14 エアリス
フォレスト・エルフの協力で果樹園の整備だけでなく、ヴィラージュ領の調査も進んでいた。
「川か」
これまでは森に飲み込まれてしまったせいで活用できなかったが、手前部分を開拓すれば水を引くことができる。
川に生息する魔物もいるために注意が必要だが、食用にできる魚が多くいることもわかった。
「食料の情報を教えてくれるのは嬉しいが、エルフの食料を奪うようなことはしたくない」
「大丈夫だ。エルフは魚を好まない」
アーネストたちは森のめぐみについて、エルフたちに配慮することにした。
それによって両者の信頼関係が強まり、エルフたちは自分たちが好まない食料の情報をアーネストたちに提供することにした。
「毒がある魚もいるが、焼いてしまえばいい。熱を加えることで無毒化できる」
「解毒魔法は必要ないということか」
「猛毒の魚は食べない方がいい。毒が抜け切れていない場合がある」
「そうだな」
早速、アーネストは少人数で釣りを試みることにした。
「入れ食い状態です!」
食料担当者のミストも今回は同行していた。
「エサがないのに、針にかかるなんて!」
「特殊な針だ」
アーネストの森の案内担当者になったエアリスが答えた。
エルフが錬金術で作る魔法金属の針には微量の魔力が宿る。
その魔力をエサだと勘違いした魚が食いつく。
「ぜひ、魔法金属の作り方を教えてほしいです!」
「無理だ」
「ですよねー」
あっという間に大量の魚を釣り上げた。
フォレスト・エルフの町から派遣されたエアリスが検分した結果、どれも焼けば問題なく食べられる魚だとわかった。
「エアリスは食べないのか?」
釣りたての焼き魚にキティとリオンは喜んでかぶりついたが、エアリスは見るのも嫌だとばかりに視線を別の方へ向けていた。
「気持ち悪い」
「そうなのか」
「エルフは草食ですからね」
ミントはせっせと釣りメンバーに焼き魚を配りながら言った。
「魔物も食べるだろう?」
「仕方がない。木の実ばかりでは栄養が偏る。少量の魔物をとることでバランスが取れ、病気になりにくくなる」
エアリスが答えた。
「だが、魔物を食べるぐらいなら、病気になった方がましだという者もいる。何を食べるのかは任意だ」
「アーネスト様、試食しませんか?」
ミントが差し出したのは香草焼きの魚だった。
「焼いているだけではどうかなと思ったので、香草と一緒に焼いてみました」
「美味しそうだ」
アーネストはフォークを使って肉の部分を味見した。
「どうですか?」
「焼き魚より美味しい気がする」
「良かったです! エアリスさんもどうですか?」
「気持ち悪い」
「香草部分だけ食べたらどうだろうか?」
「それなら魚の味がついた草というだけですよね」
エアリスは乗り気ではなかったが、しぶしぶといった感じで食べた。
「……美味しい」
エアリスは驚いていた。
「なんと言えばいいのかわからないが……食べたことがない味だ」
「たぶん、魚のダシがきいているんですよ」
ミントが答えた。
「ダシ?」
「だし?」
次々と疑問形の確認が続く。
えー、これって日本だけの文化というか言葉なのー?
ミントは焦った。
「ぐつぐつ煮込むと、素材の味が出ます。そのことをダシっていうみたいですよ」
「肉汁のことではないか?」
アーネストが言った。
「それです! 魚の肉汁です!」
「魚は嫌だが、魚の肉汁で煮た香草は美味なのか」
エアリスは考え込んだ。
「これなら、魔物の肉を食べたがらない者も食べられるかもしれない」
「何を食べるかは任意だが、病気予防になるならいいかもしれない」
「そうですね。ぜひ、紹介してあげてください」
後日。
魔物を探して狩るよりも簡単に効率よく魚を入手できることもあって、フォレスト・エルフの中から選抜されたグループが魚釣りに参加することになった。
「なんだこの味は!」
「生まれて初めての味だ!」
「美味しい!」
「魚と一緒に煮ただけなのに!」
「この香草はきっと気に入る!」
「普通に魚も美味しいが?」
「焼き魚はあまり好きではないが、香草焼きの魚は悪くない」
エルフは普段から多くの香草を採取して料理に取り入れている。
そのせいで香草を取り入れた魚料理であれば受け入れやすくなるかもしれないということになった。
「週に一回ぐらいは釣りに来るか」
「そうだな」
「アーネスト様、領都の人も一緒に行くのはいかがですか?」
ミントは定期的に魚が供給されれば、日々の食事が豊かになると思った。
だが、アーネストは慎重だった。
「他の魔物と遭遇する可能性がある場所だ。安全に手に入れることができるとは言えない」
「ああ……エルフにとっては問題なくても、人間がここに通うのは難しいかもしれませんね」
「物々交換はどうだ?」
エアリスが提案した。
「エルフは魚を釣って持ってくる。それと農産物を交換してくれると嬉しい」
エルフは農産物も食べる。
だが、森の中で農産物を作るのは難しいため、自ら栽培をすることはほとんどない。
「トマトと交換してほしい」
「ニンジンがいい」
「カボチャがいい」
次々と交換してほしい農産物の名前が上がった。
「では、魚と農産物で交換可能かを検討しよう。そうすれば互いにほしいものが手に入る」
人間とエルフの交流も、ヴィラージュにおける食文化もより深まりそうだった。
「ここが私の家だ」
エアリスは人間への興味というよりも、アーネストやミントの作る料理に興味を持ち、ヴィラージュに住みたいと言い出した、
当初はツリーハウスに住むという話だったが、森の案内担当者として同行するには近くに住んでいた方がいい。
結局、アーネストの家に同居することになった。
「二階の部屋でいいだろうか?」
「領主のくせに城に住んでいないのか?」
領都には最終防衛ラインとしての城塞がある。
元々は領主の館だったが、長らく領主がいなかったせいで防衛団の本部になっており、アーネストは領民が住んでいる普通の空き家の一つに住んでいた。
「普通の暮らしをしてみたかった」
元王太子だったアーネストの周囲には常に人がいただけに、一人暮らしへの憧れがあった。
現在はアーネストの子どもになったキティとリオンが同居。
食事を作ってくれるミントも最初は通いだったが、現在は住み込み状態になっていた。
「三階がいい。無理なら屋根の上で寝る」
「三階は掃除していない」
アーネストの家は領都内に多くある三階建ての建物で、四階部分は屋根になっている。
一人で住むなら一階だけ使えばいいと思っていたが、子ども部屋が必要になったために二階の部屋も掃除して使っていた。
だが、三階はまったくの手つかず。掃除していない。
「埃が相当だ」
「わかった。掃除する」
エアリスは三階に行くと、全ての部屋の窓を開けた。
そして、
ビューーーーーーー!
ゴーーーーーーーー!
ザーーーーーーーー!
全ての部屋の埃を風魔法で吹き飛ばした。
「なんとなく、そうなる気がした」
アーネストはそう呟いたあと、部屋に浄化魔法と保護魔法をかけた。
「これで綺麗だ。当分は汚れない」
「便利そうな魔法だ。教えてほしい」
「わかった。これから三階の管理はエアリスに頼みたい」
「わかった」
こうしてエアリスが同居を開始した。