37 エアリスとジス
森林火災があったことで、フォレスト・エルフには変化が訪れた。
また同じような災害があれば、逃げることはできても家や所有品を失いかねない。
収納魔法を使える者は多いが、スキルにも収納量にも個人差がある。
本当に必要なものだけを残し、不必要なものは処分しようと思うエルフが増えた。
エアリスもその一人。
ずっとアーネストの家にいたせいで、フォレスト・エルフの町にある自分の家はほとんど放置状態だった。
錬金術に没頭する日々を送っていた頃から、家はさまざまなものが溢れかえっている。
これ以上酷くなる前に整理整頓して、不必要なものは処分しようと思っていた。
「ダメだ。減らない……」
錬金術に使える素材は多い。
いつでも手に入るようなものも多いが、それは森があるからこそ。
森が焼けてしまえば手に入らない。そう思うと処分できない。
他のものも、あれに使えるこれに使えると思うと、処分する気になれなかった。
「リオンに手伝いを頼めば……いや、ダメだ。全部捨てられる!」
リオンは冷静で有能だからこその厳しい判断基準を持っている。
共用部分の掃除を猛スピードで終わらせるため、床の上にある家具以外のものはごみ判定、容赦なく捨てる。
床の上にさまざまものが山になっているエアリスの家に来れば、整理整頓をする必要はない、全てごみだと言われるに決まっているとエアリスは思った。
「ミントは同類だからな」
ミントは知識欲と研究熱が旺盛なせいで物持ち。
アーネストの家に住みつつも、自分の家を別に持っているのは、単に薬師の仕事をしているからでも店にしているからでもない。
とにかく多くのものがあって、片付けられないからだった。
「依頼を受けている場合じゃない」
「それは困る」
突然の声。
姿をあらわしたのはジスだった。
「わざと言ったね?」
「世界には多くの錬金術師がいる。森の中でくすぶっている錬金術師のレベルは低い」
「私が知る限り、エアリスの腕はいい方だよ。信用は最も高い」
ジスはそう言いながら、さまざまなものが積み重なっている山を見た。
「信用は大事だ。成功しても失敗したと嘘をつき、もう一度素材を要求する錬金術師もいるからね」
「そういう錬金術師はごみだ」
「私もそう思うよ。クズの中のクズだ」
ジスは雑然とした山に手を伸ばした。
「触るな。自分でやる」
「無理だよ。普通はこれほどの山にはならない。子どもの時からエアリスはずっと同じだ。片付けができない。捨てられない。厄介者でしかない私のことも追い出さない。いずれ去るとわかっている者を、わざわざ追い出す意味はないからね?」
エアリスは黙っていた。
「頼みたいことが三つある」
「多い」
「どうしてもエアリスに頼みたい。でなければ、ここに来るわけがない」
エアリスはジスを見ないまま、片付けのために手を動かす。
「失敗でも対価を支払う」
「それどころではない。何をしているところかよく見ろ」
「エアリスが整理整頓をするなんて天変地異の前触れかもしれないね」
ジスはクスリと笑った。
「森林火災のせいだろうけれど」
「すでに情報収集済みか」
「こっそり商店街を見てきた。売り物がとても多い。魔法収納が少ない者は、持ち物を見直さないといけない。燃えてしまったら何の価値もない。ただの灰だ。エアリスなら灰も素材だと言いそうだけどね」
「灰はある。補充する必要はない」
「取引しよう」
ジスは言った。
「整理整頓と掃除が得意な小人を貸し出す。この部屋を綺麗にする代わりに、依頼を受けてほしい」
「新しい方法を考えてきたか」
「とても優秀な小人だ。願いを叶えると、恩返しをしたいと言われてね」
「どこまで本当か怪しい」
「証明できる。少なくとも、整理整頓と掃除が得意な小人だということはね」
ジスは召喚魔法を使った。
魔法陣の中に現れたのはとても小さな小人の女性。
全長は指ほどしかない。
「ポロンだ」
「お片付けですね?」
雑多な物の山を見たポロンは瞳をキラキラと輝かせた。
「ポロンの片付ける能力を疑っている。証明して」
「わかりましたわ!」
ポロンは腕をまくると、小さな体でテキパキと動き始めた。
「意外と力持ちだ」
