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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

0077

作者: Aju

 私のコードナンバーは0077。通称は JB 。

 もちろん、普段そんなものは名乗ったりはしない。私の名前は、状況によって常に変わる。千の名前を持ち、千の顔を持つ男だ。

 そう。私は情報機関のエージェント。いわゆるスパイである。


 今、私は作業服に工具箱といういでたちで、C国大使館の廊下を歩いている。空調システムの定期メンテナンスを行う作業員としてだ。

「最近、景気はどうだい?」

 一応の監視役としてついて回っている下っ端職員のホァンが、あくび混じりに私に聞いてきた。

「さっぱりでさぁ、ダンナ。ここの仕事頂いてるから、まだうちァもってますがね。」

 私は、この1ヶ月、尾行と盗聴と盗撮で、この50がらみの人の良いヒスパニック系の作業員に完璧になりすます技術を会得していた。

 もちろん、本物は今、車のトランクの中でオネンネだ。

 この作業員は10年以上ここで働いて信用を得ている。私の変装は完璧で、まず見破れる者はいまい。

 私は歩きながら、見たもの全てを写真型記憶で脳裏に焼き付けていった。


 あらゆるものを見逃さず、あらゆる音を聞き逃さない。

 ホァンの微表情の変化で、重要な部屋とそうでない部屋を判断して記憶してゆく。歩数を数え、全体の大きさと間取り図を頭の中に組み上げてゆく。

 後日侵入した時に、速やかに行動するためだ。


 00ナンバーは伊達に与えられるものではない。私もまた厳しい訓練を耐え抜き、命懸けの最終選考に残って、このナンバーを手にした。

 一流の棋士や数学者のような知能を持ち、トップアスリートのような身体能力と世界中の格闘技の技術を持ち、揺るぎない愛国心を持ったエリート。——それが、00ナンバーを持つエージェントである。

 私は世界中にいくつかの『生活拠点』を持っているが、その隣人たちの誰もが、私の本当の顔は知らない。本当の名前も知らない。

 私の生活のすべてが、フェイクである。私はどこにでも侵入するし、どこにも存在しない。

 それが、00ナンバーなのだ。


 一時、諜報活動はデスクの上の端末と人工衛星だけで行うような時代になりかかったことがあった。

 しかしそれは、絶え間ない技術競争によって、盗聴と暗号、フェイクと分析、サイバー攻撃と防御の際限なき輪廻のスパイラルに入り込んだだけだった。

 結局、最終的に確実な情報を得て、確実な工作を行うには、昔のように訓練されたスパイが敵地に潜入するのが間違いがない——という結論に達して、「エージェント」活動が復活したのである。


 ただ、ジェームス・ボンドやジェイソン・ボーンの時代と違うのは、我々は体内にいくつものサポートマシンを埋め込んでいる、ということだった。

 筋力を倍増させる、筋繊維アクチュエーター。身長を自在に調節する、伸縮機能付き人工骨。脳の力を何倍にも引き上げる、様々な AI を搭載したマイクロコンピューター。等々・・・。

 つまり、00ナンバーは半サイボーグなのである。


 今回のミッションは、この大使館で行われているスパイ活動の情報を、我が国の情報機関が入手するための「仕掛け」を施すことだ。

 具体的には、この大使館で扱われる極秘情報の報告先に、それとはわからない形で我が国の情報収集端末を密かに追加することである。

 外部からC国の通信回路に侵入すれば痕跡が残って把握されてしまうから、それなりのアクセス権を持つ人物の端末に直接感染させねばならない。

 そこで、私の出番というわけだ。



 3日後の深夜、私は密かに大使館の敷地内に忍び込んだ。3日前、点検に訪れた際、電源回路に仕掛けを施し、監視カメラと防犯システムの電源の一部が数分間だけ停電するようにしておいたから、私の姿は記録されない。

