12 フォレスト・エルフ
ヴィラージュは短期間で驚くほど変わった。
アーネストが次々と柵で囲った放牧地帯を増やし、領都の石壁の外に出やすくなった。
森に行かなければ手に入らなかったパオンやバタータの木が続々と植え代えられ、たくさんの実が供給されるようになった。
草原の一部を焼いて畑に変更。農産物の生産力も向上した。
だが、いいことばかりではない。
広大な草原全てを柵で囲うのは難しく、柵なしの畑は魔物に荒された。
魔物は基本的に夜行性。日中に作業をする人々との遭遇率は低い。
人的被害がないために仕方がないと思われていたが、木材を切り出すことで失われた森に棲んでいた魔物たちも出没するようになった。
アーネスト、騎士、防衛団、猫族が力を合わせて撃退していたが、違う意味で厄介な相手があらわれた。
森に住むフォレスト・エルフ。
「多くの森の木を切っている。パオンやバタータの木も移植している。エルフの生活を脅かしていることをわかっていない」
フォレスト・エルフの代表として来たエアリスは、アーネストの行動を非難した。
それを聞いた領民たちは怒った。
「ここは古き時代から人間が定住していたヴィラージュ領だ!」
「あとから来たくせに!」
「勝手にヴィラージュ領に来て住みつき、森の恵みを奪っているのはそっちだ!」
「不法滞在者だろう!」
エアリスに同行したエルフたちも怒った。
「エルフは古くから魔境に住んでいる!」
「魔境の状況に応じて住む場所を変えているだけだ!」
「人間が勝手にこの辺を自分たちの領地だと言い出しただけだ!」
「一方的に土地を独占した!」
「理解がない! 悪意しかない!」
アーネストは考え込んだ。
猫族と一緒に暮らすようになったが、大きな問題はない。エルフとも一緒に暮らせるのではないか感じた。
「だったら、ここで一緒に住まないか? 食料を皆で分け合えばいいだけだろう?」
だが、
「我々は草原には住まない」
「森に住む」
「そういう一族だ」
エルフたちは移住の提案を断った。
「我々の主張が理解されずに改善がみられないのであれば、森を守るために我々も決断するしかない」
「決断というのはどんな内容だろうか?」
「縄張りを賭けて戦う」
アーネストは困ってしまった。
だが、フォレスト・エルフの主張がわからないわけではない。
森に住みたい。恵みを守りたい。
エルフにはエルフの理や生き方がある。人間の理には縛られない。
理屈ではなく、そういう種族なのだと。
「私は森に住んだことがない。森は草原よりも住みにくく危険だと思えるが、違うのだろうか?」
「森は危険だが、住みにくくはない。多くの恵みがある。安全についても確保している」
「魔法で?」
「それも方法の一つではある」
「可能であれば、フォレスト・エルフの暮らしを体験してみたい。それを知ることで、互いに納得できる解決策を探したい」
縄張り争いをしている相手の所で生活したいというアーネストの申し出に、エルフたちは驚いた。
フォレスト・エルフの暮らしを体験したいと言った人間は初めてでもある。
……この人間は興味深い。
エアリスはそう思った。
「お前は人間にしてはエルフを理解しようと努めている気がする。一週間だけ、私の家で過ごすといい。いかに森が大切で素晴らしいかを実感することだろう」
アーネストはフォレスト・エルフの暮らしを体験することになった。
そして、一週間後。
ヴィラージュに戻ったアーネストは、
「森の生活は素晴らしかった!」
フォレスト・エルフの暮らしに感動していた。
「だが、人間には難しい。身体能力があるエルフだからこそ可能な気もした」
「どんな暮らしをしているのですか?」
ミントは知りたくて仕方がなかった。
ぜひとも自分の知識を増やし、更新したいとも。
「エルフは木の枝の上や幹の中に住んでいる」
フォレスト・エルフは風の魔法を使いこなせるため、高い場所に家を作っている。
