38 美しい花畑
朝食を食べたあと、散歩に出かけるのがセレスティーナの日課になった。
毎日、ヴィラージュ城の屋根の上でジスと待ち合わせ。転移魔法で出かける。
その時間はどれほど長くても午前中、ミントが作る昼食には間に合う。
午後は自由。領都や付近の村や施設を見に行くこともあれば、アーネストやミントの手伝いをすることもある。
居候代は父親が雇った護衛が買って届けるワインでいい。
小遣いも個人財産から出せばいい。
王都では決して味わえない自由で気ままで楽しい日々をセレスティーナは堪能していた。
「今日はどこへ連れて行ってくれますの?」
「行けばわかるよ」
ジスと一緒にセレスティーナは転移した。
「まあ、素敵な風景ですこと」
一面の花畑。
「気に入った?」
「そうですわね」
セレスティーナは氷の公爵令嬢と呼ばれるが、それは氷魔法が得意だから。
悪役令嬢なのも乙女ゲームにおける立ち位置。
普通と言っていいのかどうかはともかく、美人で優秀で金持ちで貴族の令嬢。
隠れ転生者であることも特別な要素ではあるが、花が好きという感覚も、美青年エルフとのお出かけを楽しみたい気持ちも普通にあった。
「でも、どうして空中にいますの?」
花畑の中ではなく、花畑を見下ろす空中にジスは転移した。
「何かありそうですわね」
「何があると思う?」
「魔物がいそうですわ」
ジスはため息をついた。
「セレスティーナは勘が鋭い。驚かそうとしても、逆に驚かされるばかりだ」
ジスの言葉はセレスティーナの予想が正解であることをあらわしていた。
「でも、魔物の姿が見えませんわ。その先についてはジスに教えてもらうしかありませんわね」
「ここにいればいい」
ジスはそう言うと、セレスティーナを浮遊させたまま、地上の方へ降りていく。
すると、
花畑の一部が急激に盛り上がった。
細長いミミズのような魔物があらわれるが、ジスはひらりとかわし、セレスティーナのところへ転移した。
獲物を見失った魔物はひょろひょろと体を揺らした後、そのまま縮むように地中へ戻っていった。
「わかったかな?」
「ミミズがいるのね」
「ワームだ。花畑の下にいて、獲物の気配を感じると出て来る」
感知能力は狭い。高度を保てば、ワームは反応しない。
美しい花畑が広がる光景を堪能できる。
「花畑を歩いていると、ワームを避けにくい」
「穴はすぐに埋まってしまうようですわね?」
ワームが出て来た場所はすでに見分けがつかない。
「上から見ると小さく見えるけれど、一つ一つの花はまあまあ大きい。ワームが開けた穴は花びらの下に隠れてしまう」
「上の方から見るからこそ、安全で綺麗というわけですのね」
「そうだよ」
「からくりを知ってしまうと、ロマンティックな場所とは言い難いかもしれませんわね。地下にはあのワームがたくさんいるのでしょう?」
「セレスティーナが知りたがるからだよ。普通の相手であれば、教えない方が良かっただろうね」
「花畑を見せて終わりということ?」
「その方が無難かな」
「ということは、私以外にも普通の相手、恐らくは女性もここへ連れて来るということですわね?」
「深読みはよくない。興ざめだよ」
「そうかもしれませんわね」
セレスティーナは言い過ぎたと感じた。
ジスの口調が不機嫌さを宿したのを察知したせいで。
「連れて来てくれて嬉しいですわ。こんな光景、初めて見ましたわ」
「ワームがいなければ、人々が安心して楽しめる場所になる。でも、魔物を駆逐するのは難しい。魔物が人々の安心と楽しみを奪い、世界を危険で満たそうとしているという人間の考え方は間違っていない」
「そうですわね。でも、倒せばいいのですわ」
セレスティーナはそう思った。
「弱肉強食は自然の摂理。魔物より強い者が、魔物を倒すのはおかしくありませんわ」
「そうだね。セレスティーナのように優れている者であれば、それができる。だけど、魔物と戦いたいと思うかどうかは別だ。優れている者であってもね」
ジスは遠くの方に視線を向けた。
「魔境は広い。ここにいると花畑がずっと続いているように見えるけれど、それは違う。ここは荒れ果てる前の場所だ。今はまだ花があるけれど、その内なくなってしまうよ」
「ワームのせいで?」
「正解だ」
ワームは地中で花を咲かせている植物の根を食べてしまう。
ワームの数が少なければ、根を張る力の方が上回り、花畑がなくなることはない。
しかし、ワームの数が増えれば、食べてられてしまう根の方が多くなり、花が枯れてしまうことをジスは説明した。
「あのワーム、どの程度の太さと長さですの?」
「全長はもっとある。でも、地表に出て来るのは二、三メートルといったところだ」
今の高度を保てば襲ってはこない。大きな個体もいるが、その場合は大きな穴が開いている。現在の状況を見る限り、花びらで隠れてしまうほどの穴しか開けられないサイズのワームしかいないことが説明された。
「弱い方の魔物ではある。でも、地中に潜んでいるせいで倒しにくい」
「試したいことがありますの。一匹、おびき出してくださる?」
「セレスティーナの魔法で倒せるか、試したいということかな?」
「さすがですわね。いいでしょう?」
「構わないよ」
ジスはもう一度高度を落として花に近寄った。
すると、またもやワームが突如花びらを押しのけるようにして現れた。
ジスが避けると、セレスティーナはワームに向けて得意の氷魔法を放つ。
あっという間にワームは氷漬けになった。
「確かに弱いですわ。もっとたくさんおびき寄せてほしいですわ!」
ジスが場所を変えるとワームがあらわれ、それをまたセレスティーナはが氷漬けにする。
