71 アーネストの選択
リオンが急に戻って来たことはアーネストの心を強く揺さぶった。
リオンやキティのことが心配でたまらない。
養い子として二人を引き取った以上、保護者としての責任を果たすべきだとアーネストは感じた。
数日後。
ヴァルールにアーネストの姿があった。
今回はとにかく早く行くことを優先して飛竜に乗って来た。
「リオン!」
銀行に来たアーネストにリオンは驚いた。
「アーネスト!」
「元気か?」
「元気」
自分が急に戻ったせいで心配をかけてしまったようだとリオンは思った。
「ごめん。急に戻ったからだよね? 次は気をつける」
「大丈夫だ」
アーネストは優しく微笑んだ。
「取りあえず、ヴァルールのポイントを貯めるために個人口座を作ることにした。紙幣と硬貨とどちらがいいのだろうか?」
王国貨幣は複数の国が発行しているのもあり、紙幣と硬貨の両方があった。
「どっちでも。金貨ならとても喜ばれるかな」
「わかった」
アーネストは魔法収納からドサドサと重そうな袋を取り出した。
「王国金貨だ。数えるのが大変かもしれないが、任せていいか?」
「えっ、これ、全部金貨?」
リオンが袋を開けると、確かにピカピカの金貨が大量に入っていた。
「ずっと持っていると価値が上がると言われ、取りあえず持っていた」
「結婚金貨だ」
国王が結婚した際に発行される特別な金貨で、価値が高かった。
「全部同じではない。種類がある」
「リオン、手伝おうか?」
上客ではないかと感じた同僚たちが集まって来た。
「もしかして、古いのか?」
「魔法収納に入れていた。古くても新品と同じような状態だ」
「この袋は王太子の誕生金貨だ!」
「こっちの袋は王子の誕生金貨だ!」
アーネストやレイディンが生まれた際に発行された記念金貨もあった。
「リオン」
支店長もやって来た。
「これは銀行に預ける前に金貨屋に持って行ったほうがいい。価値が跳ね上がる。たぶんだが、十倍以上になると思うぞ?」
「十倍……」
「こっちの結婚金貨はもっとするだろう」
アーネストの父親とレイディンの母親が結婚した際に発行したものだった。
「幸せの金貨として有名だ。オークションで百倍の価格がついたこともある。大量に流出すると価値が下がるかもしれない。一枚ずつ売った方がよさそうではある」
「アーネスト、紙幣はない?」
「ある」
アーネストは次々と木箱を出して積み上げた。
「全部紙幣だ」
「こっちを預かるね。金貨は全部しまっていいから」
「そんな!」
「ぜひ、一枚ほしい!」
「買い取らせてください!」
「幸せの金貨がほしいです!」
「ダメだ」
リオンはぴしゃりと言った。
敏腕銀行員の表情になっている。
「結婚金貨は一枚で一千万以上する可能性がある。市場を混乱させないためにも、大量に放出するのはよくない。交渉次第ではかなりの高値がつく。特別な取引に使うことも想定して取っておくべきだと伝えるのが優秀で誠実な銀行員だ」
大正論。
さすがリオンだと同僚たちは降参した。
「わかった。金貨はしまっておく」
アーネストは魔法収納に金貨袋をしまった。
「紙幣の方は……全部で百箱だ」
「一箱につき一億入っているらしい」
つまり、百億。
「やっぱり王族だね。お金持ちだ」
「これはドワーフからもらった」
師匠からもらった最高級の樽に入った最高級のワインを売りつけた時、アーネストとしては代金分の領貨を作ってほしかった。
しかし、あまりにも金額が多すぎて、作るのが大変だとドワーフが言い出した。
そこで一部はドワーフが溜め込んでいた宝物や王国貨幣と交換することになったことをアーネストは話した。
「そういうことか」
「これは……古い紙幣だ!」
アーネストが持って来た紙幣は古い時代のものだった。
「もしかして、使えないのだろうか?」
「いや、これは古貨幣屋に持っていた方がいいと思う」
「十倍、いや、かなり古くて新品なことを考えると二十倍か?」
「鑑定次第じゃないか?」
「オークションに出した方がいい。コレクターに高く売れる気がする」
「ヴァルールだけでなく、さまざまな国に少しずつ流した方が、価値の高さを維持できる」
銀行員はお金に詳しい。
どうやったら一番価値が高くなるかをあれこれ話し始めた。
「やっぱりアーネストは只者じゃないね」
「これはドワーフが温存していたものだ。只者ではないのはドワーフだろう」
