75 緑の魔法薬店
上級地区にある待合施設には多くの客が殺到していた。
その理由は新しい魔法薬店が開店することにある。
ヴァルールには多くの魔法薬店があるが、魔法薬は錬金術者の技能次第。品質も価格もかなりのばらつきがあった。
今回、新しくできる魔法薬店はヴァルールの最先端、流行を作り出すとまで言われている待合施設にできる。
当然、厳選された高品質の魔法薬を扱うに決まっているということで、魔物討伐者たちは多額の現金を用意、入場制限がかかるのを承知で廊下に並んでいた。
開店当日は廊下にかなりの行列ができていたために整理券が配られ、販売時間は中庭におけるデモンストレーションのあとになることが説明された。
整理券をもらえなかった者はそのまま並んでいるかデモンストレーションに行くかに悩んだが、魔法薬の効果がどの程度なのかは気になる。
今後のためにもデモンストレーションを見ておくべきだと判断した。
「お集りの皆様、本日はこの施設に新しく開店する緑の魔法薬店にご注目いただきありがとうございます!」
通常の店は店主の名前を掲げることが多いが、エアリスはまだまだ修練中の身ということで自分の名前を掲げることをよしとせず、緑の魔法薬店という名称にした。
「ヴァルールに集う人々の多くは魔物討伐者。腕に自信がある方々ばかりとは思いますが、突然、変異種のような魔物に遭遇してしまうかもしれません。そうなりますと、対応が難しいかもしれません。そんな時に役立つのが魔法薬です!」
デモンストレーションのために雇われたのは、ヴァルールでも有名な人気販売員。
巧みな話術だけでなく、人気販売員が雇われたことにも注目が集まっていた。
「魔法薬にはさまざまな種類があります。ですが、デモンストレーションで疲労を回復する薬を飲んでも、疲れが本当に取れたのかは本人にしかわかりません。ですので、今回は誰が見ても効果がわかるような薬のご紹介をいたします」
販売員はそう言うと、手をさっと伸ばした。
「ご紹介します。大人気のお茶屋兼お菓子屋をしているミントさんです!」
拍手が起きた。
この施設にあるミントのお茶やお菓子は有名で、ヴァルールで最も手に入りにくいと言われているほどの人気ぶり。
ミントが薬師の資格を持っていることも知られており、魔法薬のデモンストレーションに呼ばれるのにふさわしいと感じる者が多くいた。
「ここにいる多くの方々が知っていると思いますが、ミントさんは薬師です。薬師は人々を助ける薬を作るので、信用が高くなければいけません。ミントさん、今日は魔法薬の効果を体験していただきますので、どうか正直に答えてください」
「わかりました」
「ミントさんは人間ですね?」
「はい!」
「両親も人間ですか?」
「人間です」
「魔法は使えますか?」
「使えません。でも、錬金術は少しだけできます」
「魔力があるということですね?」
「そうです。魔力は少しだけあります。でも、魔法は無理です」
「現在、何か特別な飲食物、薬を服用したり、魔法がかかっている状態ではありませんね?」
「ないです。普通の状態です」
「では、あちらにワインを入れる巨大な樽があります。今は水が入っているのですが、持ってみてください」
「えっ? あの樽を?」
ミントは驚いた。
「どう考えても無理ですよね? 身長よりも大きいです。びくともしませんよ」
「挑戦してみてください」
ミントは樽に手を当てたが、大きすぎると感じた。
「どうやって持てば?」
「押して傾けるだけでもいいです。動かすというか」
「ああ、なるほど」
ミントは樽を押してみた。だが、動かない。
びくともしなかった。
「無理です……」
「では、誰かこの樽が本当に重くて動かないのか、確認していただけませんか? 腕力に自身のある方、ぜひともご協力ください!」
次々と魔物討伐者が名乗り出て樽を動かそうとするが、素の状態で持ち上げることができる者はいなかった。
「重い」
「空ではないな」
「たっぷり入っている」
「強化魔法を使わないとじゃないか?」
「浮遊魔法じゃないと運べない」
「それか魔法の袋がいる」
「こちらの樽は魔法の袋から出しました。場所を移動するにはもう一度魔法の袋に入れて運ぶか、浮遊魔法で運ぶ必要があります。ですが、本日はデモンストレーションですので、ミントさんに力の水薬を飲んでいただきます!」
「えー!」
ミントは驚いた。
