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笑顔の裏で

作者: 霖月あおい

のんきにまた、短編を書いてしまいました。

長編の方、完結してないのに!

「明日香〜帰るよ…って、あれ?いない?」


明日香の教室に呼びに行ったものの、そこに彼女の姿はなかった。周りの席の子に明日香の行方を尋ねてみても誰も知らない。


「ごめん、明日香どこ行ったか知ってる?」


「授業終わったら、出てったよ。一緒に帰るの?」


「うん。ってことは、昼休み中ずっといないの?」


「そういえばそうだわ。え、他のクラスにいない?」


「いない。追試とかかな…」


「追試回避したって言ってたから違うと思うけど…」


「あ〜言ってたかも。っていうか、いくら追試でもこの時間までかかることはないか」


「うん。ないね」


「ほんとにどこ行った…?」


「一緒に探そうか?」


「ううん大丈夫。帰ってきたら、教えてくれる?」


「もちろん」


とにかく、明日香を見つけないことには帰れないし、そもそもこんな状況は初めてで、私は慌てて明日香を探し回る。図書室や保健室も探したけれどいなくて、時間だけが過ぎていた。


「結ちゃん、?」


「あ、由香。ねぇ、明日香知らない?」


「今日は見てないかも。どうしたの?」


「どこにもいないんだよね…」


「もう帰ったとか?」


「荷物は全部あるし、帰ってはいないと思う。でも、居そうなところにはどこにもいなくて…」


「明日香ちゃんだったら…図書室?」


「そこにもいないの。変でしょ?」


「うん。変だね…」


「結、由香、何難しい顔して考え込んでるの?」


二人共が押し黙ったとき、明るい声が割り込んできた。


「水穂!」


「水穂ちゃん、来てたんだね」


「うん。今日は調子良かったから。ちゃんと朝から来たんだよ。それで?どうしたの?」


「明日香がいないの」


「明日香が?」


「そう。いつも居そうなところにいなくて」


同じ説明を水穂にも繰り返す。眉をひそめた水穂はいくつかの質問をしてきた。


「…明日香、いつもと変わったとこなかった?」


「特には…」


「溜息ついてたりとか、口数少なかったりとか」


「あ…」


「心当たりがある?」


「うん。ちょっと疲れてそうだった」


「そっか…じゃあ、具合が悪いのかもね」


「保健室にはいなかったよ?」


私がそう言うと水穂はそれが当たり前だとでも言うような顔をしてうなずいた。


「本当にキツイとき、保健室に行く余裕なんて無いよ。それに、この時期だからあまり行きたがらないと思う」


「この時期?」


「感染症が流行ってるから。移るかも知れない」


「保健室にきた他の子からってこと?」


「そう。だから、明日香はたぶん、トイレに居るよ」


「で、でも、それなら、誰かに…!」


「明日香の性格的にあんまり言わないでしょ。あの子」


「そっか…無理させてたかな…」


「それを言ったら、私だって最近皆と学校いけてないから、気付けなかったのかな…」


「結も由香もそんな辛気臭い顔したってしょうがないでしょ」


水穂の呆れた声に引き戻される。そもそもの用事を思い出した私は、トイレに探しに行こうと、くるりと後ろを向いた。その時だった。


「みんな、どうしたの?廊下に集まって」


「「明日香!」」


「明日香ちゃん!」


「あ、結、探してくれてた?」


「うん。どこいたの?」


「ちょっとトイレ行ってたの。すれ違っちゃってたかな?」


「…そうかもね」


「結?」


体調のことはあくまでも隠そうとする明日香の明るい声に、心が痛くなる。そっとうつむいてしまった私の耳に、水穂の声が飛び込んできた。


「明日香。その言い訳は今の結には残酷じゃない?」


「残酷?」


「調子悪いんでしょ?」


「そんなことないよ。水穂がいるなんて珍しいじゃん。どうしたの?」


「明日香ちゃん」


「「由香?」」


なにか強い芯を持ったような声を由香が発する。初めて聞いたその声に全員の視線が一点に集中した。


「どうしたの、由香」


「あの、隠さないで、大丈夫だよ…?」


「ふふっ。水穂?気づいたの?」


「うん。だって、それくらいしかないかなって思ったから。私でもそうするしね」


「そっか。でもね、由香。隠さないと、立ってるのもキツイんだよね」


明日香が困ったように目を細めて微笑う。水穂がギュッと眉をひそめた。


「明日香、帰れるの?」


「うん。帰れるよ。たぶん」


「でも…ねぇ、少し支えるからさ、隠さないでみて」


「…じゃあ、結も手、貸して」


「うん」


仕方ないという感情がすけて見える明日香の言葉に申し訳無さを感じつつ、言われたとおりに明日香を抱きしめるようにして支える。ふうっと明日香が息を吐いた瞬間、腕に掛かる重量が一気に増した。