花畑には氷漬けになったワームの柱が次々と増えていった。
「疲れていない?」
セレスティーナが魔力を使い過ぎていないかを確認するため、ジスが戻って来た。
「大丈夫ですわ。これのおかげで」
それは二人が一緒に買い物をしにいった時に手に入れた宝飾品。
雪の結晶が連なったようなデザインのネックレスには、氷魔法を使いやすくするための効果が付与されていた。
「このネックレス、ほしいですわ」
「だろうね」
ジスはクスリと笑うと、花畑の方に視線を移した。
「驚いたよ。美しい花畑を傷つけることなく魔物退治ができるとはね。しかも、氷漬けになったワームの柱でさえ、美しく見えてしまう。セレスティーナはすごい」
「すごいのはジスですわ。おびき寄せる位置をしっかりと考えているなんて」
ジスは円を描くようにワームをおびき寄せていた。
そのせいで、花畑には円を描く氷の柱が出来上がっていた。
「二人で作り上げた光景だ」
「とてもセンスがいいですわ。柱が魔物という部分も珍しくて、価値がありますわね」
「ハートマークの方がよかった? 女性が好きなデザインだ」
セレスティーナはドキドキしながら、平静を装った。
「普通の女性は喜ぶと思いますわ」
「普通の女性は魔物と聞いただけで嫌がりそうだけどね」
「私は特別な女性ですのよ。氷魔法の使い手としてもね」
「確かにそうだね」
ジスは頷いた。
「思い出になるよ。もう会えなくなってしまうからね」
突然の言葉に、セレスティーナは驚愕した。
「なんですって?」
「セレスティーナと過ごす時間は楽しい。でも、さすがにこれ以上はね。遊んでばかりはいられない」
「……お仕事ですの?」
「察しがいいね」
ジスは手を伸ばすと、セレスティーナがつけたネックレスを外した。
「これを届けないと」
「他の女性への贈り物でしたの?」
セレスティーナは思わずジスを睨んだ。
「いや。氷魔法を使いやすくするアクセサリーがほしいと言われてね。気に入るかどうかはわからないけれど、こういったものでいいのかどうかを見せにいく。見本品になるか交渉品になるかは相手次第かな。男性だから、厳しく判定されるとは思う」
「私が買い取りますわ。いくらですの?」
「お金でほしいものを手に入れようとするのは、とても人間らしい。でも、これはお金をいくら積んでも手に入らない。私がほしいのは本当に価値があるものだからね」
ジスはネックレスを魔法収納にしまった。
「お金にも価値がありますわ」
「それは代替品として認めた者だけの価値だ。代替品としての価値を認めない者にとっては無価値だよ」
「ジスにとって本当に価値があるものはなんですの?」
「相手次第だ。どんなものと交換すると言い出すのかも、楽しみの一つだからね」
セレスティーナは理解した。
ジスは特別な商売をしている。
それはお金を稼ぐことではない。特別なものを交換する取引。
交渉が成立すれば手に入る。うまくいかなければ手に入らない。
幽霊族の町で、呪われた宝飾品を他の宝飾品との交換によって手に入れたのと同じ。
そうやって、ジスは世界中から特別なものを集めている。
「気になりますわ。私も連れていってくださらない?」
「それはできない。危険な場所もあるからね。魔物を倒して素材を手に入れる必要もある」
「交渉しに行くという話でしたわよね?」
「それはすることの一つだ。私は行商人をしていてね。さまざまなものを集め、それを交換したり売ったりしている。素材も取りに行かないといけない。交換するものがなければ、交換できないからね」
「でしたら、私も行きますわ」
セレスティーナは考えついた。
「風魔法を使うジスは氷魔法が苦手か使えないのではなくて? 私が一緒に行けば、氷魔法が弱点の魔物を倒しやすいはずですわ」
「セレスティーナは賢いだけでなく勇敢だね」
ジスは微笑んだ。
「確かにワームを氷漬けにしたことを考えれば、一考に値する。でも、氷魔法だけではね。魔境の奥には凶悪な魔物が多くいる。人間は弱い。あっという間に命を失ってしまうよ。セレスティーナを危険な目に合わせたくない。ヴィラージュでウサギと遊んでいればいい」
「ウサギと遊んでいればいいですって?」
見くびられているとセレスティーナは感じた。
ここは乙女ゲームの世界。悪役令嬢はチート持ち。
最高の氷魔法の使い手であることを自負しているだけに、ジスの言葉は到底受け入れられなかった。
「私の実力を知らないからですわ。ウサギもワームも目じゃありませんことよ! 飛竜だって氷漬けにしてやりますわ!」
セレスティーナの全身から魔力が溢れた。
「寒くなった」
ジスは周囲に漂う冷気を感じた。
「怒らせてしまったようだ。セレスティーナの安全を考えて言っただけだよ」
「わかっていますわ。でも、私を過小評価するのは許しませんことよ!」
「だったら証明してもらおうかな。セレスティーナの実力をね」
ジスはセレスティーナを真っすぐに見つめた。
「私と一緒に魔物を倒しに行こう。そうすれば一緒に過ごせる。セレスティーナの実力も証明できて、一石二鳥だよ」
「一石三鳥ですわ」
セレスティーナは答えた。
「ジスのほしい素材も手に入りますわ」
「セレスティーナは私を喜ばせるのが上手だね」
ジスは手をセレスティーナに伸ばした。
「魅力的な女性で困ってしまう。だけど、そろそろ帰ろう。午後は別の予定がある」
どんな予定ですの?
セレスティーナはそう尋ねようとしたが、転移魔法によってその言葉はかき消されてしまう。
花畑に遺された氷の柱が次々と砕け散り、美しい花々が風に揺らめいていた。




