13 大事な家族
アーネストのおかげでフォレスト・エルフはヴィラージュの人間を敵対種族とは思わなくなり、人間の生活に興味と理解を示すようになった。
互いの交流を深めるため、アーネストはツリーハウスのある公園を作った。
比較的幹の太い木を植え替え、その枝の上に小屋を作った。
フォレスト・エルフの生活を少しだけ体験できるかもしれないというアイディアだったが、ツリーハウスに多くの人々が興味を持った。
子どもたちにとっては遊び場、大人たちにとっては展望の良いくつろぎの場所。
そして、フォレスト・エルフの一部は人間の生活をより知るための住処としての利用を申し出た。
果樹園の近くにツリーハウスばかりが並ぶ村ができ、人間とフォレスト・エルフの一部が住むことになった。
「さすがに中を繰り抜いて住めるほどの巨木は移植できないが、フォレスト・エルフと交流したり、一緒に果樹園を管理できるのはいい」
「そうですね」
「害獣駆除もしやすくなる」
「エルフ、強いですよねー」
食事を取りながら、アーネストとミントは話し合う。
キティとリオンは無言。美味しい食事に夢中な証拠だった。
「それにしても、ミントの料理は美味しい。少々変わっているのもあるが」
ドキッ。
ミントは動揺を隠した。
「旅をしながら勉強したので」
本当は前世の知識を活かしているからだった。
転生者が日本食を異世界でアピールして人気が出る。これは王道。
ミントはそう思う。
「ミントには本当に感謝している。正直、ヴィラージュでどのような食事をすることになるのか気になっていた。倒した魔物を丸焼きにして食べる日々になりそうだと思っていた」
「ヴィラージュあるあるです」
だが、ヴィラージュは人間の住むれっきとした都市。
少ないが、農地もある。
全ての食料を魔物が生息する草原や森から手に入れているわけではなかった。
「農地を維持できなくなる前にアーネスト様が来てくださって良かったです。皆、感謝しています」
「そうか。役立てたのであれば嬉しい」
「でも、アーネスト様に何かあったらと思うと……ものすごい魔物が現れたら大変です」
「そうだな」
ヴィラージュにあった町や村が焼失した原因の中には、突然強力な魔物の襲来があり、撃退できなかったことも含まれていた。
現時点においてはそのようなことは起きていない。
だが、ずっとそのようなことがないとは言えない。
アーネストも、突然強力な魔物の襲来については何らかの対抗策を考えなければならないとは感じていた。
「一時的な避難所を作っておくのもいいかもしれないが、そうとう強固でなければ破壊されてしまうだろう」
「そうですね」
「一応、地下深くに作るのはどうかと考えている」
「防空壕ですね!」
アーネストはミントを見つめた。
「ボウクウゴウ?」
しまった! それ、日本のものだった!
ミントはそう思った。
「空から来た魔物に備えておく穴ですよね? 旅の途中でそういうものがあると聞きました」
「なるほど。魔鳥に対する避難所か」
「そうみたいです」
誤魔化せた―!
ミントはそう思った。
だがしかし。
「……ずっと前から気になっていたことがある」
ミントは嫌な予感がした。
「この世界には異世界で住んでいた時の記憶を持って生まれる転生者というのがいるという話を聞いた。赤子の時は何も覚えていないが、ある程度成長して知能が高くなると、前世の記憶として思い出すらしい」
「……なんか、すごいですね」
ミントは冷や汗が出そうな気分だった。
「別にそれは悪いことでも何でもない。特別な才能の一つだと思うのだが、ミントはどう思うだろうか?」
「まあ、才能と言えば……才能かもしれませんね。でも、その才能を活かせるかどうかはわかりませんが」
「そうだな。実は私との婚約を断った女性も、そのような特別な才能を持つ者らしいと耳にした」
「えっ、そうなのですか?」
ミントは大げさに驚いた。
「誰から聞いたのですか?」
「王家で情報収集を担っている者だ」
「あー、王家にはそういう人がたくさんいそうですよね」
「転生者の多くは、日本という国で暮らしていた人間らしい」
「へ、へえーーーーー! 具体的にわかっているのですね!」
「王家の禁書の中には、転生者が書いた日記があると言われてもいる。禁書の数が膨大過ぎて探す気にもなれないが」
