60 移住の誘い
「商品を届けるのは無理に?」
ミントの家に集まったのはミント、キティ、レイディン、ジスの四人。
「僕とセレスティーナは王都に戻ることになった」
元々レイディンとセレスティーナが王都を出立したのは強盗団を討伐するため。
そのままヴィラージュへ行って魔物を倒し、ヴィラージュと他の地域との輸送路の安全度を高める狙いがあった。
その目的はほぼ達成されている。
両親が帰って来いというため、王太子や公爵令嬢としての務めを果たしに王都へ帰ることをレイディンは伝えた。
「だから、荷物を届けるようなことはできない」
「そうですか」
「私からも話がある。レイディンがお茶を運ばなくなると、私の手間が増えてしまう。そこでミントにはヴァルールに移住してほしい」
ジスは幅広く商売をしているため、ミントのお茶を売るためにヴィラージュとヴァルールを転移魔法で往復し続けるのは難しい。
最初はお茶が売れるかどうかがわからなかったが、現在では売れることや店も繁盛する確信がある。
ミントがヴァルールに移住してお茶を売ってくれれば、ジスが輸送する必要がなくなり、ミントもさまざまな材料を使った薬や料理を研究できるとジスは話した。
「リオンも仕事が順調だから、ヴァルールに移住する気だ」
「キティも住みたいにゃ!」
キティはお菓子が大好き。ヴァルールで売っているさまざまな菓子に夢中だった。
「お菓子屋さんするにゃ!」
「やる気があっていいね。でも、子どもだけでお店をすることはできない」
ヴァルールに滞在したり住んだりするには条件がある。
基本的には成人、成人とみなされるだけの実力者、特殊な能力者である必要がある。
そして、ヴァルールへの貢献度を示すポイントを稼ぎ続けなくてはならないことをジスは説明した。
「誰でもすぐにポイントを稼げるわけではないから、短期間はポイントが少なくてもいい。でも、ポイントが増えないようだとヴァルールに役立たない、負担になるだけの存在として、追い出されてしまう」
「酷いにゃ」
「仕方がない。実力主義だ。魔物が多くいる場所だからね」
ヴァルールにいるのは自分で自分を守れる者だけというのが基本。
但し、誰もが魔物討伐を得意としているわけではなく、魔物討伐者が長く滞在するための場所や食事、装備品などといった必要品も多くある。
多くの人々で得意なことに特化した方が効率よく結果を出せるため、分業対象者であればいい。
ミントは分業対象である魔物討伐者の生活や活動を支える商人として短期滞在することができ、店を出してお茶を売れば長期滞在が認められる。
お茶の販売がヴァルール住民や魔物討伐者に好評であれば、ヴァルールに必要なものを提供する役目を果たしているとみなさる。
貢献度を示すポイントやヴァルール内の評価次第では、正式に定住する許可が得られることをジスは話した。
「ヴァルールが必要としているのは能力がある本人だけで、その手伝いや家族は対象にならない。その者が手伝わなければ無理だということであればいいけれど、キティは子どもだ。そのせいで評価が甘くなるということは全くない。帰って負担になる存在だと思われやすい。なぜなら、もっとも必要なのは魔物討伐者だからね」
「しょんぼりにゃ」
「リオンも少年ですが、子どもです。大丈夫なのでしょうか?」
ミントは心配になった。
「リオンは弱い魔物であれば一人で倒せる。成人とみなされるだけの実力者で、銀行や両替屋の仕事でも優秀さを証明している。銀行も両替屋も、それ以外の店からも正式に就職してほしいと言われているぐらいだから大丈夫だ。アーネストもヴァルールにいて、リオンの状況を確認している」
「アーネスト様はヴァルールにいるのですね」
アーネストがしばらくの間不在にすることは聞いていたが、行き先がヴァルールであることをミントやキティは知らなかった。
「すごいにゃ。キティもそうなりたいにゃ」
「いずれは可能かもしれない。早くからヴァルールにいれば、たくさん勉強できる。ミント次第かもしれない」
ミントは困った。
「でも、私はアーネスト様にも雇われています。ヴィラージュを離れるのは難しい気がします」
