01 婚約破棄した王子様
よろしくお願いいたします!
王立学校の卒業式が終わり、アフターパーティーの最中だった。
「セレスティーナとの婚約を破棄する!」
ついにこの時が来た。
王太子アーネストの宣言を聞いた誰もが思った。
そのあとはアーネストの婚約者であるセレスティーナがイザベラを狡賢い方法でいじめ続けたこと、王太子妃の婚約者にふさわしくない行為であることが伝えられた。
だが、氷の公爵令嬢と言われたセレスティーナは全く動じない。
男爵家の養女になったイザベラがいかに不作法で貴族の世界をわかっていないか、王太子であるアーネストにとって害悪でしかないかを冷静な口調で説明した。
「イザベラは礼儀作法を守りません。本人に何度も注意したにもかかわらず、態度を改めませんでした。強行手段を取るのは普通のことでは?」
「セレスティーナなりの正義があるのだろう。だが、私には私の正義がある」
アーネストはセレスティーナのやり方を認めなかった。
「王太子の権限により、セレスティーナには謹慎を命じる。今後についての処断が決まるまでは屋敷にいるように。連れて行け!」
待機していた騎士たちが近づき、セレスティーナに公爵邸へ帰宅するよう促した。
連行されるように騎士に囲まれて去っていくセレスティーナを見て、イザベラは喜びの笑みを浮かべた。
無事、ハッピーエンドね!
男爵家の令嬢イザベラは、自分は別世界から来た転生者、全く別世界に住む女性の人生を夢に見たことで、現在いるのは多くの異性の中から好みの相手を選んで結婚するゲームの世界と同じ、自分はその主人公だと思っていた。
「私の婚約者はいなくなった。イザベラ、私と婚約してくれるだろうか?」
「はい、喜んで!」
イザベラは満面の笑みを浮かべた。
ハッピーエンドにふさわしくキスされるだろうと思ったが、奥手のアーネストは優しく微笑むだけ。
まあ、いいわ。色仕掛けが通用しない王道の誠実キャラだもの。
イザベラはアーネストと婚約、結婚、王太子妃として贅沢な生活を一生送る。
そして、選ばなかった結婚相手にもちやほやされながら、ヒロインらしく楽しい一生を送ることができると信じていた。
ところが。
「なんですって? 王太子でなくなったーーーーーー????」
翌日、イザベラの屋敷に来たアーネストは王太子の身分を失ったことを伝えた。
「当然だろう。国王が決めた婚約を勝手に破棄した。宰相を務めるセレスティーナの父親の顔も丸つぶれだ。この機に乗じて、弟を王位に就かせたい者たちが一斉に騒ぐに決まっている」
アーネストは政略結婚で冷遇された前王妃の息子だった。
アーネストが生まれたあと、国王は責務を果たしたということで王妃と離婚、愛する女性を新しく王妃に迎え、第二王子のレイディンが生まれた。
レイディンは幼い頃から魔法の才能に恵まれていたため、レイディンを国王にすべきだと王妃やその支援者の貴族たちが主張していた。
それでも国王は長子であるアーネストが王太子だと思っていたが、王太子妃にふさわしくないイザベラに婚約を申し込んだことで決断した。
「私は国王にふさわしくないと言われていた。レイディンの方が優秀な王太子になれる。何も問題ない」
「大ありよ!」
イザベラは憤慨した。
「それじゃ王太子妃になれないじゃない!」
「王太子妃になりたかったのか?」
アーネストは静かな口調で尋ねた。
「当然でしょう! 誰だってそうだわ!」
「そうだったのか。だが、それは無理な話だ。イザベラの身分は低い。貴族たちが許さないだろう」
「うるさい貴族を弾圧して一掃するのがアーネストの役目よ!」
「私には無理だ。幼い頃から王家のために尽くして来た者を無下にするなと言われるだけだ」
「これからどうするのよ? 第一王子として離宮で暮らすってこと?」
国を治める面倒事から解放され、贅沢な生活を送るだけなら悪くないかもしれないとイザベラは思った。
「いや、臣籍をもらった。辺境伯として領地に赴く」
「公爵でもないなんて!!!」
辺境という名称から察するに領地は僻地。
王都追放も同然だとイザベラは思った。
「領地はどこなのよ?」
「ヴィラージュだ」
多くの魔物が生息する場所。
辺境とは名ばかりの魔境だった。
「私は魔法剣が得意だと知られている。魔物討伐をしていればいいと言われた」
「最っ低えええええええーーーーーーー!!!」
イザベラは絶叫した。
アーネストは温厚で優しいが、魔法剣だけはすごい。
そのせいで王太子になったようなものだが、国を守るために魔物と戦うには、王太子として王都にいるのは無駄。
むしろ、王太子の身分を返上して魔境の最前線で存分に戦ってほしい人材だ。
国王が決めた婚約破棄と身分が低い女性との婚約は、王太子の身分を返上させるには丁度良い。
レイディンを新王太子にして、アーネストは魔法剣の才能を活かせるよう魔境送り。
アーネストは自分の選んだ女性と婚約するためであればいいとして受け入れる。
一件落着。ハッピーエンド。
イザベラはそう推測した次の瞬間、全面的に大否定した。
どう考えてもバッドエンドよおおおおおおーーーーーー!!!