ポロンは背丈以上にある本を軽々と持ち上げていた。
「人生は好きなことに使った方がいい。ポロンは片付け、エアリスは錬金術だ」
ジスは魔法で収納したものの中から、三つの箱を取り出した。
「このままポロンに片付けさせたいはずだよ」
「勝手に素材を捨てられては困る」
「ポロン、整理整頓だけだ。ごみのようなものであっても捨てないで」
「わかりましたわ!」
ポロンは元気よく答えた。
「適当なものをごみ箱代わりにしますわ。塵や埃も取っておきます!」
「さすがにそれはいらない」
「塵や埃は捨てていいよ。灰もいらない」
「わかりましたわ!」
エアリスはため息をつくと、ジスから箱を受け取った。
「素材を確認する」
「良かった」
ジスは嬉しそうに微笑んだ。
「実を言うと、エアリスのためにポロンを助けたようなものでね。絶対に役立つと思った」
「抜け目がなさすぎる」
「もしかすると、素材の質が悪いかもしれない。その場合はもう一度揃える」
「素材を見る目を養えと言っただろう?」
「素材集めをする方がいい。整理整頓と掃除も、ポロンがいる限りはしなくていい」
「なぜ止まる? 理由はわかるのか?」
エアリスはポロンが時々止まるのが気になって仕方がなかった。
「隷属の契約を破った呪いだよ。仕方がない」
「助けたとは言えない」
「願いを叶えたとも言ったよ。ポロンは誰かのいいなりになって長く生きるよりも、自分のしたいことをして、短くても喜びに満ちた生涯を終えたいらしい」
「呪いで命を削られたとしても、どうせ短命種だと思ったんだろう?」
「否定はしない。でも、隷属者にとって束の間の自由は何よりも価値がある」
「呪いを薄める薬を作ってやる。材料を探せ。もしかすると、呪いを消せるかもしれない」
「そう言うと思った」
ジスはにっこりと微笑んだ。
「箱の一つには呪いを薄める薬の材料が入っている」
「用意周到だな」
「別の部屋も片付けてほしいなら、錬金術の約束をしないとだよ。エアリスとは古い付き合いだから、百万回と言いたいところを百回にしてあげるよ」
「断る」
「いいのかな? エアリスならすぐに百回になりそうだけれど」
「先に呪いを薄める薬を作る」
「エアリスは優しいね。他の錬金術師であれば、最後にするはずだ」
「片付けの途中で死なれては困る。失敗する可能性もある」
エアリスは早速仕事に取り掛かった。
「……失敗した」
「成功だよ?」
「普通のだ。呪いを薄めることしかできない」
「それでも平気だよ」
「材料の予備が箱にないが?」
「これは普通に作ってくれればいい。失敗するわけがないと思って、予備は用意していなかった」
ジスは薬を受け取ると、ポロンに飲ませた。
「薬とは思えない美味しさですわ!」
「エアリスは優秀な錬金術師だ。不味くて残すようだと、その分の効果が減ることまで考えている」
「さすが、ジス様が依頼されるほどの方ですわね!」
「少しは楽になった?」
「そうですわね。頑張りますわ!」
ポロンは整理整頓を再開した。
「片付けるついでに素材を探せ。もう一回作る。最高級品は難しいが、上級品なら作れるかもしれない」
「ポロン、どうする? エアリスの家はかなりの散らかりようだ。断ってもいいよ」
「片付けがいがありますわ! やらせてください!」
「じゃあ、薬の素材が見つかったら箱にいれておいて。宝物探しと同じだ」
「わかりましたわ! エアリス様は命の恩人ですわね!」
「それは違うよ」
ジスは断固たる口調で言った。
「ここに連れてきたのも、エアリスに薬を作る気にさせたのも私だからね」
「それもそうですわね。命の恩人はジス様ですわ!」
「間違えないようにね」
「はい! 一生、ジス様のために働きますわ!」
「それは好きにすればいい。でも、私のために働くのであれば、悪いようにはしない。できるだけ守ってあげるつもりではいるよ。そのために薬を作ってもらったわけだからね」
「頑張って働きますわ! ずっとずっと、ジス様に守っていただきたいので!」
結局、自分にとって都合のよい結果にする。
ジスらしいとエアリスは思った。
お読みいただきありがとうございました。
明日は多めに更新します。




