111 世界の現実
約千年前、一人の魔人が死んだ。
その時、魔人が保有していた召喚生物が世界に放たれた。
珍しい魔物に興味を持った魔人が集まり、自分の召喚生物にしようとした。
だが、毒竜だけは無理だった。
すると、毒竜を倒すことで実力を示そうと思う魔人が集まった。
しかし、誰も毒竜を倒せなかった。
毒竜は全身から猛毒を垂れ流すだけに、魔人たちが住んでいた地域は猛毒で汚染されてしまった。
耐毒性が弱い者への健康被害は深刻で、命を失う者もいた。
多くの動植物が死んでしまい、食料不足や水不足もなった。
強大な魔法を操ることで世界最強を誇っていた魔人たちにとって、毒竜は最悪最強の敵になった。
やがて、毒竜討伐に挑むのは愚かだと風潮が魔人たちに広まった。
毒竜に近寄らなければいいだけの話であり、毒竜がまき散らす猛毒に汚染されていない場所に移り住めばいいだけでもある。
生き残った魔人たちは住処を徐々に外側へと移していった。
だが、それによって毒竜の行動範囲も増え、猛毒地帯も広がっていった。
やがて、一人の魔人が毒竜を倒そうと言い出した。
このままでは世界中が猛毒に汚染されてしまう。
魔人たちが勝てなかったのは個々や少人数で挑んだからであり、多くの人々が力を合わせれば倒せる。
魔人は毒竜への怒りと憎しみを強めていた人々に声をかけ、種族を越えて団結して倒そうと呼びかけた。
その呼びかけに応じた人々が集まり、作戦を立てて毒竜討伐に挑んだ。
だが、毒竜を倒せないばかりか、魔人たちの強力な魔法による環境破壊が進むだけだった。
そこで毒竜の行動を一定地域に抑え込む作戦を実行することになった。
毒竜には毒消し草を見つけると食い荒らし、体から発する猛毒で根絶やしにしようとする習性がある。
つまり、毒竜の付近に毒消し草の花畑があればそこへ向かう。
次々と毒消し草の花畑を作れば、毒竜は毒消し草の花畑を荒し続けるだけになり、他の場所へ行かなくなると予想した。
その作戦は成功し、毒竜は付近にある毒消し草の花畑に向かって荒すようになった。
だが、毒消し草の花畑がなくならないように多くするには時間がかかる。
誰かがうまく毒竜の注意を引きつけ、その間に他の者たちがより多くの花畑を作る必要があった。
最も危険な役目――毒竜の注意を引く役目は毒竜を倒そうと言い出した魔人と有志の魔人たちで担うことになった。
それ以外の魔人は花畑を作るための種を撒いたり、猛毒で汚染された花畑を焼いて作り直す。
魔人以外の種族は毒消し草の花の種を生産して供給したり、猛毒地帯で活動する魔人たちに食料や水などの必要物資を送ったりする役目を担うことになった。
多くの人々の協力によって作戦は順調に維持され、毒消し草の花畑がどんどん増えていった。
ところが、全員をまとめていた魔人が死んでしまった。
多種多様な種族がいるからこそ、不和になるのも早かった。
花畑は多くある。もう十分だ。何もしなくても花畑は自然の力で再生する。毒竜の行動を封じ込めることができると考える者が多くなり、作戦を終了すべきだと言い出した。
しかし、最前線にいる魔人たちの考えは違った。
花畑の数も広さも不十分。これまでは死んだ魔人や有志の魔人たちが毒竜の注意を引きつけていたからこそ、毒竜は花畑を食い荒らす暇がほとんどなかった。
毒竜が花畑を食い荒らすことに専念すれば、あっという間に花畑はなくなる。
そうすれば花畑の外側へ行き、天然の毒消し草が群生している場所を探し始める。
それによって猛毒地帯が広がり、これまでの苦労が水の泡になってしまうと反論した。
話し合いを重ねるほど、人々の不和が強まっていった。
すると、作戦に参加していた最も若い魔人が、死んだ魔人への感謝として王の称号を贈ろうと言い出した。
死んだ魔人は毒竜のせいで住む場所をなくした人々の避難所としてヴァルールを作り、人々を守ってきた。
その行動に感謝する者たちが賛同し、死んだ魔人にヴァルール王の称号を贈って弔う儀式を執り行うことにした。
その結果、ヴァルール王の意志を継いで守りたいと思う者の数が増加、花畑作戦が継続されることになった。
多くの年月が過ぎていく。
毒竜は猛毒をまき散らしながら、毒消し草の花畑を食い荒らし続けた。
一方で、最も危険な役目を担う魔人や花畑を作る役目を担う魔人の数が死亡や治療離脱などで減っていった。
毒竜の注意を引き付ける役目を担う者がいなくなり、花畑を維持する役目を担う者の数も限界まで減ってしまった。
それでもなんとか毒竜を一定地域内に留め置くことができている。
多くの人々が長い年月をかけて作り続けてきた毒消し草の花畑の面積が広がり、その花畑を懸命に維持しようと頑張っている魔人がいることで猶予が生まれた。
とはいえ、花畑は刻一刻と減り続けている。
それは毒竜の猛毒が世界中に広がり、多くの生物が死に絶える未来が近づいているということだった。