プロローグ01 通学路でのできごと
中3の秋、出会いは俺にとって突然だった。
髪にバスタオルをあててゴシゴシ。風呂上りは気持ちがいい。
何気なくテレビのスイッチをオンにした。
ちょうどはじまったローカル番組のオープニング。
バスタオルを床に落とした。
心臓がバクバクと脈を打った。速い、速過ぎる!
画面には、アイドルユニットひじり84の12人。
いや、俺の目に焼き付いていたのはたったの1人。
山吹さくら
ただ1人。
汗や熱量が直に伝わるような激しいダンス。
高音を響かせる楽器のような華やかな歌声。
人の心に簡単に触れるような清らかな笑顔。
どれもが俺にとっては初体験だった。
映像でこの迫力。
もしもライブに行けたら、どんなにすごいことだろう。
行きたい。絶対にライブに行きたい!
ずっと両親と暮らしていたら、山吹さくらに出会えなかったかもしれない。
出会っていても、これほど鮮烈な印象を得なかったかもしれない。
だからこそ、俺は運命を感じた。
「じいちゃん。俺、学校に行く!」
「章や。よく言った。それでこそ坂本家の跡取りじゃ!」
次の日から、俺は休まず学校に行った。
頑張って勉強した。成績も少しずつ上がった。
因数分解は強敵だった。現在分詞は、今でもさっぱり。
そして、東京の高校を受験し、合格した。
小学校のころは人気者。自分には、何だってできると信じて疑わなかった。
わがままで、ごうまんな性格だった。
中学に入ってからはいじめられっこ。一時は学校にも行けなくなった。
何事にも自信を持てなくなった。
でも俺は、山吹さくらと出会い、努力するようになった。
何だってできるとは思わない。
何かできることがある、そんな風に思えるようになった。
これは、そんな俺の東京での高校生活を描いた物語。
==========
入学式の日、通学路。
俺はある十字路で、予定通り足を止めた。
通称、さくらスクエア
山吹さくらの看板が取り囲むように配置されている。
中に立つと、まるで山吹さくらに囲まれているよう。
俺にとっては幸せな場所。都会のオアシス。
ギリギリまでたっぷりと堪能したあと、遅刻しないようその場を離れた。
坂道を登る。同じ制服を着た人の列。急ぐでもなく、のんびりでもない。
見上げれば満開の桜。どこからともなく香るヤマブキ。
花を楽しみつつも急ぎ足。さくらスクエアに長居し過ぎた!
黒いバンが俺を追い抜いて停まった。俺はさくらに見惚れ、上を向いていた。
だから、バンから女子が降りてきたのに気付かなかった。
女子が地味だったせいもある。俺たちはお互いに相手を認識できなかった。
俺と地味な女子は、出会い頭にぶつかった。
避け損ねた女子が転びそうになった。
危ないっ!
俺はそれを支えようと必死に手を引っ張った。
女子は、その身体は、俺が思ったよりも軽かった。
ふわふわで、守らなくてはいけない存在に思えた。
俺が力の加減を誤った。ヤッベ!
強く引きすぎて勢い余ってまたぶつかった。
今度は顔と顔。唇と唇がぶつかった。
つまり、俺たちはキスをした。
ほんの数秒のことだった。
そのお味は、地味だった。
いちご味でもレモン味でもなかった。
不可抗力のキス。俺のファーストキス。
どうせなら、めっちゃかわいい子とだったらよかったのに。
山吹さくらとだったらよかったのに。
それがどこかに通じたのかどうか、分からない。
キスを終えたあとのぶつかった女子は、山吹さくらになっていた。
さくらスマイルだった!
さくらスメルもした!
東京の高校に進学し、入学式初日になんてラッキーなんだ!
いや、ぶつかった女子が山吹さくらだという確証はまだない。
山吹さくらへの熱い想いから、俺が幻覚を見たのかもしれない。
そもそも東京の女の子は、みんなかわいいのかもしれない。
それよりも不思議なことに、また数秒が経ったとき山吹さくらは消えていた。
代わりにそこにいたのは、地味な女子。艶のないおさげ髪に大きいメガネ。
地味の代表取締役社長みたいな女子だった。
女子が、ぶつぶつ言いながらその場を立ち去ろうとした。俺もそんなに気に留めなかった。
ふと、風が2枚の花びらを運んできた。
1枚は黄色くて、もう1枚は淡いピンク色。
「ヤマブキ……さくら……。」
山吹さくらのことを意識して言ったつもりはない。
俺は、花びらを見て、その花の名を言っただけ。独り言程度に。
俺の独り言が聞こえたのか、地味な女子が一瞬立ち止まった。
俺を一目見るなり顔を赤らめ、足早に去っていった。
俺は、追いかけようとは思わなかった。ぶつかったのはお互い様なんだから。
相手が山吹さくらってわけじゃないんだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも『この作品が面白い』『この作者を応援したい』と思ったら、
ブックマークや評価をください。更新の励みになります。
本日は複数話の投稿になります。
ご期待ください。