32 力がある者
セレスティーナは銀髪で紫の瞳を持つ美青年に会ったことを夕食の時に話した。
すると、
「たぶんだが、知り合いだ。近づかない方がいい」
セレスティーナはジスの名前を言わなかったが、エアリスには誰のことがわかったらしかった。
「どうしてですの?」
「複雑な事情がある」
「教えてくださらないと困りますわ。軽薄だとか、不埒だとか、それによって対応が違いますわ」
「近づかなければ関係ない」
エアリスはそう言ったが、レイディンも気になった。
「よからぬ人物が領都にいるのは、兄上にとっても領民にとっても困ります。問題を起こしそうな人物であれば、しっかりと教えてくれないと」
「名前だけでも教えてくれないだろうか?」
アーネストも詳しく詮索するのはどうかと思ったが、名前だけは知っておきたいと感じた。
「セレスティーナが名前を聞いていれば、同一人物かどうかわかった」
「ジスですわ」
セレスティーナは答えた。
「会ったことは言わない方がいいと言われましたのよ。強すぎるせいで嫉妬されているとも言っていましたわ」
「間違いない」
エアリスは答えた。
「どうするかは任意の選択だ。だが、フォレスト・エルフにはジスのことを言わないでほしい。面倒を避けるためだ」
「わかった」
アーネストはそれで終わりにしようと思ったが、セレスティーナもレイディンも不満だった。
「もしかして、犯罪行為をする者では?」
「そんな風には見えませんでしたわ。優しそうな者でしたわよ。違いますの?」
エアリスは困り顔になった。
「領都にいるとは思わなかった」
「いつもはどこにいますの?」
「エアリスの知り合いならエルフの町だよね?」
「森とか?」
レイディンとリオンがそう言ったが、エアリスは黙っていた。
「私が町にいた時には会っていない。名前も聞いたことがない。エルフには複数の部族がある。エアリスが言いたがらないのは、別のエルフだからではないか?」
アーネストが知っているフォレスト・エルフは緑の瞳ばかりだった。
エアリスはため息をつくと、仕方がないとばかりに口を開いた。
「……ジスはフォレスト・エルフと魔人のハーフだ」
一瞬にして部屋の空気が変化した。
「魔人、ですか?」
ずっと黙っていたミントは動揺を隠せなかった。
「旅の途中で会った人から、魔人は悪い種族だって聞いたことがあります。それって本当でなのでしょうか?」
「悪い種族?」
アーネストは首を傾げた。
「種族が悪いわけでなく、魔人の中に悪いことをする者がいるだけだろう? 人間の中にも悪いことをする者がいるのと同じだと思う」
「なるほど! エアリスも何か知っているなら教えてほしいです」
「魔人は魔境の奥地に住んでいるらしい。詳しくは知らないが、フォレスト・エルフが知っている魔人とはうまくいかなかった」
フォレスト・エルフの町へ来た魔人がいた。
フォレスト・エルフの女性を妻にして、フォレスト・エルフの町に住んでいた。
最初は大人しくしていたが、だんだんと問題を起こすようになった。
話し合いを何度もしたが、フォレスト・エルフが決めたルールに従わないということで、ついには追放処分になった。
だが、追放処分になったのは魔人のみ。妻と子どもは町に残れる。
妻のエルフは夫の魔人を心から愛していたため、一緒についていくことにした。
しかし、子どもは町で学ぶべきことがあると父親に言われ、母方の親族に預けられた。
子どもはハーフ。エルフだが、魔人でもある。
それがジスだった。
同世代のエルフよりも格段に魔力が多く、才能もある。
将来を心配するエルフが多かった。
父親を追放したこと、両親に置いていかれる原因を作った人々を恨んでいる。
フォレスト・エルフのルールに従わないかもしれない。
そう思ったエルフたちはジスに近づかなくなった。
やがて、親族が病死した。
ジスは一人になったが、生きていくだけの力がある。
魔法と生きていく術だけは、魔人の父親がしっかりと教え込んでいた。
元々、魔人は群れない。自分一人の力で生きていく種族。