「それは話し合えばいい。今はもう全ての食事を作っていない。アーネストが自分で食事を調達している。飲食店もあるし、アーネストは自分でパオンや魚を火魔法であぶれる。簡単に食事の支度ができるよ」
それはミントもわかっていた。
最初は食材についての知識も乏しいということで全部ミントにお任せだったが、知識も増え、簡単に食べられるものが手に入るようになった。
わざわざ自分でパンをこねて焼く必要はない。パン屋がある。似たような味がするパオンの実を焼くだけでもいい。
肉も魚も領都の店で売っている。野菜の収穫量も増えた。洗ってちぎればサラダになる。
凝った料理を求めず、日々普通の食事をするだけなら簡単そうだった。
「以前の状況を考えると、住み込みで食事や生活費がかかりにくい待遇はとても良い条件だったと思う。でも、これからはリオンと同じように、将来に備えてお金を貯めることができる働き方をした方がいい気がする。年齢を重ねると働くこと自体が難しくなる。蓄えがないと厳しいし、病気になったら大変だ」
「そうですね……」
ミントは考え込んだ。
「ミントにはミントの人生がある。これまでだって旅をしていた。ヴィラージュに留まるのも、次へ行くのもミント次第だよ。ただ、ヴァルールの話はいつでもあるわけではない。私は幅広く商売をしているせいで忙しいからね。ヴァルールに移住して店を出すのが無理なら、特注品の発注は終わりにする」
お茶を売るという話だったが、花汁水でもいい。
ミントがダメなら、花汁水の調合者に店を出す話をすればいいだけ。
代わりはいる。いくらでも。
お茶や花汁水を扱う者は多くいるだけに、ジスは自分の負担になりにくい方法で取引をしてくれる相手を探すことを伝えた。
「できることならミントがいいとは思っている。商人の勘のようなものもあるし、出会いも大事にしたい。香りを強くすることが贅沢で良いことと考える者が多いのに、ほのかな香りを楽しむという独特の発想が素晴らしいと思った。そして、その考えがあったからこそ、ミントのお茶は人気が出た」
香りが強すぎる、臭い、嫌だと思っていた人々がお茶に興味を持ち、飲み始めた。
そして、この程度であればいい、良い香り、美味しいお茶だと思い始めた。
その変化を生み出したのは紛れもなくミントの作り出したお茶だった。
「ヴァルールは多種多様な人々に溢れている。特定の者だけが好むものだけでなく、多くの人々に愛され、支持される商品がほしい。ミントのお茶はそれだ」
好き嫌いが出にくい。だからこそ、多くの人々に受け入れられた。
他の商品についても同じようにできる。独自性のある商品への期待が持てる。
「ヴァルールでミントの才能を開花させてほしい。そして、薬師や調理人としての知識欲と研究熱も満たしてほしい。必ず貴重な経験ができる。気に入らなければ、また別のところへ行けばいい。ヴィラージュに戻ることだってできるよ」
ミントは決心した。
「人生は旅です。持ち物を整理して、ヴァルールに移住します!」
「それがいいと思うよ」
レイディンは個人的にもそう思っていた。
「ヴァルールでの経験は貴重だよ。それこそ、短期でも一年だけでもいい。ヴァルールで生活しながら、たくさんのことを吸収した方がいい。僕だって本当はそうしたい。でも、王太子としての役目を投げだすわけにはいかないしね」
レイディンはため息をついた。
「キティはどうしますか? 一緒にヴァルールへ行ってくれるなら心強いです。アーネスト様に話しますけれど?」
「にゃ!」
キティは驚いた。
「一緒に行ってもいいにゃ?」
「嗅覚に優れているキティがいれば、素材の品質や安全も確認できます。私のお茶の素晴らしさを支えてくれているのはキティですから」
キティは驚いた。
少しでもミントの役に立ちたいと思って、くんくんと匂いを嗅いでいただけのつもりが、予想以上に評価されていたことを知った。
「嬉しいにゃ!」
「それにお茶とお菓子は一緒に販売できそうです。キティがお菓子屋をしたいのであれば、猫の形をしたクッキーとかケーキとか、可愛いお菓子を作って売ってみませんか?」
「売るにゃ! キティにぴったりにゃ!」
レイディンも名案だと思った。
「母上は可愛いものが大好きだ。猫の形をしたお菓子を売り出すなら買いに行くよ」
「ぜひ、お願いします!」
「お得意さんにゃ!」
話がまとまった。




