39.グレードワンのレース
俺は、自分のスマホを眺めながら「マジかよ……」と呟いていた。
俺こと朝比奈怜には、ミッションを達成すると報酬を得られる能力があるわけだが、今回はその報酬が破格とも言えるものだった。
ミッションの内容がまず、【ホープフルステークスで3着以内に入ろう】である。
グレードツーや、グレードスリーのレースは、1着にならなければ報酬は得られなかった。しかし、ホープフルステークスや朝日杯フューチュリティステークス、阪神ジュベナイルフィリーズは、3着以内に入ればガチャコインが最低でも1枚は手に入る。
更にこれらのレースは、1着になると更に2枚の達成報酬が得られるようだ。さすがは日本で最難関と言われる、グレードワンのレースだけある。
ただ……一つ気掛かりなことは、サイレンスアローが今回のレースで勝てるのかという話だ。
今回は14頭立てのレースだが、どのライバルも体重は450キログラムを超えている。一方でサイレンスアローは368キログラムだ。
特にライバルの牡馬たちと比べると、体重が100キログラム以上も差がついていることも珍しくない。
「まあ、それでも2番人気なんだから……凄いよな」
さて、肝心の一角獣サイレンスアローはと言えば、厳しい表情のままゲート前で準備運動をしていた。
さすがに雨足も強まってきたし、他のウマたちとの体格差を気にしているのだろうか。今までの相手は得意の俊足で何とかしてきたが、今回のライバルたちはギャロップジミーをはじめとして簡単には行きそうにない手強い面々だ。
【やはり、みんな……小生のことをマークしているな】
【雨が本降りになってきた。涼花お姉さんの体調が気掛かりだ】
【誰もが体調も、騎手との相性もいい……難しいレースになる】
そうか。そうだよな……考えてもみれば、サイレンスアロー限定騎手の涼花は、大雨の中でのレースはこれが初めてだ。
そのうえ今は12月だ。騎手は雨の中でも傘などの雨具は使えない。彼女の身を守っているのはヘルメットやユニフォームなどの限られたモノばかり……確かに心配になる。
そんなことを考えていたら、サイレンスアローの視野を映している俺のスマホから、涼花の声が聞こえてきた。
【勝ち続けると、全てのウマと騎手を敵に回す……という話。どうやら本当みたいだね】
いやいや、君はまず……自分の体調を気にしてくれ!
淡々と各馬はゲートへと入っていき、ついにサイレンスアローや、1番人気のギャロップジミーもゲートに収まった。
【雨が……強くなったな。ツキがない……】
今のは、サイレンスアローの本心だろう。
やはり棄権するべきだっただろうか。そういう言葉が脳裏をよぎった直後に、ゲートが開いた。
「…………」
「……!? そ、そのポジションか!?」
サイレンスアローは、素早くゲートから駆け出したはずだが8番目という順番だった。
ギャロップジミーは5番目。先頭から最後尾まで14頭だ。しかし、どうしてサイレンスアローはこんな中途半端な位置に付けたのだろう。
「なにか……狙いでもあるのか……?」
俺が思っているように観客席にいる観客たちの多くが、不思議そうな顔でサイレンスアローを見ていた。しかし、騎手たちの表情が柔らかいことが気になる。
冷たい雨粒が、次々と競馬場の芝に降りしきるなか、14頭の2歳馬たちは中山競馬場の坂道を駆け上がった。
「これって……もしかして……!」
脳裏に悪い予感がよぎったとき、スマートフォンの下部にサイレンスアローの考えている言葉が、文字として映った。
【まずい……完全にマークされてる】
【小生はあくまで、最後尾というポジションを取りたかったのに……!】
引いたスタートラインが悪かったと言うべきだろうか。
体中を雨粒で打ち付けられたサイレンスアローの毛は、すっかり雨粒を吸って重くなっており、キレのあるスタートを切って先頭を確保することができなかった。
ならばと最後尾からのスタートを切ろうとしたアローだったが、その行動も他の騎手たちに読まれており、前だけでなく後ろという本来なら取りたかったポジションもベテラン騎手たちに抑えられている。
不安を感じていたのは涼花も同じだったようだ。彼女は騎乗技術だけはベテラン騎手なみだが、こういうプロ同士の駆け引きには慣れていない。
しかも……彼女もお稲荷さんのしもべのような身なりをしている。体中に雨粒の洗礼を受けているせいか、普段よりも体重が重みを増している。
俺は体中が、恐怖によって身振りしていることに気が付いた。
トップ騎手たちからの執拗なマーク。サイレンスアローの読み違い。そしてなにより、ギャロップジミーの体中の筋肉の力強さが……前のレースの比ではない。
――このレース……完全に運に見放されている!
「無理するなアロー! この戦いは捨てていい。無茶をして体を壊すことだけはするな!」
そう伝えたが、サイレンスアローはあくまで前だけを見ていた。
【ありがとうレン兄ちゃん! だけど……】
そこまで言うと、アローはなんとレースが始まった段階から角を光らせた。
このホープフルステークスは、2000メートルも走らないといけないレースだ。コイツがレース序盤から切り札を出したことがあっただろうか!?
「……アロー?」
【誰もがおしまいだと思える状況でも何とかする……】
今の言葉と同時に、サイレンスアローの瞳の色が青白く光った。
すると、周りを包囲していたウマたちが怯えだした。表情を大きく変えてペースを乱す者。騎手の指示なく間隔を開けようとする者。怯えてよれる者など様々だ。
周囲にいるトップ騎手たちは、一瞬のうちにウマをコントロールして体勢を立て直したが、誰しもが恐ろしいバケモノでも見るような目でサイレンスアローを睨んできた。
『不可能は破壊できる……アキヌフォートは、そう教えてくれた!』
レース中盤になると、一角獣サイレンスアローは優れた頭脳を総動員して、ライバルウマたちの残り体力の予測値をはじき出していた。
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2章もクライマックスへと進み、勢いに乗ったまま3章へと入りたいと思います。
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