6.コブリン襲来に備えて
一角獣サイレンスアローは、野草を食んでいたが耳をピクリと動かした。
『……お客さんだね』
「客?」
そう聞き返すと、サイレンスアローはしっかりと頷いた。
こんな深い森に客なんて珍しい。そう思いながらサイレンスアローの視線を追うと、そこには獣……ではなく、緑色で子供くらいの大きさの影が見えた。
あれって……もしかして……
そう思いながらサイレンスアローに視線を向けると、彼は頷いた。
『ゴブリン……鬼の幼体とでも言うべき存在だよ』
ゴブリンと聞くとザコモンスターと反射的に思ってしまいがちだが、鬼の子供だと考えるとゴブリンの印象も大きく変わってくる。
「退治……した方がいいかね?」
そう言いながらマジックライフルを出そうとしたが、サイレンスアローは首を横に振った。
『いいや。むしろ一角獣と日本人2人が一緒にいる……ということを知らせてくれた方が都合がいいかな?』
意外な言葉だったので、俺はどういうことかと疑問に思った。一角獣と日本の若造2人となると、厄介になる前に退治しに来てしまうのではないだろうか。
そう思っていたら、サイレンスアローは笑って言った。
『こちらから攻め込むよりも、向こうから攻めさせた方が対処が楽だ』
な、なるほど……って、ちょっと待て。何気なくサイレンスアロー君は凄いことを言っているじゃないか。
「猟犬や家畜カードを使って、少しでも戦力を強化した方がいいか?」
『いいや。このまま3人だけで迎え撃とう。下手に頭数を増やすと……敵が攻撃そのものを中断する恐れもあるからね』
畑の作物の面倒を見てきた涼花も、俺たちの会話に関心を持ったようだ。
「私は今までゴブリンの斥候を見たら、すぐに避難していたけど……迎え撃つなんてすごい発想だね」
『せっかくログハウスとか畑とかを設置したからね。最悪でもこれらを失っても敵を倒さないと、ここで牧場を作るなんて夢のまた夢だよ』
そう言うと、サイレンスアローは俺の背中に角を近づけきた。
「……何をしているんだ?」
『少しじっとしてて』
「え、ああ……?」
サイレンスアローは、少し声のトーンを落とした。
『腰の筋肉が肉離れを起こしてしまっているね……これは確かに痛そうだ』
「もしかして、ぎっくり腰を治してくれているのか?」
『狙撃しているときに、腰に痛みがあったら戦えないでしょう? 丁寧に痛みを取り除いていくよ』
およそ30分ほど、サイレンスアローは角を近づけて治療を行ったが、よく観察してみると治癒術は全くかけてはいなかった。
どうやらコイツは、体や角から流れ出る余剰生命力だけで、俺の腰の部分に弱いヒールを当てて免疫能力をブーストするという上級ヒーラーテクニックを駆使しているようだ。
いや、言い換えるなら、俺が一生涯に渡って悩まされると思われた腰痛も、コイツにとっては身体から流れ出るわずかな生命力だけで治療できるシロモノなんだな……なんだかすげー!
『終わったよ』
そう言われると、俺は試しに近くにあった岩を持ち上げてみた。
「おお……腰がぜんっぜん痛くねえ!」
『8割がた治しておいたけど、あまり無理な恰好をしたり、腰に重度の負担をかけるとまたギックリ腰になるから気を付けてね』
「わかったぜ、ありがとな!」
涼花も、錫杖という輪っかがたくさんついた杖を出すとこちらを見た。
「ゴブリンと戦うのなら……私の力も役に立つかもしれない」
「……その杖でゴブリンをぶん殴るのか?」
そう聞き返すと、涼花は苦笑いしながら答えた。
「私の腕力じゃゴブリンを怒らせるだけだよ」
彼女は指先で輪っかを動かして、不思議な感じの音を響かせた。
「霊力を放出しながら、この音を響かせると魔物たちの力を削いでいくことができるの」
俺は納得しながら答えた。
「なるほど。1対多数の戦いで意味がある……一種の範囲攻撃か」
そうそう。と言いたそうに彼女は頷いた。果たして……涼花の範囲攻撃はどの程度効果のあるものなのだろう。
【ある日の牧場にて】
俺ことレンは、飼い葉の入ったバケツを出しながら質問した。
「なあ、サイレンスアロー?」
『なんだい?』
「さっき能力欄を見ていたら、マジックシールドって項目があったんだけど、これってなんだ?」
マジックシールドとは、キャラクターの能力欄の中のパラメータのひとつである。
朝比奈怜
固有特殊能力:
ガチャ&ミッション AA ★★★★★★★★★★
近距離戦 C ★★
魔法戦 D ★
飛び道具戦 B ★★★★★
マジックシールド C ★★★ ←これのこと
防御力 C ★★
作戦・技量 C ★★★★
索敵能力 C ★★★
行動速度 B ★★★★★
勝利への執念 C ★★
経験 D ★
主人公との友好度 ≪測定不能≫
その画面を眺めていたサイレンスアローは頷いた。
『ああ、これはね……人間が魔物やダンジョンの病気に対抗しようとして現れた、一種の防壁のようなものだよ』
「魔法に対しての防御力って訳じゃないんだな」
俺がそうつぶやくと、サイレンスアローは視線を上げた。
『まあ、魔法も防いでくれるから間違ってはいないよ。魔法に限らず、物理的な攻撃を防いでくれるオーラの壁というべきかな?』
「★★★って、どれくらい強いの?」
サイレンスアローはニッ笑いながら近づくと、俺に甘噛みならぬ甘蹴りを入れた。
すると、俺の身を守るように透明なドーム状の壁が現れて、サイレンスアローの甘蹴りを防いだ。
『星3つなら、一般の成人男性の金属バットの振り下ろしを3・4回くらい防ぐ感じかな?』
「じゃあ、星4なら4回か!?」
『いいや。これは対数になっているから、そういう単純な話じゃないんだよ。星4なら2・3人に囲まれてバットで撃たれても10回くらいは耐えるよ』
俺は少し考えると、サイレンスアローを見た。
「じゃあ、星10なんて言ったらどーなるんだ?」
サイレンスアローは少し考えてから答えた。
『確か、星7~8の能力者が全力で防御すれば、日本の陸上自衛隊のヒトマル式戦車の複合装甲と同等の防御力になるから、星8の相手でさえも、対戦車ミサイルを複数方向から同時発射しないと……まともなダメージを与えられないんじゃないかな?』
何だか納得した俺は、笑顔で頷いた。
「つまり短く言えば、バケモノということだな!」
『そう、シンプルでわかりやすい言葉だね!』