「読んでみたいですけれど、探すだけで大変そうですし、見つからなかったらがっかりですね」
「イザベラが本当に転生者と呼ばれる者であるなら、さまざまな話を聞いて見たかった。普通の場所では話せない。ヴィラージュであれば秘密を守るにも丁度良いのではないかと思ったのだが、拒否されてしまった」
「あー、でも、普通はここに来ないですよ。私も勘違いして来たようなものですし」
「そうか。だが、少しずつだが、良くなっているとは思う」
「そうですね!」
「問題は突然の脅威についてだ。私一人で対処できるようであればいいのだが」
「アーネスト様は強そうなので大丈夫です!」
ミントはそう言ったが、気になっていることがあった。
「アーネスト様って魔法剣が得意なのですよね?」
「そうだ」
「私はご一緒していますが、剣を使ったところを見たことがありません。魔法で十分だからでしょうけれど、どんな感じなのか気になります」
「私が持っているのは魔剣だ」
「強そうですね」
「できれば、使いたくはない」
「凄まじい威力みたいですね?」
「まあ、遠からずというところか」
アーネストは魔剣を見つめた。
ついに、恐れていたことが起きてしまった。
ヴィラージュに飛竜が来た。
空を飛ぶ魔物は厄介極まりない。
しかも飛竜は着陸する。歩き回るだけで破壊行動になり、大きな被害が出る。
アーネストは魔剣を使うことをためらわなかった。
「行け!」
抜き放った魔剣は一直線に飛竜へと飛んでいき、その心臓を突き刺した。
絶命の叫びと共に、飛竜が落ちていく。
アーネストは飛竜がそのまま落下しないよう浮遊魔法をかけ、被害が出ない場所に移動させて落とした。
「良かった」
「オレサマノオカゲダゼ!」
魔剣が得意げに言った。
「イチゲキヒッサツ! オレサマサイキョー!」
「戻れ」
アーネストの一言で魔剣は鞘に収まり、沈黙した。
その光景を見ていたリオンは首を傾げた。
「その剣、しゃべるんだ?」
「だからこそ、魔剣だ」
普通の剣ではないことは確かだった。
「抜いたままにしておくと、かなりうるさい。できるだけ使わないようにはしている」
「一撃必殺なら、すぐにしまえる」
「そうだな」
アーネストはリオンの頭を優しく撫でた。
「秘密にしてほしい。詮索されたくない」
「わかった」
リオンは頷いた。
「でも、魔法剣の技能が優れているって聞いた。それって、魔剣を操る能力ってことなのかな?」
「この剣についていうのであれば、抜けるかどうかが重要だ」
アーネストが答えた。
「特別な者でなければ、魔剣を鞘から抜くことができない。抜いた者が魔剣の契約者で、命令することができるようだ」
「そうなんだ」
「魔剣は契約者を選ぶ。私が死んでも、この魔剣が認めない者は契約者になれない。抜けないのでは、役に立たない」
「僕も抜けるかな?」
「抜いてみればいい」
リオンは魔剣を引き抜いた。
「あ」
「まさか」
「オメデトー! オレサマノアタラシイケイヤクシャ!」
「うるさくなるから戻してほしい」
「わかった。戻れ」
魔剣はすぐに鞘に収まった。
「この剣がほしいか?」
リオンは考え込んだ。
「うるさそうだからいらない」
「私が死んだら、この剣はリオンのものにすればいい。人々を守ってくれると嬉しいが、何よりも自分の命を守ってほしくはある。この剣は守るために使う剣だ」
「普通には使えないってこと?」
「魔物しか攻撃しない。命令しても人を攻撃することはない。嫌がる」
「ふーん。でも、僕の命が優先でいいのか」
「私の大切な子どもだ。家族を優先するのは普通のことだろう?」
リオンは嬉しくなった。
「わかった。そうする。父様?」
アーネストは驚きに目を見張った。
「とても嬉しい。だが、リオンの両親は別にいる。家族や仲間を守った立派な人物だ。私のことはアーネストでいい」
「わかった、アーネスト」
「私はとても幸せだ。素晴らしい家族がいる」
アーネストはそう言うと、リオンをギュっと抱きしめた。
「キティもいる。家族だよ」
「そうだな。帰ろう」
「ミントもいる。ご飯、食べたい」
「昼食を食べ損ねた。一緒に食べよう」
アーネストは自分とリオンに加速魔法をかけた。
「家まで競争だ」
ビュンッ!
言い終わる前に、リオンは走り出していた。
追いつけないな。
苦笑しながら、アーネストも走り出した。