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56.アローを50億円で売ってくれ!

 東京優駿こと日本ダービーの開催が近づいてきた日。

 俺は今日も、放牧エリアに散らばっている馬糞ボロの片づけをしていた。なんだボロか、とかバカにしてはいけない。これだって集めてからしかるべき場所で発酵させれば立派な肥料になる。


 マティスの息子マティソンは、俺が掃除しているところを見ると駆け寄ってきた。

「オーナー! そんな作業は僕に任せてくれれば……」

「駄目だよマティソン。オーナーが一番汚い場所の掃除をする……それくらいの心構えがないと、いい牧場はできない」


 マティソンはそういうモノなのかと言いたそうに茫然としていたので、俺は指示を出すことにした。

「そういえば、畑の水やりは?」

「わ、わかりました……では僕がやってきます!」



 集めたボロを牧場の隅に集めていると、真丹木調教師がやってきた。

 サイレンスアローたちは美保トレーニングセンターにいるから、俺に直接会いに来る必要もないんだけどな。

 そう思いながら真丹木調教師と挨拶を交わした。


「こんにちは。サイレンスアローたちの様子はどうですか?」

「彼らの調教なら順調です。それよりも……」

 調教師は、俺の耳元に手を当てると小声でささやいた。

「ドデッカーイ牧場のオーナーのバクガーイさんが、サイレンスアロー君を是非譲ってくれと……」


 いやいや、サイレンスアローは俺の弟だ。

 ただでさえ、弟が稼いだお金で牧場を運営しているのに、最大の功労者である彼を売るなどあり得ない話だ。

「弟を売ったりはしませんよ。お断りします」

「……それが、50億円を即日で出すと」


 50億円か。

 俺のような一般人では、一生に一度もお目にかかるような金額ではないからか、かえって頭は冷静になっていた。

「じゃあ、その人にはこう伝えてください」

「は、はい……」

 真丹木調教師が手帳を出すと、俺は準備が終わるのを見計らってから言った。

「確かにありがたい話ですが、自分で自分を売ったりはしません」


 真丹木調教師は、そうか……その手があったかと言いたそうに表情を変えると、すぐに頷いた。

「わかりました。すぐに返答をしてきます!」

「ああ、もし……種馬の運用を考えてるのなら、役割は果たせないという言葉も追加で!」

「承知しました!」


 今のやり取りを聞いていたのか、タイミングよくスマートフォンが振動した。

「どうしたアロー?」

 そう質問すると、画面の中はサイレンスアローの視野となっており、本人の声が聞こえてきた。

『おもしろい受け答えだったね。おかげで助かったよ』

「……というと?」

『最近、種馬アプローチが多くて困っていたんだ』


 お前でも……スケベじゃん。と答えたくなったが、なんとなくサイレンスアローの性格を考えると、種馬になることを嫌がる理由も理解できた。


 馬の種付けは、基本的に馬主や牧場主同士が勝手に決めた相手と交わることになる。

 当然のことながらアローから見れば、好きではない牝馬の相手をしたり、場合によっては相手に嫌がられて蹴られる危険性もある。


『小生としては、1000頭の奥さんを持つよりも、1頭の牝馬を1000回抱きたい』

「た、確かに……お前ほどスケベなら、一度惚れた牝馬をそれくらい愛せるかもしれない」


 あまり長々と話しているとアローの練習の邪魔になる、そろそろ切ろうかと思ったら、アローが声色を変えた。

『……また、誰か来たよ……これじゃあ、落ち着いて練習もできない!』


 この様子だと、サイレンスアローは牧場で練習をしたいと言い出すだろうな。

 さて、今のうちに芝コースのチェックでもしておくか。


 そう思いながらレン牧場の芝コースへと近づくと、昨日の雨でコースが水浸しになっていた。

「ああ、そういえば昨日は雨だったっけ……こんなにビチャビチャじゃ練習にもならないな」


 こうなったら、この光景をアローに伝えるしかないか。

 スマートフォンのカメラ機能を使い、コースの様子を映そうとすると……ん、メニューの中に妙なアイコンが混じっていることに気が付いた。


 この芝コースって、もしかして……

 アイコンをチェックしてみると、中にはコースの状態を整えるという機能があることに気が付いた。


 これを応用すれば、土砂降りの翌日でも、乾いた芝コースとして練習することも、カンカン照りの日を想定して、水を撒いた状態を想定して練習することもできる。

 俺はすぐにサイレンスアローと涼花と真丹木調教師を呼ぶことにした。



 機能を説明すると、真丹木たちは驚いた様子でスマートフォンを眺めた。

「ほ、本当ですね! なんて凄い機能でしょう!!」

『すぐに使ってみようよ!』

「ああ!」


 まずはサイレンスアローが空ウマの状態で、乾いた状態にした芝コースをぐるりと1周してきた。

『大丈夫だよ。なるべくゆっくりと走ってきたけど、本当に乾いた状態の芝コースだ!』


 俺はすぐ、真丹木調教師や涼花を見て頷いた。

 東京優駿まで、日は限られているが、それまでの間でもレン牧場の芝コースなら十分なトレーニングができる。

 いや、それだけでなく、前日に雨が降って足場が悪くなったような状況でも、対処できるようにトレーニングできるのは大きい。


 その時に限って……というトラブルは、今までの俺の人生で何度となくあったからだ。

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