56 弟子と師匠
突然の訪問客は別の日にもやって来た。
またしてもアーネストが一人寂しくキッチンで夕食を取っている日の夜。
「アーネスト」
アーネストは目を見張った。
「間抜けな顔ね。可愛くないわ」
アーネストの対面にある椅子に腰かけたのは王妃ティアラ。
父親の再婚相手だけに義理の母親、魔法の師匠でもある。
「ヴィラージュをほんの少しだけ綺麗にしたとは聞いたけれど、全然だわ!」
価値観も美意識も自分とは違うことをアーネストは熟知している。
だからこそ、無言だった。
「なぜ、私が来たのかわかるでしょう?」
「いいえ」
アーネストは正直に答えた。
「ここはヴィラージュ。魔境ですが、来たくない場所のはずでは?」
「一歩ぐらい平気よ」
ティアラにとってヴィラージュは、魔境と呼ばれる地域の一歩程度の部分ということ。
「レイディンが戻らないのだけど?」
「私に言われても困ります。手紙を出すように言いました」
「全然物足りないらしいわ。楽しめる魔物がいないようね?」
「一歩だけの場所なので。奥の方に行けばいるかもしれませんが、相手が強すぎても楽しめません」
「そうね。勝者になることが前提だもの」
「まずは窮乏していた領民の生活を先に建て直していました。私は領主です。領民がいないと領主ということになりません」
「王太子は王都にいるべきよ。そうでしょう?」
「そうだとは思います」
「ヴィラージュで息抜きする程度は仕方がないと思ったのよ。田舎の空気を吸いたいという者もいるでしょう? 人間的には。私にはさっぱり理解できないわ。魔境の空気なんて毒よ! 気持ちが悪いどころではなく、死んでしまうのよ!」
「この辺りは平気です。毒はありません。綺麗な空気です」
「誰のおかげだと思っているの?」
「師匠のおかげです」
「師匠ですって?」
「偉大な師匠のおかげです」
ティアラはその通りだと思いながら頷いた。
「そうよ! 私のおかげで世界は救われているのよ!」
「そう思います」
「なのに、可愛い息子が毒々しい方へ近づいているわ。その上、弟子の方は安全で綺麗な空気を吸いながらパオンを食べているなんて! 可愛くないわ! 生意気よ!」
「食べますか?」
ティアラはアーネストを睨んだ。
「バタータもありますが?」
「パオンでいいわ」
「わかりました」
アーネストは魔法収納からパオンを出すと、火魔法であぶった。
「どうぞ」
「こんなもの、とっくの昔に食べ飽きたわ!」
ティアラはそう言うと、豪快にかぶりついた。
「おかしいわね? 美味しいわ。久しぶり過ぎて、味覚がおかしいようね」
「バタータも食べれば、わかるかもしれません」
「そうね」
アーネストは魔法収納からバタータを出すと、またしても火であぶった。
「どうぞ」
「いつ見ても可愛くない塊ね!」
ティアラはバタータをガブリとした。
「あら? ホクホクだわ」
「まさか、生で食べていたのですか? あぶらなかったと?」
「あぶるなんて、普通はしないでしょう? 面倒だわ。大体、戦っている最中にパオンやバタータをあぶりながら食べるなんてこと、できると思っているの?」
「魚と魔ウサギの肉もあります。あぶりましょうか?」
「あぶって」
「わかりました」
ティアラは魚と魔ウサギの肉を次々と食べた。
「……美味しいわ、絶滅していなくて良かったというべきかしらね?」
「そうだと思います」
「レイディンがどうしているのか知っているの?」
「領都で一人暮らしをしています。外出もしていて、状況によっては外泊することもあるようです。私が学校を卒業したあと、レイディンも飛び級で学校を卒業したと聞きました。学校に戻れとも言えません」
「外出先は把握しているの?」
「レイディンに任せています。信じているので」
「ヴァルールにいるわ」
アーネストは無言。
内心、そうかもしれないという気持ちはあった。
「教えたの?」
「いいえ。国王からしか教えられないことです。王太子になったというのに、教えていないのですか?」
「教えるわけがないでしょう! ホテルに行ったようね。レイディンが王太子だってことは知られているわ。あの部屋を用意されて連絡が来たわ。先触れがなかったと」
「そうでしたか」
