」
「賛成です!」
「そうしよう。毎日かぶったら困ると思った」
話し合った結果、夕食は曜日ごとの当番が全員分を用意する。
週末にはアーネストが戻ってくるため、その時にまた話し合うことになった。
「ジスさんの食事はどうすれば? 私の場合はおかわりができるように大目に作っているので平気ですけれど。二人は基本的にお弁当を買ってくるつもりですよね?」
「いらない。いつ来るかわからない者のことは考えない」
「エアリスならそう言うと思って、四人分しか買ってこなかった」
「まあ、来たら来たでちょっとしたものであれば用意すればいいですよね」
その時、
「ミントが夕食を作っているのか」
転移魔法で現れたのはジス。
「今後の生活について聞きたいと思って、適当に夕食を持ってきた」
「かぶりまくりですね」
「何を買った?」
「お弁当だよね?」
「弁当もあるし、料理もある。食べたいものを言ってくれれば、出せるかもしれない。ストックが結構あってね。入れ替え処分するついでに、ここで消費してくれないかな? しばらくは食費がかからない」
「夕食当番に加われ。そうすれば処分できる」
週に一日、曜日ごとに夕食当番をすることをエアリスが説明した。
「わかった。当番をする」
ジスも夕食当番に加わること、今夜の夕食はミントが作ったシチューになることが決まった。
「私は仕事の関係でいないことがある。当番以外の夕食は必要ない。来たとしても、適当に魔法収納から出せばいい」
「わかりました。でも、私が作る日はおかわりできるように大目に作っています。大丈夫だと思いますよ」
「嫌いなものでなければ食べられるな」
「ジスって嫌いなものがある? 無理なものがあるなら言っておいた方がいい」
「基本的には植物かな。魚は食べるけれど、動物系の食材は選ばないことが多い」
「やっぱりエルフは植物系なんですねえ。町の商店にあったものも植物ばかりでしたし」
「フォレスト・エルフはそうかもしれない」
「ライト・エルフは肉料理を普通に食べる。香草は好きだけど、野菜はあまり食べない。果物と果実酒が大好きだと聞いた」
ライト・エルフの王族と食事をしたことがあるリオンは、食事に関する情報を得ていた。
「エルフによっても好みが違うわけですね」
「個人嗜好の差もあるかもしれない」
「フォレスト・エルフの中にも肉が好きな者はいる。魚が好きな者はほとんどいなかったが、ミントのおかげで少し増えた。香草を煮るための素材としてだが」
「だし……魚の肉汁用ってことですね」
「それだ」
「わざわざ言い換える必要はない。ヴァルールの飲食店では普通に聞く言葉だ」
「そうですね」
ヴァルールに来て本当に良かったです! 前世の知識を旅人の知識として誤魔化さずに済みます!
ミントは心の中でそう思っていた。
夕食のあと、エアリスは部屋の整理について手伝ってほしいとリオンに頼んだ。
「エアリスは……すぐに散らかしてしまう性格?」
週末に片付けた部屋が、すでにかなりの素材だらけになっていた。
「これは全て薬の材料だ。あとで一気に錬金術をすればなくなる。それよりも話がある」
エアリスがリオンを部屋に呼んだのは理由があった。
「ジスから聞いた。ヴィラージュの店に防具を見に行ったが、気に入らなかったようだな?」
「軽い装備がいい。重い装備が多くて、軽装備は品揃えが少なかった」
「リオンは魔法で防御を高めることができない。何かしら防具が必要だ」
「エアリスがくれた胸当てがある」
「あれは緊急用だ」
エアリスは顔をしかめた。
「だが、魔物と対峙する機会が思った以上に多そうだ。よい防具を贈りたいとジスが言っていた。ヴァルールに誘ったのは安全な仕事をさせるためだったというのに、違う状況になっていることを心配している」
「それはちゃんと謝った。気を付けると言ったし、銀行員として魔物に遭遇するような仕事は受けないことにもした」
「当然だ。それで、確認だ。私はヴァルールに来たばかりで、付近の魔物について詳しいわけではない。どのような防具があると良さそうなのかリオンの考えを聞きたい」
