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19 宝物



 ドワーフとの取引によって領貨を作ってもらうこと、それを王国通貨の補助通貨として活用し、物々交換における問題発生を防ぐことが領都に通達された。


「しばらくは物々交換のままだ。貨幣が十分にない」

「いきなり物々交換ができなくなるよりはいいと思いますよ」


 アーネストはミントに付き添い、買い物に来ていた。


 これまでは領都の外、魔境や魔物の方に目が向いていたが、領都内のことにももっと目を向けなければならないと思ったからでもあった。


「領主は大変だ。魔物を倒していればいいのだろうと考えていたことが恥ずかしい」

「アーネスト様は立派です。以前とは全然雰囲気が変わりました」


 領都に長くいるミントは、領都の変貌ぶりを強く感じていた。


「皆が明るくなったというか、魔物に襲われたって話を聞かなくなりました」


 アーネストのおかげで領民の多くは無理をして危険な地域へ行く必要がなくなった。


 領都の周辺に拡大中の飼育場、果樹園、農園、その管理をする村の防備は必要だが、領都を守る石壁以外にも、何重もの木製柵があることで安心感が増した。


 突然、飛竜が飛んで来た時には誰もが慌てたが、魔剣があっという間に倒してしまったのを見て、これなら問題ないと大いに安心する機会になった。


「アーネスト様がいてくれれば安心です」


 ミントの視線は魔剣に注がれていた。


「気になるか?」

「ええまあ。飛ぶ剣は初めて見ましたので」


 ミントは一緒にいなかったが、剣が飛竜めがけて飛んでいくのは見た。


「アーネスト様は魔法剣が優れていると聞きました。つまり、剣を飛ばす技能をお持ちということですよね?」

「え?」

「え?」


 沈黙。


「……これは魔剣だ。特別な者だけが扱える。誰でも鞘から抜いて使えるわけではない」

「伝説の勇者の剣とかですか?」

「知らない」

「アーネスト様が剣を鞘から抜けるかチャレンジしたら、できたー!みたいな感じだったのでしょうか?」

「宝物庫にあったのを拾った」

「アーネスト様って拾うの好きですね。食べ物はダメですよ? お腹を壊します」

「拾っても食べないと思うが?」


 二人は歩いていく。


 ミントは愛用している店に行き、ほしいものを伝え、籠に入れた。


「私が持とう」

「いいえ。アーネスト様には小麦を持ってほしいので」


 ヴィラージュには王国貨幣が少ない。


 そこで多くの者は主食である小麦札というものを活用している。


 ヴィラージュの人々は小麦を生産しているが、それは全て領主のものになる。


人々の主食は小麦のため、小麦をもらうための交換札を貨幣代わりにしていた。


「正直、貨幣の代わりに小麦札を使っているとは思わなかった」


「考え方は一緒ですよ。でも、小麦の価値は変わります。量産すると価値が下がってしまうので、アーネスト様は自分で自分の財布を少なくしているようなものです。パオンの木やバタータも貴重だったのに、今はすっかり普通に手に入る品になりました」


 アーネストのおかげで食料と木材については多く手に入れられるようになった。


 おかげで人々の暮らしは豊かになっているが、小麦札による交換制度は長く持たないだろうとミントは思っていた。


「領主として物資を豊富に確保するのは大事ですけれど、貨幣による正当な取引が行われる体制も整えないと。安心して買い物ができないことだって困ることなんです」

「できるだけ早急に貨幣を用意する。だが、ドワーフに売った分しか手に入らない」

「公正な取引をしたいのはわかりますけれど、他にも売るものを考えないと、貨幣の供給が途絶えてしまいますよ」

「そうだな」


 買い物を終えると、アーネストはウサギ族の移住者が住んでいる村へ向かった。


 だが、住居には誰もいない。


 菜園で働いている時間だったと思いながら、アーネストは菜園へ向かった。


「あ!」

「アーネスト様だ!」


 農作業をしている人々に手を振り、アーネストはニンウィーの父親モンウィーの姿を探した。


「モンウィー!」

「アーネスト様!」


 アーネストが来たのは、ウサギ族の生活に不自由がないかどうかと、ドワーフ族との取引について相談するためだった。


「生活は問題ないです。必要なものをほとんど用意していただいたので」

「食事の方はどうだ?」

「食事が美味しくて……もう、村には戻れません」


 ミントが差し入れしつつ教えた野菜料理の数々に、ウサギ族の人々の胃袋と心は完全に魅了されていた。


「ミントが喜ぶ。農作業はつらくないか?」

「ウサギ族は足腰が強いので全然平気です。というか、これまでの生活に比べたら楽で安全で、なのに生活もいいなんて夢みたいです」


 モンウィーとしてはウサギ族全員がここに移住すべきではないかと考えるほど、今の暮らしに満足していた。


 だが、あくまでもアーネストは任意の移住にしている。


 ヴィラージュは人間の都。他の種族の考え方に合わない部分もある。


 さまざまな考え方を尊重しつつも、ヴィラージュのルールを守ること、人間と仲良く暮らす意志があることを大切にしていた。


「何かあったら遠慮なく言って欲しい。かつてヴィラージュは人間が住んでいる場所だったが、今はさまざまな種族が暮らしている。共に力を合わせることで、この地で長く暮らしていける。安全で便利で人々の笑みが溢れる場所にできたらと願ってもいる」