結局、支店の方で紙幣を預かり、古貨幣屋と相談して預金額の決定をすることになった。
アーネストは銀行を出ると休憩室に向かった。
「アーネスト」
カウンター側の壁際にジスが立っていた。
「魔法の鳥が来て驚いたよ。何の用かな?」
アーネストはジスに会うため、魔法の鳥を伝令として送っていた。
「ヴァルールに住むことにした。リオンやキティのことが気になって仕方がない。保護者としての責任を果たすためにも、ヴァルールに慣れるまでは一緒にいた方がいいと思った」
ジスは笑みを浮かべた。
「アーネストが寂しいだけじゃないのかな?」
「否定はしない。大切な家族と一緒にいたい気持ちは常にある」
「となると、住む場所を決めないとだね?」
「そこそこ広い庭付きの一戸建てを借りたい。治安もよく、飛行許可がある地区がいい。心当たりがあるなら紹介してほしい」
「私の屋敷に住めばいい。空き部屋が多いから使っていいよ」
「申し出は嬉しいが、自分の家がほしい。市民権がない以上は借りるしかないが、あまりうるさく言わない大家の物件だと助かる」
「私に頼むと高くつくよ?」
「ジスも一緒に住まないか?」
ジスは驚いた。純粋に。
「私の屋敷に住むのを断ったばかりだよ?」
「ジスの屋敷には住まないのは、ジスのルールがあるからだ。私の家なら私のルールにできる。ヴィラージュにある家と同じようにしたい」
それぞれが部屋を持ち、共用スペースで自由に過ごす。自分に協力できそうなことで助け合いながら、仲良く暮らしていく。
不在でも外泊でも構わない。他の家があってもいい。
いつでも帰りたい時に帰れる場所にしたいことをアーネストはジスに伝えた。
「ヴィラージュは遠い。転移魔法がない者は気軽に帰れないだろう? だから、ヴァルールに家がほしい。私は数日おきにヴァルールとヴィラージュを往復するつもりだ」
「どうやって?」
「飛竜を使う。一番速い」
「それで飛行許可がある地区がいいわけか。すでに飛竜を所有している? これから手に入れるつもりかな?」
「召喚枠に譲り受けたのが一匹いる。以前、ジスの飛竜を倒してしまった。譲った方がいいだろうか?」
「私に譲るとヴィラージュに通勤しにくくなるよ?」
「天馬がいる」
「天馬もあるのか」
「飛竜はかなりの老体だ。調教も相当されている。なんとなくだが、そういうのは嫌がると思った。魔人は自分で調教したがると聞いたことがある」
ジスはニヤリとした。魔人らしく。
「飛竜はいらない。いくらでも手に入る。それよりもアーネストには魔人の知り合いがいそうだね? レイディンが転移魔法を使えるのは魔人に教わった証拠だ。紹介してくれたら希望を叶えるよ」
「無理だ」
「アーネストは転移魔法を使えない?」
「希望を叶えてもらう対価として答える。使えない」
「なるほど。理解した」
ジスはようやく知りたかったことを知った。
「王妃と会いたい。結婚する前は魔物討伐者だったそうだね? 魔境のことを聞きたい」
「無理だ。魔境の情報は国家機密だけに話せない。機嫌を損ねると大変なことになる」
「私は行商人だ。対人関係には自信がある」
「エアリスを説得できていない」
ジスはエアリスをヴァルールに移住するよう何度も勧めてきたが、エアリスは頑なに拒み続けていた。
「私はエアリスにも同居をしてほしいと頼むつもりだ。了承してくれるかどうかはわからないが、ジスにとってはいい話だろう?」
「わかった。私も対価を払う」
「どのぐらいかかるだろうか? ホテルの部屋を確保する前に聞きたい」
「すぐだよ」
ジスは答えた。
「私の屋敷の隣が空き家だ。エアリスがヴァルールに来た時のために確保しておいた。飛行許可がある地区だし、家賃も無料でいい。私も自分の屋敷と行き来するのが便利だ。それでいいね?」
「わかった」
「それにしても、私たちは休憩室で極めて重要な話をしてしまっている。防音魔法をしているとはいえ、本当に誰にも聞かれていないか心配になってしまうよ」
「大丈夫だ。私も防音魔法をかけている」
ジスは驚いた。
「私の魔法よりも上位ということかな?」
「多重がけだ。相手よりも範囲を大きくするか小さくすればいいだろう?」
「それはわかるが、相手の範囲をどうやって見極める?」
「感知すればいい」
「どうやって感知すればいい?」
「それは自分次第だ。魔法とはそういうものだろう?」
あまりにも正し過ぎる答えにジスは苦笑した。




