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51/64

51.勝敗を分けた僅かな差

 中山競馬場の皐月賞。

 シリウスランナーとギャロップジミーの戦いは、いよいよ本格化しそうな空気になってきた。


 第4コーナーの時点では、ギャロップジミーの方が優勢だ。彼は強靭な脚を軽やかに動かしながら、前へ前へと進んでいく。

 この時点になると、馬群の前方にいた馬たちの体力は、すでに30パーセント近くまで減っていた。


『逃げ馬が屈強なジミーを恐れて、自然とオーバーペースな戦いになっている……』

「オーバーペースになると、逃げ馬と先行馬が不利……なんだっけ?」

『状況にもよるけど、逃げ馬にとってはやりづらいレースになるだろうね。どちらでも影響がないのは姉さんくらいだろう』



 そんなことを言っている間に、馬群先頭のウマが最後の直線に入った。

 すでに前の3頭の体力は、25パーセントとサイレンスアローは予測している。これなら、体力を45パーセントほど残しているギャロップジミーの敵ではない。


 サイレンスアローの予測を裏付けるように、ギャロップジミーは50メートルほどで、トップを奪い取った。


 彼は、そのたっぷりとして筋肉を力強く動かしながら、中山競馬場の坂道を突き進んでいく。

 ギャロップジミーの体力は坂道を駆け上がると、残り20パーセントを下回っていたが、不思議と危うさはなかった。

 俺の脳裏には、年末のホープフルステークスの光景が焼き付いていたからだろう。残り100メートルも、コイツなら文字通りに死ぬ気で走り抜く。


 そのある種の期待に応えるように、ジミーは汗を全身から流しながらも、懸命にゴールを目指していた。


 しかし、そのまま終わらせてくれないのが皐月賞である。後方の坂道を、まるで突風のように駆けてくる黒い影があった。

「シリウスランナーか!」


 シリウスランナーの末脚は、他のウマとは次元が違った。

 その黒い脚が1歩、前に進むたびに1頭ずつライバルが抜き去られている。ランナーの体力も……残り25パーセント。


 ゴールポストとギャロップジミーの差は、90メートル。

 ギャロップジミーとシリウスランナーの差は、残り10メートル。


 瞬きをしていたら見逃してしまうような、そんな刹那のやり取りの中で、俺はジミーとランナーが確かに鋭い意思が、火花のように散らしていることに気付いた。



 シリウスランナーの胸中には、なんとしてもダービー馬になるという思いがあるようだ。皐月賞を制し、東京優駿を制し、その先も引退までずっと走り抜けて、燃え尽きてしまった父を越えようとしている。


 ギャロップジミーの胸中は、もっと単純だった。

 あくまで彼はチャチャカグヤが好き。彼女に相応しい一角獣となることだけを考えて走っている。たとえ片思いであったとしても、相手にされなかったとしても、自分という競走馬の力を限界まで高める。そんな気迫でゴールを目指していた。


 シリウスランナーの身体が、どんどんギャロップジミーに近づいてくる。

 体力バーを見ると、ギャロップジミーは12パーセント。シリウスランナーは14パーセント。もはや両者ともに限界のはずだ。ほぼ、気力だけで走っていると言ってもいい。


 残り50メートルを切った。

 リードしているのはギャロップジミーだ。体力の残りはジミーが10パーセント。シリウスランナーは11パーセント。

 これ以上、体力を低下させると寿命が縮むほどの影響を受けるが、それでもジミーもランナーも走ることを止めようとしない。騎乗している騎手たちも必死な形相で鞭を入れていた。


 2頭がゴールポストを越えた!



 俺も、サイレンスアローも、涼花も、チャチャカグヤも、真丹木調教師も、グランパレードも、チャイロジャイロも、その他の関係者も、一言も発することなく……画面をただ黙って睨んでいた。


 観客席がざわついているなか、掲示板に映し出されていた【審議】の文字が消えた。


 勝ったのは……ギャロップジミーだ。

 着差はハナ差。本当に紙一重の差が、両雄の勝敗を分けた。



 その様子を眺めていた涼花は、静かにつぶやいた。

「シリウスランナーは……何が足りなかったんだろうね……?」


 俺は言葉に詰まっていた。

 運という言葉で片づけてしまえばそれまでだが、ギャロップジミーとシリウスランナーの必死なやり取りを見ていたら、そんな言葉ひとつで片づけられるものではないような気がした。


『強いて言うのなら……本能かな?』

 どういうことだと思いながら、サイレンスアローを見たら、彼は淡々と言った。

『シリウスランナーは、自分自身の理想のため……という感じだった。それは立派なことだと思う』


 俺が頷いて話を催促すると、サイレンスアローは話を続けた。

『だけど、ジミーは本気で姉さんを好きだと思っていた。少しでも近づきたいと無我夢中で走った……たとえ今日のレースに小生が参加していても、あのジミーには……勝てない』


 思わず生唾を呑んでいた。

 そうサイレンスアローに言いきらせるほど、今日のギャロップジミーは強かったんだ!

『だからランナー……恥じることはない!』



グレードワン 皐月賞 中山競馬場2000メートル 優勝:ギャロップジミー

【作者より】

 どこか悔しそうなサイレンスアローを尻目に小話をさせていただきます。


 フランスからの刺客エレオノールペルル。

 彼女はすでに桜花賞を制し桜花賞馬となっています。さて……彼女の次の一手はいかに!?

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