「アーネスト様の願いは我々の願いでもあります。力になれるよう励みます。とはいっても、自分たちの好物を作るだけですので、申し訳ない気持ちもあります」

「いや、とても助かっている。ヴィラージュの人間は少ない。できることには限りがあった。だが、ウサギ族、エルフ族、猫族のおかげで多くのことが可能になった」

「そのようです。ですが、さすがにドワーフ族は移住しません。鉱山がないと不可能です」

「そのことなんだが」


 ドワーフに貨幣を作ってもらう取引を了承してもらえた。


 だが、多くの貨幣を作ってもらうには、ドワーフに多くの品を売らなければならないことをアーネストは説明した。


「金属以外でドワーフに喜ばれるものはないだろうか?」

「酒がいいです」


 モンウィーが答えた。


「我々ウサギ族もかなりの酒好きなのですが、ドワーフ族はそれ以上に酒好きで、相当飲みます。酒だけで生きているようなものです」

「酒か」


 アーネストは考え込んだ。


「全然考えていなかった。ウサギ族も酒が飲みたいわけだな?」

「飲みたいです」


 モンウィーは正直に答えた。


「森を離れたくない者の中には酒が飲めなくなるからという理由の者もいました」

「森の中で酒を作れるのか?」


 人間の酒といえば。ワインやビール。


 どちらも広大な場所で麦や果物を栽培する必要があった。


「酒蔓があるので」


 さすがのアーネストも驚くしかなかった。


「酒蔓? 酒が出る蔦があるのか?」

「ツル状の植物で、木などによく巻き付いています」


 太い茎の部分に水分を溜め込んでおり、それをタルなどに入れておくと、勝手に発酵して酒になる。


 ウサギ族の村がある場所の近くには酒蔓が多く自生しており、酒目的で村が作られたことが説明された。


「日陰だからではなく、酒を入手しやすいからあの場所なのか」

「それほどまでにウサギ族にとって酒は欠かせません」

「ドワーフとの取引に使っているのだろうか?」

「まさか! 自分たちで飲むために村を作るほどですよ? 誰かに渡すよりも自分で飲みます!」


 ウサギ族の新しい特性を知ったとアーネストは思った。


「酒か……ないわけではないが、ヴィラージュでも貴重だからな」

「人間の作っている酒を取引に使えばいいのでは? 相当貴重だと思うので、それこそたくさんの金属製品と交換できると思います」

「まあ、確かに酒の中には驚くほど高いものもあるからな……」


 ワインを一本持っていって見ようとアーネストは思った。





 ドワーフにとってアーネストの持っていったワインはお宝だった。


 ヴィラージュでは酒を生産していない。他の地域から仕入れなければならないこともあり、貴重なことも説明した。


「ということで、かなりの価値がある」

「どのくらいだ?」

「何枚だ?」

「百万だ」


 それがヴィラージュ価格。


 ワインは安価でも、魔物が多くいるヴィラージュに運ぶための輸送量がとにかく高い。


 その貴重な品をドワーフに譲るとなると、そのぐらいが妥当ではないかという意見になった。


「ヴィラージュがもっと安全になって多くの人々が定住化するか、輸送路の安全が確保できれば、より安く多くの品を取り寄せることができる。ヴィラージュも特産品を運んでさまざまな物資と交換できると思うのだが、すぐには難しい」

「百万」

「相当だ」

「さすがに大変だ」


 ドワーフたちもすぐには了承しなかった。


「だが、前と同じ硬貨であれば、十万個でいい」


 それでも多いと思ったドワーフは相談し始めた。


「一応、別の案もある。この間は十ヴィルだったが、百ヴィルの貨幣を作ってくれれば、一万個でいい」

「おお!」

「それなら!」

「頑張る!」

「それでいい」


 族長が言った。


「宝の酒だ。簡単に手に入るわけがない」

「では、それで頼む。サイズを少し大きくしてくれるか? 見本はこれだ」


 アーネストは王国貨幣を取り出した。


「百と書いてある。この数字と、前とは別の模様を裏につけてほしい」

「わかった」


 ドワーフたちは宝の酒を飲むため、領貨作りに励もうと思った。

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