22 森の散策
森を散策したレイディンとセレスティーナはほとんど魔物がいない状況に驚いていた。
少し歩けば次々と魔物と遭遇、戦闘開始になるというのはゲームの世界、現実ではないのだと思い知ったとも言う。
しかし、猫族、エルフ、ウサギ族が一緒ということについては非常に喜んでいた。
「ところで兄上」
レイディンは気になっていた。
「どうしてキティを抱き抱えているのですか?」
「私も気になっていました」
「視界の問題だ」
キティは小さい。普通に歩いていると視界に入りにくく、何かあった時に対処しにくい。
森は危険な場所でいつ魔物と遭遇するかわからないため、安全のために抱き抱えていることをアーネストは説明した。
「僕も抱っこしてみたいです」
「キティ、いいだろうか?」
「いやにゃ」
キティはアーネストの服にぎゅっと捕まった。
「ふふ」
笑ったセレスティーナをレイディンは睨んだ。
「不敬だよ」
「ごめんあそばせ」
「ここでは喧嘩しないように。全部聞かれてしまう」
次の瞬間、木の上から人が降って来た。
「アーネスト」
「久しぶりだ」
アーネストはエルフの狩人――セリーヌに微笑んだ。
「弟が来たそうね?」
「レイディンだ。それから、友人のセレスティーナだ」
「元婚約者と聞いたけれど?」
「ああ……まあ、そうだ」
セリーヌはセレスティーナに鋭い視線を向けた。
「このような女性は嗜好に合わないということ?」
「失礼ではなくて?」
セレスティーナは悪役令嬢らしい冷たい笑みを浮かべた。
二人の女性の視線がぶつかったのは間違いない。
アーネストは慌てた。
「誤解がある! 私とセレスティーナは仲が良い!」
婚約は互いの両親が子どもの時に勝手に決めた。
自分たちの意志による婚約ではなく、学校を卒業すると結婚式の予定まで勝手に決められてしまいそうだった。
セレスティーナには自分の意志で選んだ相手と結婚してほしいと思ったからこそ、アーネストは婚約破棄したことを説明した。
「セレスティーナは優秀で魅力的で自立している素晴らしい女性だ。だというのに、両親が勝手に結婚相手を決めるのはよくない。本当に幸せになってほしいと思うからこその判断で、セレスティーナもそれをわかっている。そうだろう?」
「そうですわ。私もアーネスト様の意志で選んだ女性と結婚すべきだと思ったからこそ、婚約破棄を受け入れたのです。決して、仲が悪いわけではありません。兄弟姉妹のように思っているだけですわ」
「その通りだ!」
「兄上、この者とはどのような関係なのでしょうか? エルフのようですが、昨夜は見かけませんでした」
「セリーヌはフォレスト・エルフの族長の娘だ。エルフの町に滞在した時、何かと世話になった。若く見えるが、私たちよりも年上だ。年長者として配慮してほしい」
「いくつなのです?」
「四十ぐらいだった気がする」
「確かに年上ですわね。アーネスト様よりもはるかに」
オホホと笑ったセレスティーナの様子は明らかに挑発的だった。
「このような女性との婚約は破棄して当然ね」
高慢と言われるエルフらしく、セリーヌはセレスティーナを見下ろすような言動だった。
「二人とも会ったばかりだろう? もっとお互いを知り合うべきだ!」
アーネストは困り顔でエアリスの方を見たが、エアリスはいつの間にかいなくなっていた。
「エアリスは?」
「私が来たから行ってしまったわ。きっと、周囲を見にいったのよ」
「そうか」
「嫌われているの?」
セレスティーナが尋ねた。
「余計なことを」
レイディンはそう思ったが、
「気にしなくていい。レイディンとセレスティーナのような関係だ。共闘する時以外はあまり仲が良さそうに見えない。エルフは大体そうなんだ。個人主義なところがある」
非常にわかりやすい説明だった。
「ところでセリーヌ、最近の狩りはどうだ?」
アーネストは話題を変えようと思った。
「魔物が減っている気がするわ」
元々エルフの町がある付近は魔物が侵入しないように狩っている。
アーネストが設置した倒木のバリケードのせいかもしれないということになり、他の場所にも設置した。