「しっかりと面倒をみていないということだわ。母親違いとはいえ兄でしょう? 兄弟子でもあるのよ? 情けないわ! 何のために魔法を教えてあげたと思っているの!」
「すみません」
「王宮に帰るように言いなさい。セレスティーナもヴァルールよ。宰相もキレているわ。私には関係ないけれど、可愛い夫と二人だけの時間を邪魔されるのは困るの」
「わかりました」
「情報収集もしてくるのよ」
「わかりました」
「何かある?」
「ありません」
「何ですって!」
ティアラは怒った。
「大っ嫌いな魔境に来たのに、手土産もないなんて!」
「ああ、土産でしたか。パオンを持ち帰られますか?」
「そうね。その程度しかここにはないわよね」
「バタータもあります」
「魚と魔ウサギの肉もあるでしょう?」
アーネストが魔法収納から取り出した食材を、ティアラは自分の魔法収納に入れた。
「本当に持ち物が多すぎて嫌になるわ!」
ティアラは魔法収納から次々と酒樽を取り出した。
「いらないからあげるわ」
「ワインですか?」
「そうよ。当然でしょう? 最高級の樽に入った最高級のワインよ!」
「さすが偉大な師匠です」
「でも、魔法収納に入っていたせいで熟成していないのよ。古い割にね」
「魔法収納あるあるです」
「ドワーフは何でも飲むから平気よ。年代にふさわしい価格をつけなさい。きっちりとね」
「わかりました」
「可愛いものを作らせて。宝飾品よ。武器や防具はいらないわ」
「わかりました」
「それから移動用の魔物だけど、古いのをあげるわ。新しいのにするから」
「ここで?」
「まさか」
次の瞬間、アーネストとティアラは転移した。
砂漠。
そして、召喚陣。
「ヴァルールへ行くのに必要でしょう?」
ティアラが召喚したのは飛竜だった。
「これに乗っているところを見られると、領民を不安にさせてしまいます。地味なものは?」
「地味ですって?」
「召喚枠の空きもあると思うので、飛竜はもらいます。ですが、別のもお願いします」
「弟子のくせに生意気だわ!」
ティアラは天馬を召喚した。
「エルフからもらったの。ツンツンした性格が可愛いと言っていたけれど、生意気なだけだったわ! 生意気な弟子にぴったりでしょう?」
「もっと地味なものはありませんか?」
アーネストは召喚枠に天馬を入れながら尋ねた。
「例えば?」
「馬とか」
「天馬は馬よ?」
「人間が魔物に乗っているのは普通ではありません」
「そうかしら? 持っているわよ?」
「持っているだけで、乗れません。能力がある者でないと」
「ああ、自慢用だものね」
ティアラは黒い一角獣を召喚した。
「とーーーーーーっても地味でしょう? 色的に。これ以下はないわ。私は魔人なのよ? 普通の生き物なんて、召喚枠に入れないわ!」
あくまでも生き物の話。
お気に入りのペンや武器やちょっとしたあれこれは入れている。
魔法収納に持ち物を入れるとどこにいったかわからなくなるため、よく使う物だけでは召喚枠に入れているのをアーネストは知っており、自分も真似していた。
「これでいいです」
アーネストは一角獣で妥協しようと思った。
途中で魔馬を見つけたら捕獲すればいいとも。
「この一角獣ですが、魔法の蹄鉄をつけているのでしょうか?」
魔法の蹄鉄があると、浮遊魔法をかけることで空を走れるようになる。
「当たり前でしょう! ついていないわけがないわ!」
「良かったです」
アーネストは自分の召喚枠に一角獣を入れた。
「可愛い宝飾品を追加しなさい。三つもあげたのだから当然よ!」
「わかりました」
「さっさとレイディンを帰らせて」
ティアラは転移した。
ザーッと風が流れていく。
アーネストは砂漠にいたはずが、ヴィラージュの草原にいた。
すでにティアラの姿はない。
目にもとまらぬ速さで複数回遠距離転移。自分だけでなく同行者も一緒ということを考えれば、極めて優れた実力者であることは間違いなかった。
「意外と早く済んだ気がする」
もっと怒られそうだとアーネストは思っていた。
食べ物のおかげで助かったのかもしれないとも。
「問題はどうやってヴァルールに入るか」
王太子ではなくなったため、王太子の身分者としては入れない。
アーネストは考え込むことになった。




