48 特別な誘い
ミントの店にジスが来た。
「ミントを信用して、頼みたいことがある」
「どんなことでしょうか?」
「ミントは薬師でここは薬屋兼雑貨店だ。でも、繁盛していないようだね?」
ミントは予感した。
「飲食店をしてみるのはどうだろうか?」
やっぱり!
ミントは何度もそのような話を持ち掛けられたことがあった。
儲かるか儲からないかで言えば、飲食店をした方が儲かりそうではあった。
しかし、ミントが出す料理が美味しいのは、さまざまな素材を妥協することなく使えるからでもある。
全く同じ料理でも、質や量を落とせば、満足感が減るのは確か。
それでもいいと思ってくれる人もいるかもしれないが、ミントは薬師になろうと思って頑張ってきた。
料理の方が儲かるからという理由で、飲食店をしたいとは全く思えなかった。
「飲食店はしたくないです。一日が料理だけで終わってしまいます。薬師として何もできなくなりそうですし、ゆったりと毎日を過ごしたい気持ちもあります」
「レシピを提供して、誰かに店を任せるというのはどうかな?」
「そういうお話もいただきました。でも、完全にレシピ通りでも、作る人によってやっぱり違います。だからこそ、料理は奥深いんです」
何かを少々。お好みで。
その少々は料理人にとっての少々。一人一人違う。
お好みでも同じ。食事する側、客に委ねられる場合もある。
焼き加減も、どの程度煮るのかも、全部ピッタリ同じというわけにはいかない。
可能な限り同じというだけ。
そして、ずっと同じものを提供して喜ぶ者もいれば、慣れてしまい、飽きてしまうこともある。
「私は料理が好きです。だから、否定されたくないんです」
味の好みは人それぞれ。もっとこうした方がいい、量が少ない、多いなど、何かと言われやすい。
薬は苦くても不味くても仕方がないというのが普通。気にしない。
だが、料理で美味しくないは普通ではないと言われるのは気になる。
楽しいことが不安なことや嫌なことになってしまいそうでミントは怖かった。
「お金をもらうわけですから、その価値があるべきだとは思うのです。私としては一生懸命だったけれど、他の人は見合わないって思うかもしれません。でも、こちらだって生活があります。原材料費を考えて価格に反映しないとつらいですし、不満足になるようなことがあるとは思うのです。いろいろ考えた結果、薬は仕事、料理は趣味って分けることにしました。だから、飲食店はしません」
「わかった」
ジスは頷いた。
「では、ミントにかなりの特注品を頼むというのはどうだろうか?」
「かなり、ですか?」
「これまでは少ない量を頼んでいた。人気があるかどうかを調べないとだからね。そして、人気があることがわかった。どの程度売れるのかはわからないけれど、店を出して売りたいほどなんだよ」
「お茶や石鹸でしょうか?」
「そうなんだ。まずはお茶の方からと思っている。お茶の店、できればその場で飲めるような店があればと思ってね」
「あー、なるほど。そういう飲食店のことですか?」
「お茶屋というべきだったね。さまざまな料理を作るのも悪くはないけれど、私としてはお茶をメインで扱いたいと思っている」
多くの人々は水を飲む。
水を飲まずには生きられないとも言う。
だが、ただの水だけでは味気なく感じてしまう者もいる。味がついたもの、香りがついたものがいいと感じる者もいる。
そういった者を対象にした商売をジスは考えていることを説明した。
「ミントの作る茶葉は香りがほのかなものがある。そういうのを好む者が結構いてね。でも、自分でお茶をいちいち淹れるのは面倒だから、すでに飲むだけの状態で売ってほしいという者もいる」
「そうでしたか」
「何もしなければ、誰かに真似されてしまう。その前に、ミントが調合したお茶ということアピールした方がいい。かなりの茶葉を作ってもらう必要があるけれど、できるかな?」
「量によります。材料が手に入らないと調合できません」
「レシピを提供するだけでもいい。全く同じに作りたいけれど、他の者が手掛けたことで少し違ってしまう可能性はある。ミントが確認してくれるといいけれど、無理なら無理で任せる手もある。期間限定でもいい。どうかな?」
ミントはジスをじっと見つめた。
「お店ってどこに出すのでしょうか?」
「ミントには遠い。でも、私には魔法があるから近い方ではある」
「別の町ってことですよね?」
「そうだね。ヴィラージュよりも発達している大都市だよ。とても賑やかだけど、疲れている人々もいる。ミントには人々の疲れを癒すような店を出してほしかった。薬師は人々癒せるものを作るのが仕事だ。薬だけでなく、お茶ででもいい。だからこそ、ミントはお茶を調合しているわけだよね?」
「そうですけれど……」
ミントは考え込んだ。
「ミントのために正直に言うけれど、薬屋の商売は見通しが悪い。アーネストの所で働いているのは知っている。でも、アーネストが結婚したら、料理人はいらなくなるかもしれない。結婚相手が料理好きかもしれないからね」
「あっ……」
ミントは全く考えていないことを指摘されたと思った。
「使用人として残れるかもしれないけれど、待遇はそれほど期待できない気がする。ミントは大人しい性格だし、いいようにこき使われるかもしれない」
「アーネスト様は優しい人です。こき使うなんてしません!」
「結婚相手は違うかもしれない。むしろ、ミントを邪魔に思ったり、嫉妬して意地悪をするかもしれない」
ミントは思い出した。
ここは乙女ゲーム世界!