だが、セリーヌのように腕に自信がある者は森の中を広く散策しながら情報収集をする。
魔物と遭遇しそうな場所でも、魔物とほとんど会わないことをセリーヌは伝えた。
「安全になっているならいいが、理由が不明だけに気になるな」
「弱い魔物が全然いないのは歓迎できないわ。強い魔物がエサを求めて広範囲を徘徊するようになってしまうのよ」
「植物の採取の方はどうだ?」
「順調過ぎるわ」
以前は弱い魔物がよく食べていた植物もまったくの手つかず。
森から魔物が消えてしまったような気さえする。
草原にはアーネストが作った魔物の放牧場がある。
森で捕まえた魔物を次々と放牧場に移しているのであればおかしくない。
だが、すでに捕縛はやめていることをフォレスト・エルフは知っている。
今の森の状況はかえって不穏だと感じ、警戒心を強くしていた。
「森が異様な静けさに包まれるのは、大型の魔物が出現する予兆だという者もいるの。気をつけて。遭遇しても、倒す必要はないわ。草原まで逃げるのが最も安全よ」
森の奥に住む魔物ほど光を嫌う。
森の中は日中でも木が多くて日が差し込みにくい場所が多くあるが、草原は日光が降り注ぐ。
奥に生息する強い魔物はそれを嫌がり、草原には出て行かないというのが常識だった。
「魔法は使わない方がいいわ。下手に刺激すると、草原でも執拗に追って来るかもしれないわ」
だからこそ、エルフは通常の狩りに弓矢などの武器を使う。
魔法で狩りをする者は、そうでなければ無理な者だけだった。
「わかった。魔法は使わないようにする」
「自分にかけるのは問題ないわ。防御魔法や浮遊魔法は有用でしょう?」
「そうだな」
「アーネストは大丈夫でしょうけれど、弟たちにはよく言って。ここは普通の森とは違う。魔法で魔物を倒せばいいと思うのは間違いだってことをね」
セリーヌはそう言うと跳躍した。
あっという間に木の枝から枝へと飛び移り、姿を消してしまった。
「さすがエルフ、身軽だね」
「あれぐらい魔法を使えば簡単でしょうに」
「セリーヌは魔法を使っていない。通常の身体能力だ。人間よりもはるかに優れている」
「装備もあるのに、重さを感じさせませんでした」
「エルフが身につけているのは魔法金属の装備で、とても軽い。そのおかげで武器を多く持ち歩ける」
「矢が少なかったですわね」
見た目は狩人。
その割に矢が少な過ぎるとセレスティーナは感じた。
「一発必中の腕前で相手の弱点を狙うからだ。仕留めたあとに回収すればいい。そもそも、狩りを積極的にすることはない」
矢の所持数で必ず仕留められる相手にだけ射る。
そうでない場合は魔法を使うか、逃げるか。
矢を失うだけのような無駄撃ちはしないことをアーネストは伝えた。
「なるほど」
「回収するのですね」
「フォレスト・エルフは森の恵みを最も大切にしている。森がなくなるのは、自分たちが生きる場所と術を失うのと等しいからだ。森を荒す者も許さない。魔法はダメだと言っていただろう?」
「森を荒すからですか?」
「そうだ。単に植物を失うということでも、自然破壊をするということではない。森に漂う魔力を乱す。それによって魔物がどのような反応をするかわからない」
魔物は魔力を持ち、魔力を感じ、魔力を食べている。
魔力の乱れがあると、必ず魔物は反応する。
「興奮して狂暴化することもあるらしい」
「兄上はよくご存知です」
「専門家のようですわ」
「受け売りだ。エルフの町に滞在した時に教えてもらった」
「僕もエルフの町に行ってみたいです」
「私も!」
「そう言いそうな気がしたが、難しい」
エルフはかなりの人見知り。他者への警戒心が強い。
特別な理由がなければ町に入るのを許さないばかりか、姿さえ見られたくないと思う。
「二人は幸運だ。セリーヌが姿を見せたのは、二人への配慮だろう」
「兄上が配慮されているだけのような気がします」
「私もそう思いましたわ」
「気づかなかった。親しくなれているなら嬉しい」
アーネストは嬉しそうに微笑んだ。
ここでも無自覚で人たらしか。
アーネスト様らしいですわね。
レイディンとセレスティーナはそう思った。




