29 すごい客
ミントは自分の家に来ていた。
「ここに来ると、現実を感じます……」
どの部屋も物、物、物だらけ。
ミントはアーネストの家に住み込みをしているが、自分の家を完全になくせない事情がある。
それは薬師としての作業場と店が必要だからでもあるが、かなりの物持ちだからでもあった。
「結構アーネスト様の家に持っていっているのに、全然減った感じがしません!」
「本にゃ」
キティが倉庫部屋の中にある本を見つけた。
「見たいにゃ」
「いいですけれど、読めませんよね?」
「ペラペラにゃ」
「ペラペラ? ああ、めくって遊ぶわけですね!」
キティが本をペラペラとめくっている間に、ミントは倉庫部屋にある本を集めた。
「結構ありますね……」
しかも、ほとんど読んでいない。
ヴィラージュに来てからは何かと忙しかったせいで、ゆっくり本を読む暇がなかった。
「いっぱいにゃ」
キティは積み重なった本の山を見上げた。
「おうち、作れるにゃ」
「キティだったらそうですね。積み木代わりになりそうです」
「ミント、お勉強いっぱいにゃ」
「あ、ここにあるのは読んでいないです。とても安かったので手に入れたり、他のものを買った時におまけでついてきたようなものばかりです」
ヴィラージュを出ていく人々は余計な荷物を破格の値段で処分していた。
ただでさえ辺境のせいで物価が安く、ありとあらゆるものが叩き売り状態だったのもあり、家まで激安。
だからこそ、ミントでも一軒家を持っているともいう。
「ほしいにゃ。ペラペラするにゃ」
「いいですよ。店番をする時に見てください」
「わかったにゃ」
キティはよっこらしょと言いながら何冊も本を持ち上げ、店の方に運んでいった。
「少しずつでいいですよー!」
「力持ちにゃ!」
確かに……。
ミントから見るとキティは人間の幼児ぐらいだが、思った以上に力持ち。足は相当速い。会話をしていると、人間のような勉強はしていなさそうなのに、頭が良さそうだと感じる。
キティの兄のリオンも同じ。前世で言うところの中学生程度の少年に見えるが、人間よりも優秀だと感じることが多い。
猫族はそういう種族なのだろうと思っていたが、ウサギ族のニンウィーも同じ。人間よりも上という感じがする。
魔境という厳しい環境で生きているからこそ、早く大人になるのかもしれないとミントは感じていた。
「私も頑張らないとです!」
ミントはできるだけ多くの本を持ち、いつでもキティが読めるように店の方へ持っていった。
「ここに本を置いておきます。絵本もありましたよ」
「わかったにゃ」
その時だった。
ドアが開く。店に入って来たのは優しそうな美青年。
銀髪。紫の瞳。耳が尖っている。
エルフだとミントは思った。
「いらっしゃいませ?」
ミントは声をかけた。
「ここは本屋かな? 薬屋だと聞いたけれど」
「薬屋兼雑貨屋です! この本は店番のために運んでいます」
「賢い子どものようだ」
「あ、えっと、ペラペラめくって遊んでいるだけです」
「なるほど。植物の買い取りもしていると聞いたけれど、あっているかな?」
「あ、はい!」
買い取り希望の客だとミントは思った。
「でも、何でも買い取るわけではないです。ものによります。売っている品物と交換することもできます」
「これはどうかな?」
袋から取り出されたのは太い根っこのようなものだった。
「クークマと言う」
「聞いたことがない名前です」
「薄く切って干してから粉にして使う。スパイス、染料、薬になる。干すのが面倒でね。手放したい」
エルフあるあるですね……。
面倒だが口癖のエアリスをミントは思い出した。
「別の土地では、ターメリックという名称だ」
ターメリック! 調味料ですね!
