31 屋根の上の出会い
セレスティーナはヴィラージュ城の屋根に座り、遠くを見つめていた。
何度目かわからないため息をつく。
「つまらないですわ」
悪役令嬢として転生した女性はもれなくやり直し人生ともいうべき話の中で大活躍。
楽しく面白い毎日を送っているようだった。
セレスティーナも悪役令嬢。そうなるはずだと思ったが、うまくいかなかった。
ようやく念願かなって魔境に来たというのに、強い魔物はいない。
町の外に行くと弱い魔物に会うのはゲームの定番設定だが、ヴィラージュでは人為的な放牧設定も追加されている。
わざと繁殖させている魔物に遭遇しても嬉しくない。勝手に倒すこともできない。
「強い魔物を倒しに森へ行きたいのに」
反対されている。
無理して森へ行っても、日帰りできるような場所に強い魔物はいない。
魔境と呼ばれるような地域は広大。人間はその端っこ、ほんのちょっぴりのエリアでしか活動できない。
加速魔法、浮遊魔法、飛空魔法、転移魔法といった移動系の魔法を使うことができれば行動範囲が増えるが、それらは風魔法。
セレスティーナには使えなかった。
「悪役令嬢はチートのはずなのに」
氷魔法はすごい。だが、移動の便利さを考えると、風魔法の方が良かったかもしれないとセレスティーナは思った。
「まあ、氷魔法だからこその良さもありますけれど」
前世の知識を活かし、子どもの頃から優秀だった。
アーネストとレイヴィンを活用してシャーベットとアイスクリームを開発、激甘両親におねだりして事業化を大成功させた。
その経験はセレスティーナに強い自信を与え、この先も大丈夫だという希望も与えた。
かなり良い人生を歩いてきたという自覚はある。
ヒロインが出現するまで、セレスティーナのライバルになるような女性は皆無だった。
アーネストとくっつくか、レイディンとくっつくかを予想する人々が騒いでいたため、両親が友人の国王と話し合い、アーネストが婚約者になった。
兄が大好きなレイディンはセレスティーナとアーネストが仲良くすることをよく思わず、何かと邪険な態度を取っていた。
年下であることを考えても、アーネストが婚約者になるのは当然のなりゆきだった。
ゲームのシナリオとしてもそうなる。
そして、ヒロインが登場。名前はイザベラだった。
悪役令嬢モードから見たヒロインは自分勝手で我儘で強欲な女性だったが、セレスティーナはイザベラと友人になることも考えていた。
友情エンド狙い。
しかし、アーネスト狙いのイザベラはセレスティーナを拒否、ライバル認定した。
アーネストに想いを寄せているのであれば、婚約者のセレスティーナに対してよく思わないのは当然のこと。
友情エンドをするには、セレスティーナがヒロインに貴族の礼儀作法などを教え、王太子妃にふさわしい淑女になれるよう教育する必要がある。
成功すれば親友になれ、セレスティーナが親友のために身を引く形で婚約解消も選択できるようになる。
失敗すると、口うるさい女、身分や正論を振りかざす高慢令嬢などと悪く思われてしまう。
ゲーム設定はよくできているとセレスティーナは思った。
とはいえ、ゲームのシナリオ通りに自分が断罪されてしまうと、両親に迷惑がかかるのもわかっている。
処罰は自分だけになるように工夫したつもりだったが、セレスティーナの思った通りにはならなかった。
「ずっといい子ちゃんでしたものね」
淑女の中の淑女。完璧な公爵令嬢。
婚約者にちょっかいをかけている元平民の男爵家養女に冷たくするのは当然。セレスティーナの主張も正論だというのが周囲の認識。
厳しく断罪されるわけがなかった。
アーネストの気持ちがヒロインに向いて婚約破棄になっても、処刑エンドはなし。国外追放もなし。正論を押し付ける方法で相手を追い詰めるのはよくないと注意されて終わり。
簡単に破滅回避。難しくもなんともない。
「ベリーイージーモードですわ」
ゲームのシナリオが詳しく設定されているのは学校時代の一部だけ。
その前後は曖昧、想像するしかない。
「あっ!」
セレスティーナは突然気づいた。
「攻略対象者、アーネストとレイディン以外何もしていない……ですわ」
二人は幼馴染。
父親が国王の親友で宰相をしているだけに、セレスティーナは王宮へしょっちゅう遊びに来ていた。
