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108 胃袋ガッチリ



 夕方が迫ると、歩行ルートでイベントに参加している人々に移動停止と野営準備の通達が出た。


 ヴァルールを出てから道なき道を進むような状態だが、魔物討伐者にとってはそれが普通。


 野営に向いている場所かどうかに関係なく、止まった場所で野営するのもわかっていた。


 だが、一般人のミントにとっては違った。


「ここで野営ですか?」


 馬車に乗っていたミントはキョロキョロと周囲を見回した。


「普通は水があるような場所の近くとか、ちょっと開けている場所とかで野営をしますよね?」

「関係ない」


 クロムが素っ気なく答えた。


「魔境のどこで野営をしても魔物がいる。水場は多くの魔物が集まるだけに危険だ」

「ああ、それもそうですね!」


 ミントは自分が知っている街道を行く旅と魔境を探索に行くことには大きな違いがあることを感じた。


「もしかして、火を使って煮炊きをしたりするのは禁止でしょうか? 煙や食べ物のにおいで魔物に居場所がわかってしまいますよね?」

「好きにすればいい。魔物が来たら倒せばいいだけだ」


 クロムはそう言うと、袋から石を取り出した。


「なぜ石を持っているのでしょうか?」

「野営をするからに決まっている」


 ミントは理解できなかった。


「えーと?」

「どこで寝る気だ?」

「馬車か、その辺?」

「魔物に襲われる」

「そうですけれど……他の人は普通にテント張ったりしていますよ?」


 移動用の馬車を宿泊場所にする者もいるが、気にせずテントを設置する者もいた。


「どうやって宿泊場所を確保するかは勝手だが、ダークエルフは石を使う」

「そうなのですね……」

「魔物討伐者用のテントもあるよ?」


 レイディンが声をかけた。


「でも、ダークエルフがどうするのか気になる」


 クロムと他のダークエルフたちは手のひらサイズの石を四カ所に置いた。


「十字?」

「木の棒で円を描いていますわ。魔法陣のようですわね」


 馬車の上に移動していたセレスティーナは、掘った場所と描かれた線を見て推測をした。


「魔物避けの魔法陣を描くのでは?」

「魔力で描かないんだ?」

「それだと魔力で描いた者が一晩中魔力を消費しなければなりませんわ」

「そうか! わかった! 大地の魔力だ!」


 大地に魔法陣を刻めば、大地に宿る魔力を使って効力を発揮させることができる。


 自分は魔法効果を誘導させる初動分だけでよくなり、長時間の魔力消費を必要としない。


「でも、すぐ消えないかな?」

「あの石が重要そうですわね」

「魔石だろうね。魔法陣を維持する装置みたいなものかも」

「描いたか?」

「大丈夫だ」


 ダークエルフたちが声を掛け合うと、クロムは自分が設置した石に手を当てた。


 わずかな光が溢れたあと、瞬時に魔法陣へ魔力が伝わっていく。


「夜は魔物避けの魔法陣の中にいろ。虫も蛇も来ない」

「わかりましたわ!」

「寝袋があるなら女性と子どもは馬車の上で寝ろ。他は知らない」

「エアリスはどうする?」


 レイディンが尋ねた。


「魔法陣があるならその中にいた方が楽だ。無駄な魔力を使わなくていい」

「それもそうだね」

「だが、土の上で寝るのは寝心地が悪い」

「僕もそう思った」


 レイディンは王子。土の上で野宿した経験はなかった。


「でも、大丈夫。ベッドを持って来た」


 魔法の収納にはさまざまなものを入れることができる。


 もちろん、ベッドも。


「ベッドを持って来たのか?」

「うん。魔法陣の上に設置してもいい?」


 レイディンはクロムに尋ねた。


「魔法陣を維持する石を動かさなければどこでもいい」

「じゃあ、この場所もらった!」


 レイディンはそう言うと、袋から天蓋付きの豪華な寝台を取り出した。