ミントはぜひともほしいと思った。
「シチューやパンに混ぜると、綺麗な黄色になる。貨幣や花茶と交換してもらえると嬉しい」
「わかりました!」
ミントは自分がブレンドした花茶を数種類持って来た。
「これは私の店で一番人気がある商品です」
「随分、香りが少ない」
「すみません。私が作る花茶は香りが控えめなのです」
「花の香りが少ない分、できるだけ多く交換してほしい。他にも花の香りがするものがあれば、交換したいと思うかもしれない」
「石鹸もあります」
ミントは花の香りがする石鹸を持って来た。
「どれも香りが控えめだ」
「すみません。ほのかな香りの方がいいかなと思って」
「なぜ?」
「慣れてしまうからです。どんどん強い香りがほしくなってしまいます」
多くの人は良い香りがする者を好むが、その香りに慣れてしまうと気づきにくくなる。
それを防ぐため、あえて香りを抑えていることをミントは説明した。
「好き嫌いの差が出にくいのもあります。香りが強いと、臭いと感じる人もいますので」
「個性的だ。やはりさまざまな店に行くと、他にはない品に出会える」
空中に魔法陣が次々と浮かび上がった。
「君はすぐに謝る。控えめな性格で善良な証拠だ。自らの感性を活かし、独自の商品を作る努力もしている。役に立つものがあるか見てほしい」
さまざまな花や香草が出て来た。
「ほしいものがあるなら交換するよ」
「すごいです! ほしいものがたくさんあり過ぎて……王国貨幣と交換しても、全然足りない気がします」
「新しく発行された領貨はあるかな? 王国貨幣よりもそっちの方がほしい」
「ありますけれど、たくさんはないです」
「少なくてもいい。私にとっては王国貨幣よりも領貨の価値の方が高い」
「えっ、どうしてですか?」
ミントは驚いた。
「発行されたばかりで珍しいからだよ。綺麗なのもいい。王国貨幣は汚れている」
「ああ、流通するほど、何度も使いまわされますからね」
「私は美しいものや綺麗なものが好きだから」
「なるほど!」
話し合った結果、ミントが持っている領貨とできるだけ交換。それ以外は珍しい花や香草を使ったブレンド茶や石鹸を作り、特注品として渡すことになった。
「何日ぐらいかかるかな?」
「干したり乾かしたりする必要があるので、お天気次第です。取りあえず、二週間ほどいただいてもいいですか?」
「わかった。君の名前は?」
「ミントです」
「とても爽やかな名前だね」
多くの女性が見惚れそうな微笑みだったが、ミントは違った。
ハーブの名前ですしね!
薬師で料理の趣味を持つ自分にぴったりだと感じ、名前の方に惚れ惚れしていた。
「二週間後にまた来る。状況次第では別の日になるかもしれない」
「わかりました。保存が効くものなので遅くなっても大丈夫です」
「失礼するよ」
「ありがとうございました!」
ミントはしっかりお辞儀した。
それを見た美青年の客は驚き、笑みを浮かべた。
「ミントは変わっている。面白い」
ドアが静かに閉まった。
しばらくしてから、ミントは深呼吸した。
「なんか……すごいお客様でした」
ミントの店に来る客はほぼ領都に住む人間。
アーネストつながりで猫族やウサギ族も来るが、エルフはほとんど来たことがなかった。
「こんなにたくさんの植物が持ち込まれたのは初めてです。特注もしてくれましたし、お得意さんになってくれたら嬉しいですけれど」
いつのまにか椅子に座っていたキティがミントのそばに来ており、スカートに隠れるようにしてしがみついていた。
「怪しいにゃ」
「怪しい、ですか?」
ミントは首をひねった。
「エルフっぽくないにゃ」
「どう見てもエルフでしたよ? 耳が尖っていましたし」
「空気にゃ」
「空気? ああ……雰囲気ですね」
ミントは気づいた。
「それはまあ確かに。あれほど優しい感じがするエルフって見かけない気がします」
エルフは高慢、不愛想、面倒くさがりというのが三大印象。
エアリスが体現していますね!
ミントはそう思った。
「紫にゃ」
「あっ! それは私も気づきました」
フォレスト・エルフは銀髪に緑の瞳。
他の色合いもあるのかもしれないが、紫の瞳を持つエルフをミントは見たことがなかった。
「旅の人かもしれませんね」
ヴィラージュは魔境と呼ばれるほどの辺境。
だが、全く人が来ないというわけでもなく、旅人が来ることは普通にある。
どんなところなのか見物しに来る者もいれば、魔物退治で儲けようと思う者、行商人もいる。
しかし、さびれた領都の様子や現地の情報を聞いて失望、他の場所へ流れていくのもまた普通だった。
「最近、旅人の数が少しずつ増えているそうです。でも、定住者は増えないというか」
「増えたにゃ。キティにゃ」
「そうですね。領都にようこそ!」
ミントはそう思いながらキティの頭を優しく撫でた。
「取りあえず、交換したものを整理しないと」
「待つにゃ」
キティは椅子を持ってくると、エルフが持ってきたものを取り、くんくんと匂いを確かめた。
「毒はないにゃ」
「匂いでわかるのですね。さすが猫族です!」
「お手伝いにゃ! 毒見にゃ!」
「そうですね! 食べる方ではなくて、嗅ぐ方ですけれど」
二人は笑顔で頷き合い、整理と手伝いに取り掛かった。




