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02 領地到着



 辺境という名の魔境ヴィラージュにアーネストは到着した。


 とはいっても、端っこ。


 よく言えば領都。悪く言えば魔物と戦う最前線の最終補給地。


「皆のおかげで無事到着できた。礼を言う」


 アーネストは同行した騎士たちに笑顔を向けた。


「だが、ここまでで十分だ。全員、補給をしたらすぐに王都へ戻り、私がヴィラージュに到着したことを国王に伝えるように」

「あんまりです!」


 騎士の一人が叫んだ。


「アーネスト様とご一緒いたします!」

「どこまでもついていきます!」

「すでに忠誠も命も捧げております!」

「移民します!」


 騎士たちはそう言うと、ヴィラージュへの移民届けを取り出した。


「許可を!」

「サインをすれば完了です!」

「押印でも構いません!」

「口頭でもいいので」

「国王陛下の許可はもらっています!」

「子どもでもできるぐらい簡単です!」


 アーネストはため息をついた。


「そういったことからは解放されたと思っていたが、ここでも同じなのか」

「領主なので」

「面倒なことはさっさと済ませましょう」

「もっと面倒なことを決めなければならないので、ご決断ください」

「何を決める?」

「誰が王都に報告に行くかです」


 絶対に行きたくない。アーネストと魔物討伐をしたい。


 騎士たちはライバルたちを睨んだ。


「そうか。さすがにそれは代われない。誰かに頼むしかないな」


 アーネストは魔法でペンを召喚、複製魔法で一気に数を増やし、一斉に動かして全員分のサインをした。


「これでいいか?」

「ありがとうございます!」

「いつ見ても惚れ惚れするペンさばきです」

「あっという間に書類が片付きます」

「それは違う。読むことができる書類は一つずつだ。一気にサインをするだけにしておいてくれる優秀な臣下がいるおかげで助かっている」


 アーネストは優しく微笑んだ。


「皆の書類は完璧だった。さすがだ」


 アーネストはペンに認識の魔法をかけて内容を確認していた。


「なぜ、これほど優秀なアーネスト様が王太子でなくなるのか」

「残念でなりません」

「国王にふさわしいというのに」

「だが、魔境がこれ以上広がってしまうのも困る」

「領地内に残っているのは領都しかない」

「ここを守れなければ、ヴィラージュは魔物に占拠されてしまう」

「その通りだ」


 だからこそ、アーネストも決断した。


 王太子の座を弟に譲り、魔物の脅威を防ぐことに専念することを。


「年々、魔物は凶悪化していると聞いている。ヴィラージュの魔物は他の場所に生息する魔物よりも格段に強い。油断すればすぐに命を失うだろう。いつでも王都に戻っていい。だが、ここに残るのであれば、自らの命を最優先で守れ。私を守る必要はない。かえって邪魔だ」


 なんと厳しくも優しく頼もしいお言葉だ!


 足手纏いにならないよう必死で努めなければ!


 騎士たちの胸に熱い忠誠心が込み上げた。


「まあ、ここで戦えないような者はそもそも同行を許していない。精鋭ばかりで、王都が手薄になってしまって申し訳なく思うばかりだ」

「大丈夫です。レイディン様がいます」

「セレスティーナ様も」

「攻撃はレイディン様、防御はセレスティーナ様で完璧です!」


 敵は炎で焼き尽くし、味方は氷の壁で守ればいい。


「あの二人がいれば大丈夫か」


 むしろ、あの二人を魔境に送り込めばいい気もしなくもない。


 レイディン様が魔境を燃やし尽くせばいい。


 セレスティーナ様が領都を守ればいい。


 騎士たちはそう思った。


 だがしかし。


「王都と違って魔境は広大だ。どれほど魔力が多くても、一気に決着をつけることはできない。魔力を消耗したところを襲われたら終わりだ」


 騎士たちの心を読んだようにアーネストが言葉を紡いだ。


「少しずつでいい。魔物を倒し、ヴィラージュを人間の手に取り戻そう」

「はい!」

「わかりました!」

「尽力いたします!」

「励みます!」


 次々と賛同の声が上がった。


「私は領都を視察する。現地の状況を確認しながら情報収集だ。私の側にいたいのであれば、面倒なことを片付けておくように」


 そう言ってアーネストは歩き出す。


 そのあとに続く者はいない。


「じゃんけんでいいか?」

「そうなると思った」

「一人だな?」

「敗者が王都へ行くことになる」

「ヴィラージュに残るのも、アーネスト様のそばにいられるのも勝者のみだ」

「絶対に勝つ!」

「負けられない!」


 騎士たちによる全身全霊をかけたじゃんけん勝負が始まった。




 

 タタタタタタタタタタ………。


 幼い子どもがアーネストの前から走って来た。


 小さい。だが、素早い。


 通常の人間では視認しにくいほどに。


 幼い子どもの頭には二つの耳がついていた。


「にゃ?」


 子どもは首を傾げた。


「変にゃ?」


 子どもは木の棒でアーネストを叩こうとしたが、変な感触がすることを不思議に思った。


「防御魔法をかけている」


 アーネストは優しい口調で答えた。


「どうして私を狙ったのだろうか?」

「領主を狙うにゃ」


 子どもは答えた。


「捕まるにゃ? 食べ物、もらえるにゃ?」

「名前は?」

「ないにゃ」

「そうか。では、どうするか決めよう。一つ目は捕まって牢屋に入る。二つ目は私の子どもになって何か食べる」


 子どもはキョトンとした。


「領主の子ども?」

「私はアーネストだ。アーネストの子どもになる。ここは人間が住む場所だけに、ルールを守って生きていかなければいけない」

「どっちにゃ?」

「選ぶのは君だ」


 アーネストはしゃがみ込むと優しく微笑んだ。


「お腹が空いている。私を狙うと捕まるけれど、食べ物がもらえる。そう言われた?」

「そうにゃ」

「では、私の子どもになればいい。名前もつけよう。世界で唯一の存在であることをあらわす特別な贈り物だ」

「贈り物も食べ物もほしいにゃ」


 アーネストは子どもの頭に生えている耳を見つめた。


「猫の耳……だろうか?」

「猫にゃ」

「そうか。キティと呼んでもいいだろうか?」

「いいにゃ」

「では、キティはこれから私の子どもだ。一緒に生活しながら、人間のルールを学んでいこう。とはいっても、私は魔物を討伐する日々になりそうだが」


 アーネストはキティの頭を優しく撫でた。


「抱っこした方がいいだろうか? そもそも、抱っこはわかるか?」

「持つにゃ?」

「大丈夫そうだ」


 アーネストは立ち上がるとキティを抱え上げた。


「高い高い!」


 赤子をあやすようにアーネストはキティを高く持ち上げた。


「それ、違うにゃ」


 アーネストを冷静に見下ろしながらキティは指摘した。


「キティが正しい。高い高いだった」


 アーネストはキティを抱え直した。


「取りあえず、食べ物がありそうな場所に行こう。キティの食事を調達する」

「あっちにゃ! 良い匂いにゃ!」


 キティが指差した。


 アーネストはキティを抱えて歩いていった。



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