 時間を計る。設定した時間に設定した侵入経路を通って、まずは点検口から監視カメラシステムの回路に、一定時間フェイク画像を認識させる装置を取り付けた。

 これは後ほど、下っ端の工作員に回収させる。


 そのあと、あらかじめ想定しておいたスパイ活動をしている人物の部屋に向かい、廊下の空調吹き出し口に仕掛けておいたマイクロカメラを回収し、映像をチェックする。

 部屋のキーナンバーはすぐにわかった。虹彩の生体認証などは反射コンタクトで簡単に突破できる。

 部屋に入ると、空調ダクトを通して侵入させておいたハエ型のマイクロロボットカメラを回収。狙い通り、端末のパスワードを打ち込む映像が残っていた。

 端末を立ち上げ、メモリ端子からウイルスを感染させる。


 ここまで3分20秒。予定通りだ。

 端末に、入口ドアの開閉記録を60秒後に削除するウイルスを仕込んで廊下に出る。


 そこでホァンと鉢合わせした。

「誰だ、おまえは。ここで何をしている?」

 低い声でそう詰問するホァンの目は、昼間見るお人好しそうな青年職員のそれではない。人を殺すことを歯磨き程度にしか思わないような、冷たい目をしている。

 この1ヶ月の周辺調査では、こいつが夜間のパトロールをしているというような情報もない。どうやらこいつは下っ端職員ではなく、エージェントであるらしい。

 私と同じ、表に出てはいけない男か。私を止められるかな?


 私の顔は、3日前の作業員とは似ても似つかぬ顔をしているから、先ほどの質問が出たのだろう。

 もし、こちらの行動を読んで罠を張っていたなら、こいつだけであるはずがない。おそらく、エージェントとしての独特の嗅覚によって何事かを警戒していたに違いない。

 こいつにとって不幸だったのは、それが当たってしまい、しかもその相手が私だったことだ。

 見られた以上、こいつには「行方不明」になってもらう。「亡命」に見せかけて。


 私はホァンに襲いかかった。

 だが、私にとって意外だったのは、ホァンがカンフーの使い手だったことだ。それも達人級の、である。

 彼は背中の鞘からすらりと剣を抜き、見惚れるほどの動きでそれを使ってきた。刀身はやや短く間合いは小さいが、その分動きが速く、極力装飾を排した実践的な武器になっている。


 しかし私の脳内に埋め込まれた AI は、すぐにその間合いを見切り、ホァンの動きを学習した。AI は私の反射神経と筋肉アクチュエーターを支援し、私の動きをホァンより速く無駄なくさせる。

 刀を持つホァンの右手首を私の左手が掴み、引っ張るようにして体の重心を崩そうとするが、達人のホァンはそんなことで崩されたりはしない。

 その力を利用して、私の側頭部めがけてホァンの左掌底が飛んでくる。だが、これは私のフェイントだ。

 体幹の芯をずらされまいとしてわずかに延びたホァンの右肘を、私の掌底が突き上げた。肘関節が脱臼する。

 が、ホァンも殺し合いの素人ではない。

「ぐっ!」と苦痛の表情を浮かべながらも、左掌底のスピードは緩まず、私の脳挫傷を狙ってくる。

 紙一重でこれをかわし、脱臼した肘を潜るようにして私は右手でホァンの首筋を、ぱん、と打った。

 指輪に仕込まれた神経毒が、ホァンの延髄に撃ち込まれる。


 瞬間、びくっとホァンが身体を硬直させ、続いてぐたっと全身の筋肉の力が抜けてホァンはその場に崩れ落ちた。

 即効性の神経毒が、首から下の脊髄神経をマヒさせたのだ。心臓もリズムを失って心室細動を起こしている。

 首から上だけがまだ健在であるが、心臓から血流が送られない以上、それもわずかの間だけだ。

 殺気に満たされた目で私を見上げながら何かを言おうとホァンの口が動いたが、肺が動かないので声にはならない。

 ホァンはガッと顎を動かして、奥歯に仕込まれたカプセルを砕いたようだった。中に入っているのは、脳内の記憶タンパクを分解する薬品だろう。


 我々エージェントには殺された後、死体の脳から「記憶」をスキャンされて機密情報が漏れないよう、こうした記憶消去の手段が渡されている。

 我が国の場合は、確実に脳死が確認された後、脳内のマイクロコンピュータが薬剤と共に爆発する設計になっているが、その技術を持たないC国の場合は、生きているうちに自分でカプセルを噛み砕く。

 記憶とは、人生そのものだ。

 生きているうちに、自分の意思で「人生そのもの」を無に帰するとは・・・。その愛国心に敬意を表するよ、ホァン。

 だが、残念だったね。我が国の技術は、君の国とは桁違いに進んでいるのだよ。


 血流が止まっている以上、薬剤が脳内全域に浸透するには30分はかかる。

 私はポーチから折りたたみ式スキャニングマシンを取り出し、それを拡げて虚ろな目をしたホァンの頭にかぶせた。

 マイクロドリルが頭蓋骨に穴を開け、端子が差し込まれる。タンパク配列をコピーするのに、ものの30秒もかからない。


 問題は、ホァンの死体を担いでこの建物から、痕迹を残さずに脱出しなければならないことだった。

 予め設定した脱出ルートは屋上で、そこから用意したカイトで夜空を飛んで逃げるつもりだったのだが、この折りたたみ軽量カイトで、はたして2人分の体重を支えて飛べるのか?