ジスはフォレスト・エルフから距離を置き、広い世界に旅立った。
しかし、不在が長いだけで、完全に出ていったわけではない。
時々ふらりと戻って来ては、自分の家や持ち物がなくなっていないかを確認する。
そして、また出ていくの繰り返し。
他の種族が住む場所へ行き、見聞を広めているようだとエアリスは説明した。
「草原の様子が変わったために見にきただけだろう。少しの間はいるかもしれないが、またどこかに行ってしまう。去るとわかっている者を気にかける必要はない」
エアリスの言葉にはなるほどと思える部分があった。
だがしかし、それぞれの考え方や反応には差があった。
「なんか……可哀想です」
ミントはぽつりと呟いた。
「家族もいなくて、他のエルフとも距離を置かれて」
「私もそう思いましたわ。父親に問題があったとしても、子どもは関係ありませんわ!」
「そうだね」
レイディンも同意した。
「別の種族の血が入っていても、半分はエルフだ。エルフがしっかりと受け入れていれば、力のあるエルフとして心強い存在になっていた気がする」
レイディン自身、人間と魔人のハーフであることを隠している。
エルフと魔人のハーフが不当な扱いを受けていたのではないかと感じ、心穏やかではなかった。
「エルフは個人主義の者が多い。ほとんどの者が一人で行動している。用事がなければ近づかないのも普通のことだ。それに細かい説明は省いたが、ジスも結構やらかしている」
「どんなことですの?」
「フォレスト・エルフをよく思っていなかった。何かあるとすぐに魔法を使った。仕返しもしていた」
ジスは子どもだというのに、子どもとは思えないほど賢く強かった。
そのせいで、多くの者が困った。
やはり魔人の父親と同じ、魔法を多用する、ルールを破る、平穏を乱すと思われてしまい、信用されなくなってしまったことをエアリスは話した。
「エアリスもジスを無視したり、悪口を言ったりしていましたの?」
「……錬金術に没頭していた」
当時のエアリスは錬金術に夢中になっていた。
「ジスは魔法の実力はあったが、錬金術は苦手だった。自分で装備を作れない」
町に残されたのは錬金術を学ぶためだと言われていたが、ジスは全然できなかった。
才能がなかったとも言えなくはないが、そもそも自分でやる気がなかった。
「美しい衣装や宝飾品をつけていましたけれど、他の種族が住む場所で購入したのかしら?」
「どんな感じだった?」
セレスターナはジスの装備について話した。
「標準仕様だ」
「標準? ヴィラージュにいる者とは思えないほど、お洒落でしたわよ?」
「他の場所で手に入れた美しく珍しい品を自慢しているという意味においての標準仕様だ」
「なるほど」
レイディンは非常に納得できた。
美しく珍しい衣装や宝飾品にこだわり自慢する母親がいるおかげで。
「エアリスの話を聞くと、やはり複雑な事情がありそうだ。セレスティーナにも、自分と会ったことは言わない方がいいと言ったのだろう? だったら、そっとしておいた方がいいのかもしれない」
それがアーネストの意見。
「それがいい。余計なことをすれば、問題が起きるに決まっている」
「強い力で破壊行為をされたら困りますね」
「優しそうだったわよ?」
「力がある者を甘く見るな」
そう言ったのはエアリス。
「常に穏やかでいられるような人物は滅諦にいない。感情が揺れれば魔力も揺れる。力の行使につながるかもしれない。取り返しのつかないことになったら困るだろう?」
「わかります。僕も人間にしては魔力が豊富です。イライラすると魔力が溢れます」
「そのせいで王宮が暑くなってしまうのですわ」
「セレスティーナも同じだよね? 周囲が寒くなる」
「否定はしませんわ。でも、常に穏やかな人物もいますわよ。ここに」
「いるね」
全員の視線がアーネストに向いた。
「そろそろ食事を進めよう。デザートにアイスクリームを食べないか? みんなで一緒に食べると、美味しいものがより美味しくなる」
アーネストが穏やかに微笑んだ。