「それって筋肉がムキムキになっちゃうような薬ですか? 私は女性ですし、なんとなくそういうのは飲みたくないのですが……」
「見た目は変わりません。筋肉ムキムキにもなりません。なったとしても、この樽は動かせないのは、すでに筋肉ムキムキの方々が証明してくれています」
「そうでした」
「美味しいらしいので、ぜひ飲んでみてください。そして、どんな味なのかを説明してください」
「わかりました」
ミントは力の水薬を飲んだ。
「いかがですか?」
「……甘くて美味しいです」
「飲みやすいですよね?」
「とても飲みやすいです。薬草特有の青臭さが全くないです。香りもさわやか、味もまろやかです。香草茶を冷ましたものに砂糖を入れた感じと言った方がいいかもしれません」
「では、樽を動かせるか試してください。ほんの少しぐらいは動くかもしれません。魔法薬を飲んだので」
「そうですね」
ミントは力いっぱい樽を押した。
「あ!」
ミントの声と同時に、デモンストレーションを見ていた人々は驚きの声を上げた。
「動きました! ミントさん、樽を傾けることができますか?」
「できると思います」
ミントは押しながら樽を傾けた。
「御覧ください! さっきまでびくともしなかった樽が傾きました! しかも、ミントさんの状態は変わっていません。筋肉ムキムキではありません! そうですね?」
「そうですね……なんとなく体がポカポカします。力が湧いてくる感じがしますね。これは、いけそうですよ!」
ミントは樽を押して傾け、空いた隙間に手を入れた。
「ミントさん、指に気を付けてください! はさんでしまったら大変です!」
「無理はしませんけれど……よいしょっ!」
ミントは大きな樽を持ち上げた。
「やっぱりいけました! 今なら持てます!」
どよめきと拍手が沸き上がった。
「重くないですか?」
「重いです。でも、持ち上げられます。どうしてですかね? 魔法がかかっているわけではないですよね?」
「魔法の代わりになる魔法薬のおかげです。ですが、効果時間内だけです。危ないので、効果が切れる前に樽を戻してください」
「わかりました」
ミントが樽を置くと、物凄く重そうな音がした。
「やっぱり重いですよね。持てますけれど」
「そうなのです。そして、持てるのは薬のおかげです。そうですね?」
「そうです。これならとっても重いものでも持てますね!」
「そうです。それが力の水薬です。力が湧いてくるので、重いものを持つことができます。もちろん、攻撃力もアップします。ミントさん、樽を殴ってください」
「ええ!」
ミントは驚いた。
「殴るって、グーですか?」
「グーで殴ってください。思いっきりお願いします!」
「怪我したら困ります」
「魔法薬を飲んでいるので大丈夫です。身体強化の魔法で、特に手や腕だけすごくなっているような状態と考えてください」
「じゃあ、その言葉を信じて……えいっ!」
ミントはグーパンチをした。
バキッ!
樽に穴が開き、中に入っていた水がこぼれだした。
「ええっ、うそーーーーー! すみません!」
ミントは大驚愕。
まさか壊れるとは思ってもみなかった。
「か弱い女性のミントさんでも樽が簡単に壊せます! それほど、力が増しているのです!これでいかに魔法薬の効果があるかおわかりですね? しかも、その味は香りがいい甘いお茶のような美味しさです。工夫次第、多種多様なシーンで活躍できます! いつもお世話になっている方、特別な者への贈り物にも最適です!」
魔物から逃げる時に有効な素早さの水薬、あっという間に疲労や軽傷から回復する水薬があることも伝えられた。
「お買い求めは森の魔法薬店で。デモンストレーションにお付き合いいただきありがとうございました!」
大歓声。大拍手。
「では、これより魔法薬の販売を開始します。本日は多数のお客様がいらっしゃると思いますので、一人三つまで。通常品だけでなく上級品もございます。よく考えてご注文ください。整理券を持っている方から入場になります。店の前に一列でお並びください!」
人々は我先にと魔法薬店へ急いだ。
デモンストレーションで効果がはっきりとわかった力の水薬はダントツの人気ぶり。
「回復の水薬、美味しいにゃ」
キティもお手伝い。
「キティ、元気でも飲みたくなっちゃうにゃ」
子どもでも美味しく飲める回復の水薬も売れに売れまくり。
緑の魔法薬店の薬は午前中で通常品も上級品も全て完売した。