アーネストやレイディンは兄弟に近い存在で、特別な想い人として見ることができなかった。
学校に入れば、同じような年齢の男子は多くいる。その中に攻略対象者が何人もいるはずだったが、セレスティーナの記憶にない。
いや、いるのだが、相手にしてなかった。
すでに学校を卒業してしまっただけに、両想いになるハッピーエンドもない。
「終わっていますわね……完全に」
魔境に来て氷魔法無双する夢も同じく。
森林火災の時には活躍できたが、それっきり。
活躍したい気持ちはあるが、多くの人々が命を失いかねない災害は困る。
魔物を倒しに奥地へ行くこともできない。
「これから先、どうすればいいのかわかりませんわ」
セレスティーナはひざを抱え込んでうつむいた。
「どうしたのかな?」
優しい声が聞こえた。
顔を揚げると、優しそうな風貌の美青年がふわふわと空中に浮かんでいた。
銀髪で紫の瞳を持つ美青年。尖った耳。お洒落なピアス、繊細な刺繍があしらわれた衣装。
エルフだとセレスティーナは思った。
「誰ですの?」
「私はジス」
ジスは屋根の上に音を立てずに降りると、セレスティーナの隣に来て座った。
「悲しそうだね。つらいことがあったのかな?」
「つまらないからですわ」
「衣装を見ると王都から来た人間だね? 魔境は珍しいはずなのに、つまらない?」
「そうよ」
「どうして?」
「役立たずだからですわ」
ジスは不思議そうに首を傾げた。
「君は魔力が多い。その力でさまざまなことをできるはずだ」
「全然ですわ」
セレスティーナの本音だった。
「私は魔法が得意ですの。でも、人々を苦しめる強い魔物を倒すこともなければ、数えきれないほどの魔物から領都を守る必要もありませんの。活躍できませんわ」
「君にはとても高い志があるようだね」
ジスは微笑んだ。
「名前を教えてくれないかな?」
「セレスティーナですわ」
「女神のような美しい名前だ」
「月の女神に由来する名前ですもの」
「セレスティーナは人間だけど魅力的だ。なぜかわからないけれど、惹かれてしまう気がする」
もしかして、私、口説かれている?
そう思った瞬間、セレスティーナの胸は急激にドキドキし始めた。
優しいエルフの美青年。
エルフは高慢な種族だと言われているというのに一人でしょんぼりしていたセレスティーナを気にして声をかけてくれた。
銀髪に紫の瞳の組み合わせもレア。
セレスティーナが使いたくても使えない風魔法を使える相手でもある。
……結構、いいかも。
セレスティーナはそう感じた。
「でも、いきなりこんなことを言ってしまったら、嫌われてしまいそうだ」
「そんなことないですわ!」
セレスティーナは全力で否定した。
「こんなところで声をかけられるなんて、驚きましたけれど」
城は出会いの場として定番かもしれないが、屋根の上と言うのは普通ではない。
「エルフは高い所が好きだ。視線も高い所に行く。それでセレスティーナを見つけた」
「そうですのね」
「幸運だった。セレスティーナに会えて」
ジスはにっこり微笑んだ。
ボボボボボッッッ!!!
セレスティーナは顔に火がついたような気がした。
落ち着かないと! 軽薄なエルフかもしれませんわ!
そう自分に言い聞かせようとしても、セレスティーナのドキドキは強まるばかり。
しかし、
「もう行くよ。私と会ったことは言わない方がいい。歓迎されない存在だからね」
ジスが立ち上がった。
「歓迎されない? どうしてですの?」
優しそうなのに。
セレスティーナはそう思った。
「嫉妬されている。私が強すぎるせいでね」
ジスは寂しそうな表情になった。
それがまた美しい。
セレスティーナはせつなさを感じた。
「またいつか会えたら嬉しい。失礼するよ」
ジスはそう言うと、驚くべき跳躍力であっという間に移動して飛び降り、姿が見えなくなった。
「さすがエルフですわ。人間が落ちたら命にかかわる高さなのに……」
しかも、優雅だった。
エルフの身体能力は人間よりもはるかに優れている。だが、その動作が優雅かどうかは違う。
セレスティーナはジスを特別なエルフだと感じた。
「気になってしまいますわ」
セレスティーナも立ち上がる。
選択肢は複数。
セレスティーナが選んだのは、家に帰ってエアリスに話を聞くことだった。