巨木の幹をくりぬいて住居にしている場合もあるが、それでも木は生きている。枯れないように中を繰り抜いていた。
まさに森と共生していることをアーネストは説明した。
「木の幹の中に住んでいるのは……リスっぽいですね?」
それがミントの感想。
「そうかもしれない。とにかく、自然を常に感じられる暮らしだった。町に住むのとは違った魅力があるのも確かだ。大切にしたい。配慮すべきだと感じた」
アーネストはエルフたちの暮らしを絶賛し、その生活を脅かさないための取り組みをすることを約束した。
一つ目は森の中にあるパオンの木やバタータの木を移植するのをやめ、すでに移植している木の苗木を育てること。
二つ目はフォレスト・エルフの町がある周辺の森を切り開かないこと。
三つ目はフォレスト・エルフが主要な狩場としている場所では狩りをしないこと。
「私はなんとなくエルフのテリトリーを教わったが、他の者にはわからない。そこで、エルフのテリトリーがわかるよう工夫することにした」
「どうやって?」
「栗の木を植えて囲う」
栗の木が綺麗に連なっている場所があるのは不自然。
つまり、その栗の木はここからエルフの場所だと言うことを示す境界線になる。
お互いにルールを守って共生することを目的にするためにも、栗の木はアーネストで用意し、エルフたちへの贈り物として植えることになった。
「それって大変じゃ? パオンの木やバタータの木じゃダメなのですか?」
「食べ飽きているらしい。フォレスト・エルフの好物は栗だそうだ」
「わかりやすくて納得です」
「どんぐりでもいいか聞いたのだが、不味いのでダメだと言われた」
「わかります。私も栗がいいです。栗を量産しましょう!」
アーネストは栗の木を多く育て、エルフとの友好関係を築く贈り物としての境界線作りをすることを領都の人々に伝えた。
これで解決だと思いきや、そうはいかなかった。
「栗の木って日当たりが良くないとダメだったような?」
「森の中に生えていることはほとんどないかも?」
「珍しい気がする」
「エルフたちが住む奥深い森の中には少ないだろうし、そもそも育たないんじゃないか?」
「そうなのか」
アーネストはヴィラージュにいる人々から聞いた意見をフォレスト・エルフに伝えた。
フォレスト・エルフもそのことは理解しており、だからこそ、アーネストに依頼した。
「なんとかしてほしい」
「栗の木を植える部分だけは木を切って日当たりをよくするというのはどうだろうか?」
「よくない。森の木を切って欲しくない」
困った……。
しかし、アーネストだけでなく、領都にいる人々も、エルフとの共存を諦めなかった。
「草原に植えれば?」
「柵代わりになるよう育てるとか」
「普通に栗農園でいい気が?」
「ついでに他の果物も栽培すればいい」
「果実も豊富に入手できるようにしたくはあるな」
草原の一部を果樹園にすることが決まった。
そして、フォレスト・エルフがその管理を手伝うことで、収穫を半分ずつに分け合うということになった。
「エルフの境界線については、別の場所で切った木を持ってきて置く。多くの倒木が行く手を阻むように積み重なっている場所から先はエルフの場所だ。不法侵入にならないよう、倒木を越えて進まないということになった」
「栗の木で囲うより簡単ですね!」
「そうだな。魔境には木が多くある。成長が早いせいでなくならない」
重要なのは、フォレスト・エルフが住んだり活動したりする一帯の木を切らないこと。
他の場所はどうでもいい。
それがエルフの考え方。
「なんとかなりそうだが、栗の木を育てるまでに時間がかかる」
「それは仕方がないです。でも、栗の木って三年ぐらいで実がなるらしいですよ。割と早い方かもしれません」
「長いと言われないか心配だ」
アーネストはそう思ったが、長命のエルフにとって三年は短いという感覚だった。
「問題ない。三年ならすぐだ」
「良かった」
アーネストは心からホッとした。