「もっと簡素なベッドだと思いましたわ」


 王宮の客間にありそうなベッドを見て、セレスティーナは呆れた。


「魔法収納だから重さもサイズもデザインも関係ない。寝心地が良い方がいいじゃないか」


 レイディンは早速ベッドのへりに座った。


「天蓋付きだから雨が降って来ても安心!」

「天蓋の上で寝ていいか?」


 エアリスが尋ねた。


「強度的に平気かわからない。エアリスはエルフで身長がある」

「魔法を使えば平気だ」

「じゃあ、いいよ」


 天蓋付きベッドは即席二段ベッドとして使用されることになった。


「食事はどうする? 持って来たものでもいいし、何か作る? 魔物が来たら僕とセレスティーナで倒せばいいしね?」

「そうですわね!」


 セレスティーナも即同意。


「ミント、どうしますの?」


 歩行ルートの食事担当者はミントだった。


「夜は冷えそうなのでスープを作ってもいいですか?」

「大歓迎!」

「嬉しいですわ!」

「スープだけにゃ?」


 キティは尋ねた。


「ここは綺麗な水場がないので、すでに準備してきたもので済ませようかと。串焼きもつけましょうか?」

「お肉にゃ!」


 ミントは魔法の袋から必要なものを次々と取り出した。


 レンガを四つ取り出すと、その上に大きな鍋を置いた。


「レイディン様、これを温めてください。具材も水も全部仕込んだものが入っています」

「わかった!」

「串焼きをあぶる方の練習はどうですか?」

「パオンは練習したから大丈夫だけど、他のものだと成功半分失敗半分かなあ」

「貴重な串焼きが消し炭になりそうな予感がひしひししますわね」

「私が串焼きの担当をする。魚と同じように焼けばいいだろう?」


 エアリスも野営のための道具をいろいろと持って来た。


「レイディン、火だけ起こしてくれないか?」

「オッケー!」

「お皿とスプーンを出しますね」

「手伝うにゃ」

「私も」


 ヴァルールの家にいるのと同じ。


 それぞれができること手分けした行うことで、すぐに夕食の準備ができた。


「あの……いかがですか?」


 ミントは恐る恐るクロムに尋ねた。


「美味い」


 クロムは驚いていた。


「ミントたちを護衛すれば、美味しいものが食べられるというのは本当だった」

「こんな美味いスープは初めてだ!」

「魔境の恵みが詰まっていそうなスープだ!」

「温かい! それだけで嬉しくなる!」


 スープも串焼きも大好評だった。


「パオンだよ」


 レイディンはあぶったパオンを配った。


「温かいパオンは好物だ」


 クロムはこれまでの無表情が嘘のように崩れていた。


「これは美味い!」

「わざわざ温めるのか」

「来てよかった」


 ダークエルフたちは温かいパオンを喜んだ。


「ところで、クロムたちは兄上の知り合いなんだよね?」


 レイディンはにっこりと微笑んだ。


「どこで知り合ったのかな?」

「魔境で知り合った」


 クロムは平然とした表情で答えた。


「それはそうだろうけれど、もうちょっとわかるように教えてくれない?」

「詳しく話すなと言われている」

「ふーん」


 予想通りだとレイディンは思った。


「でも、ミントとキティの護衛を頼むということは信頼しているし強いってことだ。仲良くしてくれると嬉しい。パオンのおかわりがほしかったら言ってよ。あぶるからさ」


 イベントは始まったばかり。


 焦らなくても、情報を入手できる機会はまだまだあるとレイディンは思った。


「スープのおかわりもあります。遠慮しないでくださいね!」


 ミントがにっこり微笑んだ。


「もらう」

「ほしい」

「遠慮しない」

「こんなに美味いものが出るとは思わなかった」


 ミントの作った夕食はダークエルフの胃袋をがっちりと掴んでいた。


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