03 普通じゃない
新しく着任した領主に領都を守っている人々は驚いた。
国王が決めた婚約を破棄して元平民の女性と婚約しようとした結果、王太子の身分を失い、魔境の領主になった。
書類仕事は嫌い。魔法剣が得意。魔法も使える。
情報は多くあるが、どれが本当なのかはわからない。
本人が来ればわかるだけに気にしても仕方がないと思っていた。
だが、完全に情報にはなかったことがあった。
「子連れとか」
「しかも、獣人」
「ヴィラージュに来て早々拾ったとか」
「襲撃者を自分の子どもにするとか」
「何だよそれ」
誰もがつっこみたくなる部分だが、アーネストはにっこり微笑んだ。
「わからないことばかりだが、ヴィラージュを魔物の脅威から守らなければならないことはわかっている。共に力を合わせて頑張ろう」
アーネストはキティを見つめた。
「キティも頑張るように。私の子どもなら当然の務めだ」
「つとめにゃ?」
「ご飯を食べるためだ。それは生きるためでもある」
「わかったにゃ」
「大丈夫だ。私がいる」
アーネストに頭を撫でられたキティは嬉しそうな表情になった。
「明日は早速森へ行こうと思う。その前に領都の状況を知っておきたい」
だが、誰も何も言わない。
敵のような存在とも言えるキティに知られてしまうと思うと、話せるわけがないと一人が答えた。
「ああ、そうか。私としたことが、気づいていなかった。キティに話しても問題ないと思うが、少しだけ眠ってもらおう」
アーネストはキティに魔法をかけて眠らせた。
「これでいいか?」
「では、ご説明します」
現在、ヴィラージュ領内に残るのは領都のみ。
それ以外の都市、町、村は全て魔物の脅威によって撤退したか滅んだかのどちらか。
但し、エルフや獣人といった別種族の町、村は含まれていない。
あくまでも人間による人間が作った人間のルールが通用する場所についてのみとも言う。
人間にとって魔物は極めて凶悪な存在だけに、害悪そのものでもある。
しかし、人間以上の魔力や身体能力を持つエルフや獣人にとって魔物はそれほど脅威ではなく、自然界に存在する通常生物という認識。
必要なら狩る。邪魔なら倒す。そうでない場合は気にしない。
その考え方は人間の考え方と異なるため、協力し合うことは不可能。
むしろ、ひ弱な人間がヴィラージュを自らの領地としたことに不満を持ち、出て行けと思っている。
とはいえ、ヴィラージュは元から魔物が生息する魔境だったわけではなく、人間が農耕や牧畜をしながら暮らしていた場所だった。
しかし、魔境と呼ばれる地域が広がり出し、ヴィラージュの多くを飲み込んだ。
エルフや獣人たちはヴィラージュが魔境と化してきたせいで、他の場所から移住して来た。
弱い魔物がいる場所の方が楽に狩りができ、生活しやすいという理由があった。
ヴィラージュが完全に魔境に飲み込まれ、より強い魔物が生息する場所になってしまえば、エルフや獣人たちは別の場所に移住するだけの話。
自分たちの住処を失わないよう必死で抗っているのは人間だけだった。
「獣人たちの中には人間をよく思わず、嫌がらせのようなことをしてくることもあります」
「具体的にはどんなことだろうか?」
「襲撃者を送ってきます」
人間の全滅を望んでいるわけではない。
自分たちと獲物が競合するため、弱き者は去れというだけ。
一番アピール効果があるのはリーダー、つまりは領主を狙って来る。
子どもだと捕まっても厳しく注意され、食事を与えられ、二度とするなという伝言を持ち帰らせるだけ。
食事目当てに何度も子どもを送り込んでくるため、長らく領主は不在だった。
「その子どもは領主を襲撃したのでは?」
「そうだ。でも、失敗したため、私の子どもにした」
わかるようでわからない。
人々は困惑したが、獣人の子どもに襲撃されても大丈夫な能力はあるようだと思った。
「取りあえず、草原と森をなんとかしようと思う。魔物が住みやすい場所をなくさなければ、魔物は減らない」
その通りだった。
「だが、エルフや獣人の住む場所があると邪魔される。そこで、エルフや獣人がいない場所から始めよう」
理にかなっていた。
だが、問題がある。
「エルフや獣人がいない場所がわかりません」
特定できていない。
「大丈夫だ。キティに聞く。全てではないだろうが、自分が来た場所はわかるだろう」
獣人の子どもを味方にできるのは有用ということか!
さすが領主だと、誰もが認識を改めた。
「食料の確保も重要だと思っている。明日、領都の外を視察する。一人だけ同行してくれないだろうか? 見つけた魔物や植物が食べられるかどうかを知りたい。調理もできる者だと非常に嬉しい」
魔境ではなく食料の案内人を欲しがるとか。
普通じゃない。
この領主、大丈夫なのか?
自分が魔物や植物に食べられてしまわないかを考えるべきだと思うが。
生きて戻れるか怪しい。
人々はそう思った。
ザーーーーーーーーーーー!
ブワーーーーーーーーーー!
ボオーーーーーーーーーー!
広大な草原に魔法の風が吹き、次々と刈り取られた草が燃え上がって炭化する。
その様子をアーネストに同行した食料担当者の女性――ミントは呆然と見つめていた。
「さすがに全ては無理だが、道はできた」
アーネストは領都から森へと続く草原に道らしきものを作った。
「すぐに元通りになってしまうだろうか?」
「そうですね……でも、道にした部分をしっかり焼けば、草が生えにくいと思います。一カ月もすれば元通りかもしれませんが」
「一年ぐらいはもたせたいところだが、何か良い方法はないだろうか?」
アーネストが尋ねたのはキティだった。
「魔物にゃ。草を食べるにゃ」
「名案だ」
アーネストはキティの頭を優しく撫でた。
「草食の魔物で捕まえやすいのはなんだろうか?」
「ウサギです」
ミントが答えた。
「魔物ですが、食べることができます。羊、ヤギ,鹿、馬なんかも草食動物です。魔物でも食べられます。毒さえなければ」
「魔法で解毒できるのだろうか?」
「できます。でも、猛毒はやめた方がいいです。魔法のスキル次第では完全に解毒できないので」
「そうだな」
取りあえずは見つけた動物次第ということになった。