アーネストを巡って王都であれこれあったのは事実。
もしかしたら、ヴィラージュで続きがあるのかも?
アーネストを巡り、ヒロインとセレスティーナ、あるいは別の女性がさまざまな競争や意地悪合戦をする状況をミントは思い浮かべた。
まさか……でも、アーネスト様とセレスティーナ様とレイディン様が揃っているし。
どうなるのかが非常に気になる。しかし、それに巻き込まれ、迷惑だと感じる状況になりたくはない。
逃げれる場所を確保した方がいいかもしれません……。
セレスティーナやレイディンのように何でもできそうな人物ならともかく、ただの一般人。平民の女性。モブではないほどのモブ。弱い、戦闘力ゼロ。薬師としても調理人としてもなんとかというレベル。
ミントはそう自覚しているからこそ、不安になった。
「特別な魔法を使えば、日帰りできる。秘密を守ってくれるなら、どんな場所で店を出してほしいか教えるために連れて行くよ。どうかな?」
ミントの心がゆっさゆっさと揺れまくった。
「お、お金はかかりますか? 私、お金持ちではないので……」
「私から話したことだから、費用は全て私が出す。店を作るとしても、全部私の方で必要品は用意するし、お金も出す」
ミントは茶葉を調合したり、店番をする程度でいい。
儲かるようなら、そのお金で人を雇えばいい。赤字でもジスが全て補填する。
一定期間やってみて、うまくいかないようなら店をたたむ。借金は一切ない。
但し、店をたたんだあと、どうするかについてはミント次第になることをジスは説明した。
「私が雇って店をするということであれば給与を出す。でも、今のミントはアーネストに雇われているからね。雇い主が二人いるのはよくないと思う。どちらかにしないとね?」
「そうですね……」
「日帰りで行くだけ行ってみようか。フォレスト・エルフの町に行くのと大差ない。ただ、かなり多くの種族がいる。ミントが初めて見る種族もいるかもしれないし、驚くかもしれない」
「言葉は通じますか?」
「通じる」
「お金は?」
「さまざまな貨幣がある。両替屋次第だね。取り扱っている両替屋がないと、全く使えない。王国貨幣は使える。でも、発行されたばかりのヴィラージュの領貨は使えない。両替屋がないからね」
「なるほど」
「キティも一緒に行かないかな? 珍しいスパイスを売っている市場もあるし、お菓子も売っている。ちょっとした買い物だ。全部、私が払うよ」
黙って聞いていたキティはぴくりと反応した。
「気になるにゃ。でも、怖いにゃ」
「そうですね。いろいろな種族がいるとなると……」
ジスがいると言っても、非常に親しいと言えるほどではない。
キティもミントも不安だった。
「何人も連れて行くのは無理だ。移動するために魔法を使うからね。キティは子どもだからいいかなと思ったけれど」
ジスが考え込んだ。
「子どもというか体が小さめで強くて安心感のある者がいればいいんだけどね?」
ミントとキティの頭の中に浮かんだのは、
「リオンにゃ」
「リオンですね」
リオンしかいないと二人は思った。
「少年です。キティの兄です」
「猫族なら少年でも強そうだ。四人で行こう。魔力の負担が大きいから、半日は無理かな。時間をかけて、魔力の回復時間を作りたい」
朝食後に出発。昼食は現地。魔力回復をしながら、夕食までに買い物を済ませて帰るプラン。
アーネストはヴィラージュの領主だけに、考え方によっては行く都市のライバル。
それだけに、どこに行くのかは秘密。
店を出したり移住したり、重要なことを決めたら、アーネストに話すということになった。
「じゃあ、明日。リオンにも話をしておいてほしい。どんなものを昼食に食べたいのかも考えておいてほしい。種族が違うと、好みの食事も違うかもしれないからね」
ジスは店を出ていった。
「正直、ものすごく楽しみです!」
ミント的にはさまざまなスパイスが売っている市場が気になった。
「お菓子にゃ」
キティ的にはさまざまなお菓子が売っている店が気になった。
「リオンにも話さないとですし、ちょっと早いですけれど、帰りましょう!」
「わかったにゃ」
アーネストたちが帰って来る前、夕食の支度を早めにしながら、リオンに話すことになった。




