捨てられない思い出
どうも、伊達幸綱です。それではどうぞ。
「……よし、準備は良いな」
始業式の朝、俺は自室で独り言ちる。時間は七時半、俺は歩いて登校する側なのでこのくらいの時間にいつも出ているのだ。
「さて、そろそろ出た方が……あ、これも忘れちゃいけないな」
そう言ってから俺は勉強机の上に置いてある物を手に取る。それは一個のポケットティッシュだ。俺が小さい頃に流行っていたヒーロー物の絵の入れ物に入っているものだが、もう十数年経った事で軽く汚れてしまっていた。
「……俺もバカだよな。名前も知らない顔も一度しか見た事がない相手から貰ったこれをずっと持ってるなんて」
独り言ちながら俺は苦笑いを浮かべる。これを貰ったのは俺が小学校に入る前の頃だ。その時の俺はもう少しで小学生になるというワクワクと期待をいつも感じていて、その日も近所を走り回っていた。
けれど、その時にうっかり転んでしまい、痛くても泣きはしなかったが、流石に転んだ事で血が出てしまったのだ。そしてどうしようとかとオロオロしていた時にその子は現れた。
俺にこのポケットティッシュをくれたのは、これまで見た事の無い女の子で、長い髪で目が隠れていた内気そうな子だった。その子はどうしたのかと声をかけてきた後に俺の膝から血が出ている事を発見すると、冷静にポケットティッシュを取り出して四角に畳んだ後に傷口へと宛がって、持っていたヘアゴムで留めてくれたのだ。
そして絆創膏を持っていなかった事を謝った後、また血が出た時に使ってほしいと言って持っていたポケットティッシュを俺に渡し、名前を聞く前に立ち去ってしまった。
それ以来、俺はこのポケットティッシュを中身を入れ換えながらずっと持っていた。そのせいで少しずつ外側は汚れてきてしまったが、それでも思い出の一つであるために捨てられず、外に行く際はいつも持ち歩いているのだ。因みに、ヘアゴムは流石に劣化して切れてしまったので、無くならないように机の中に大切にしまっている。
「……今日も世話になるな」
ポケットティッシュに呼び掛けてから俺はポケットに入れようとした。すると、玄関のチャイムが鳴り、何事かと思った俺はポケットティッシュを持ったままで部屋を出て玄関へと向かった。
玄関には既に両親がいて、ドアが開いた先には俺が通っている学校の女子用の制服を着た前髪で目が軽く隠れた女の子とその両親と思われる二人がいた。
そしてそのまま近づいていくと、足音に気づいたのか父さんがこちらに顔を向け、にやにやとしながら話しかけてきた。
「志受光夜隊員、お前に重大なミッションを与えよう」
「なんだよ、ミッションって」
「あのね、光夜。こちらの小栗さん達が昨日ウチの隣に越してきたんだけど、元々はもう少し前に来る予定だったみたいなの。
でも、引っ越しの際に色々ゴタゴタがあって、昨日になった上にそれも夕方頃になったからまだ娘さんの真昼ちゃんが学校への道がわからないようなの。だから、案内しながら登校してあげて」
「それは良いけど……」
突然の事に戸惑いながらも始業式の日から面白い事が起きたなと思っていたその時だった。
「……あ、そのポケットティッシュは……」
真昼ちゃんが突然俺の手の中のポケットティッシュを指差した。
「え、これの事か?」
「……ねえ、膝の怪我ってあれからちゃんと良くなった?」
「良くなったけど──え、それじゃあまさか君は……!?」
俺の声に真昼ちゃんは少し恥ずかしそうに頷き、両家の両親は納得顔で頷き合った。これまで捨てられなかった思い出、それは新しい思い出を作るためのチャンスを俺にくれたようだった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、また別の作品で。