 カイトには音の出ないイオンジェットが付いているが、そんな弱い推進力では2倍に増えた荷重には対応するまい。


 だが、考えている余裕はない。監視カメラがフェイク画像を記録している時間は、残り3分あまりしかないのだ。

 私は屋上へ出た。幸い、微風が吹いている。

 この風に上手く乗れば、2人分の重量でも20〜30メートルは飛べるだろう。私はカイトを拡げ、筋肉アクチュエーターの出力を最大に上げた。

 イオンジェットはあてにせず、自身の跳躍力だけで行けるところまで行くつもりだった。

 私はホァンの死体を抱えてジャンプした。


 上手くいった。

 カイトは風を掴み、50メートル近くを飛んで、人気のない路面に着地した。というより、墜落した。

 身体をしたたかにぶつけて、あちこちが痛んだが、気にせず私はホァンの死体と壊れたカイトを抱えてよろめくように夜の路上を走った。

 ビル脇に停めてあったバンにたどり着くと、今回のチームの「仲間」が飛び出してきてサポートしてくれた。

「首尾は?」

「ミッションは滞りなく。こいつとの格闘だけが、予定外だった。」


 私は走るバンの中で報告を済ませ、ホァンの「亡命」工作を本部に依頼すると、港の桟橋近くで降ろしてもらい、停めてあった小型ボートで沖合に停泊中の「私のクルーズ船」に戻った。

 戻るまでの間に、顔が変わっている。


 ジョニーウォーカーのブルーラベルをグラスに注ぎ、安楽椅子に身をもたせかけて私は一息ついた。船から眺めるコンビナートの夜景が美しい。

 アクチュエーターが過負荷になって、あちこち痛むが、まあそれは仕方ない。近々メンテナンスだから、それまではこのクルーズを楽しむとしよう。ここでは私は「資産家のドラ息子」という ID になっているのだから。


 私は、0077。

 千の顔を持ち、千の名前を持つ男だ。





「彼も優秀だったが、そろそろいろいろガタがきてるようだね。」

 報告を聞いた後、ブラウンは部下に言った。

「来週、メンテナンスですので、そこで切り替えますか?」

「この先、いい働きが期待できないようなものにつぎ込むほど予算はないよ。次の候補は決まっているのかね?」

「8人にまで絞ってあります。」

「複雑な思考力や知性を持たず、知能や身体能力だけは高く、愛国心という言葉に鼓舞されやすい自己肯定欲求の強いタイプ——という条件は全てクリアしているね?」

「もちろんです。」

「では来週までに、優秀な若者1人に絞り込んでくれ。何しろ0077だ。」

 それから、思い出したようにつけ加えた。

「認知症患者1人の受け入れ先の手配もな。」


 ブラウンは、まだ陽の高いうちに仕事を引けた。今日は12歳になる息子の誕生日なのだ。

 家に帰ると、息子のトビーはプールで泳いでいた。

「勉強は終わったのか?」

「ちょっと息抜きだよ。誕生日くらいいいじゃない。」

「ちゃんと勉強して、いい学校に行き、いい友達を作って、パパみたいにアッパークラスに入るんだぞ。」

「またそういう判で押したようなこと言う。パパのじゃない、ボクの人生だよ?」

とトビーは少し生意気な口をきく。

 ブラウンはにっこりと笑って眉を上げた。

「そうだよ。トビーの人生だ。フェイクじゃなく——。」





これが——。

スパイの真実だ・・・・。(低音で読んでください)


0077・・・・

なんか、ハズカシイやつ・・・

と思いながら読み始めませんでした?

どこらへんでオチに気づかれたかな。。。(^ ^;)


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― 新着の感想 ―
[一言] まるでスパイ映画を観ているような展開に、ドキドキしながら読ませて頂きました。 主人公に施された装備(というか改造というか)がまたかっこいいです。映像で観てみたくなりました。 ラストはスパイも…
[良い点] エージェントの日常(?)を端的に描いていて印象に残る作品だと思います。 [気になる点] ラストがブラウンという人物の何気ない日常生活になっていますが、彼は主人公の後継者を決めるだけの人物と…
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