「魔境になんか行かないわ! すぐに死んじゃうもの!」
「私が守る。イザベラは白魔法が使えるだろう? 婚約者として私を支えてくれないか?」
「婚約なんかするわけないでしょう! お別れよ! さようなら!」
イザベラはアーネストとのエンディングを諦め、別のコースを選択することを決めた。
「残念だ」
アーネストは寂しそうな表情になった。
「だが、理解はできる。魔境に行くのを喜ぶ女性はいない。イザベラであれば一緒に来てくれるのではないかと思ったが、やはり難しいか」
「あったりまえでしょう!」
イザベラは全力で叫んだ。
「無理強いはしたくない。それがイザベラの選択であれば受け入れる。さらばだ」
アーネストは踵を返し、颯爽と立ち去っていく。
そのあとに付き従う騎士たちの姿は、アーネストに従う者ではなく、元王子を魔境へ連行する者のようだとイザベラは思った。
王都を出る門のところで、アーネストは弟のレイディンと謹慎を命じたセレスティーナの姿を見つけた。
「見送りに来てくれたのか?」
嬉しそうに微笑むアーネストを見て、レイディンは盛大なため息をついた。
「イザベラは一緒に行くのを拒否したようですね?」
アーネストに同行した騎士の一人がどうなったのかをレイディンにすぐさま知らせていた。
「仕方がない。魔境へ行きたがる女性はいない」
「私は行ってもいいのですけれど?」
氷の公爵令嬢――氷魔法を得意とするセレスティーナは冷たく微笑んだ。
「宰相が許さない。王都から出られないだろう?」
セレスティーナが身分を盾にしてイザベラをいじめたという主張は、理解できる理由があるとしても事実。
その処分として、セレスティーナは屋敷から出ない処分から王都から出ない処分に切り替えられた。
それでは得意の氷魔法を使うために領地へ行って魔物狩りをすることができない。
セレスティーナは不満たっぷりだが、愛娘に何かあっては困る宰相としては大喜び。
アーネストに断罪されたのは、かえって良かったと喜んでいた。
「僕から父上に取りなしましょうか? 第一王子として離宮暮らしを楽しむこともできます」
「それでは魔法剣を活かせない。王妃や貴族たちも心穏やかではないだろう。毒入りの食事かもしれないと疑う日々もつらい。父上の英断に喜んでいる」
「魔物と戦う日々を楽しみたいと?」
「王宮に巣食う人間と対峙するよりもいい」
レイディンは盛大なため息をもう一度ついた。
「わかりました。では、気を付けて。何かあったら知らせてください。補給物資を送りますので」
「助かる。レイディンも頼んだぞ。王太子の責務は重い」
「それは大丈夫です。僕は天才なので」
レイディンはにやりとした。
「では、行ってくる。見送りに感謝する」
アーネストは別れを告げると、領地まで同行する騎士たちと共に王都の門をくぐっていった。
「行ってしまわれましたわね」
セレスティーナはついていきたい気持ちを必死に抑えていた。
「狡いなあ」
王宮に巣食う魔物のような人間退治を弟に任せ、魔法剣を活用できる魔境へ行く人生プランを選択した兄に対する正直な感想だった。
「あれで優秀じゃないって思う者は節穴過ぎるよ」
「私も魔境送りの処罰になりたかったですわ!」
徹底的にイザベラをいじめたように見せかけるべきだったとセレスティーナは後悔した。
「公爵家の評判が落ち過ぎないよう気を付けたのが失敗でしたわ」
「セレスティーナも酷いよね」
レイディンはそう思う。
「家出でも出奔でも好きにすればいいのに、兄上の計画に乗っかって魔境送りを狙うなんて」
「謹慎だなんて軽過ぎます! アーネスト様は本当に意地悪ですわ!」
「兄上は究極のバカだよ。優しいという意味でね」
レイディンは仕方がないとばかりに首を振った。
「帰る。王宮に巣食う人間と対峙しないと」
「面倒なので氷漬けにしたいぐらいですわ」
セレスティーナはハッとした。
「口うるさい者たちの口を凍らせてしまえば、魔境送りになりそうですわ!」
「氷魔法は禁止。魔物討伐を一生禁止されるだけだ。その方がセレスティーナにとっては重い処罰だけにね」
チッ。
レイディンは舌打ちをしたセレスティーナを王宮へ連れ帰り、宰相に引き渡した。