「それで呼んだのか」
「ミントやキティの前で魔物の話はしづらい」
「確かに」
リオンは自分が知っている魔物の情報をエアリスに伝えた。
「やはり毒と麻痺はどこでも注意か」
「魔物だけでなく植物によって起きる場合もあるから」
「状態異常への耐性を高める防具もよさそうだ」
「あったら嬉しい。錬金術で作れる?」
実を言えば、リオンはエアリスに防具を依頼しようと思っていた。
しかし、ゲームのようにどの程度の装備が作れる技能があるのかがはっきりとしない。
頼みたくても頼みにくいと感じていた。
「作れる。軽い装備がいいなら、アクセサリーにしたらどうだ? 普段から身につけることができる。違和感もない」
「確かにジスはお洒落というか、魔物討伐に行く時も普通の服装だ。魔法服だけど」
「極めて強い魔物がいる時は着替えるだろう。だが、着替えなくてはならない魔物には近づかないでほしい」
「エアリスはジスのことが心配?」
「私が何を言っても無駄なのはわかっている」
リオンは首をひねった。
「エアリスの言葉なら耳を傾けそうだけど」
「無理だ」
そう言ったあと、エアリスは深いため息をついた。
何かありそうだとリオンは思った。
「何かあれば言ってほしい。エアリスにもジスにも世話になってばかりだ。僕にできそうなことで役立ちたいと思っている」
「気持ちだけで十分だ。それよりも身の安全に注意してくればいい。魔法が使えないのはとても大きなハンデと同じだ」
「わかっている。でも、これほどいろいろしてくれるとは思っていなくて……嬉しいけれど不思議にも思う。ジスはどうして僕によくしてくれるのか、エアリスは知っている?」
エアリスはじっとリオンを見つめた。
「何か、聞いていないか?」
「何かって?」
「転生者の話を聞いたことはないか?」
不意をつかれたリオンは固まった。
「その様子では聞かれたな?」
「この世界には前世の記憶を持っている者がいるようだって話なら聞いた」
「ジスは転生者を探している」
「どうして転生者を?」
「特別な知識がほしいからだろう」
リオンはふと思いついた。
「装備品のレシピとか?」
「理由を知りたければジスに聞け。私はジスではない。答えられない」
「わかった」
リオンは頷いた。
「でも、特別な知識ならエアリスもほしそうだ。錬金術のレシピとか」
エアリスはじろりとリオンを見た。
「自分で新しく創り出すことが錬金術の素晴らしさだ。レシピは自分で探す。レシピがないものを作りたいというのが本音だ」
「エアリスの専門は薬だ。となると、どんな病気や怪我でも回復できるような薬を作るのを目指しているってこと?」
「私が研究しているのは猛毒耐性薬だ」
リオンは首をひねった。
「猛毒用の回復薬ではなく?」
「違う。耐性薬だ」
「それを飲むと、どんな効果がある感じ?」
「薬を飲むと、どんな猛毒であっても効かない。毒状態にならない」
「ずっと?」
「ずっとなら嬉しいが、薬の効果は一定の時間だけというのが常識だ。それでも、この世界に存在するあらゆる毒から身を守れるのであれば、非常に有益ではないか?」
「そうだけど、魔法じゃなくて薬なんだ?」
「私は錬金術師だ。魔法が使えない者や回復系の魔法ができない者もいるだろう? 薬ならこの世界にいる全ての人々と生物に効果がある」
世界にいる全ての人々と生物……。
スケールの大きさをリオンが実感したその時、頭の中に流れたのは前世の記憶。
まさか。でも……。
一度思い出した記憶は次々と不安を膨らませていく。
考えたくない。ただの思い過ごしだと思いたい。
一方で、リオンは知りたくもあった。
今、自分が生きている世界ことや自分が置かれている状況を。
「どうして猛毒耐性薬を? もしかして、ものすごく強い毒を持つ魔物がいるってこと?」
「いる」
「どんな魔物?」
「毒竜だ」
メインシナリオのボス敵だ!
リオンは驚愕した。