「あす、か?」


「ごめ…ん…」


「明日香ちゃん、気持ち悪いの?口元押さえてるけど…」


「大丈夫だよ、由香。ただ…もうちょっと支えててくれると嬉しい」


「うん。顔も真っ青だし…明日香、取り繕うの上手いといえばそうだけど…無理させてごめん」


「結に謝ってほしいわけじゃ…っ」


「明日香っ!?」


明日香の体から力が抜ける。辛うじて倒れ込むのを抑えた私の腕はプルプルと震えていた。由香が保健室の先生を呼びに駆け出していくのを横目で見ながら、水穂と力を合わせて、明日香を座らせる。意識があるようなないような、微妙なところの明日香に声をかけながら、先生が来るのを待った。


「明日香、大丈夫だよ」


「もうちょっとで先生来るからね」


「先生!こっちです!」


由香ってあんな大声出せるんだ…なんて場違いなことを考えていると、私達の真そばで足音が止まった。


「明日香ちゃん!」


「…せん…せぃ?」


「とりあえず、タクシー呼んであるから、病院行きましょう。えっと…結さん…よね?明日香ちゃんのカバン、持ってきてくれるかしら?」


「わかりました」


明日香の様子を見る前からタクシーを呼んでいるなんてさすが、養護の先生だと思いながら、私は荷物を取りに教室に駆け込む。


「持ってきました。あの、私も、ついていっていいですか?」


「…そうね、行きましょう」


「せんせ…それ…は…」


「明日香。流石に周りの子には、伝えるべきだって言ったわよね?」


明日香が無言でうなずく。なぜ、そんなに二人は仲がいいのかと疑問に思いながら、二人について玄関に向かった。


タクシーの車内でも、明日香はつらそうに目をつむったまま、動かない。病院についたら出てくる先生も手慣れた様子だ。


「先生…あの、明日香は…?」


「大丈夫よ。とりあえずお医者様に任せて、私達はこっちに行きましょうか」


「あ、はい」


こっちこっちと、先生に連れられるに従って行くと、病室の並ぶ一角に出た。その病室に入るわけでもなく、先生はどんどん奥に進む。すると、小さな子たちがたくさんいる院内教室と書かれた場所に出た。


「あの、ここは?」


「明日香ちゃんはね、この病院ではないけれど、小さい頃をこういうところで過ごしたのよ。きちんと学校に通えるようになったのは中学校からね」


「え、?」


「そうなのよ。まったく、あの子、何も話していないのね…」


「先生は、明日香と…」


「私もね、一時期明日香と一緒で、病院にずっといたのよ。私は、普通に学校生活を送ったことがあったから、学校に行きたくて仕方なかった。でも、明日香みたいに、ずっと病院にいて、学校なんて行ったこともないような、見たこともないような子たちがたくさんいてね。そういう子達も、学校に行けるようにするには、どうすればいいかなって…」


「先生は大丈夫なんですか?」


「私はもう、大丈夫よ。きちんと大学を出て、そもそもは看護師として務めていたのだけれど…明日香が復学するって聞いて、嬉しくて。あのお部屋の中で、一番気丈に振る舞っていたのは明日香だったから」


「え?」


「明日香は…辛いことも、理不尽だっていう怒りも、何も表さなかった。年下の子達にいつも笑顔で接していて、誰かが退院するときには自分のことのように喜んで。けれど、ずっと、どこか暗い瞳をしていたわ」


「……」


「結さんがそんな顔する必要はないわよ。

 明日香がね、退院できるってなったとき、私、病院に行ったの。上司はためらいもなく休みをくれたから、仕事休んで。退院おめでとうって、私が言っても、あまり嬉しそうじゃなかった。明日香からしたら、病院じゃないところはもうきっと心を許せる場所じゃなかったのね」


「病院が家だったってことですか?」


「そうね。明日香にとって一番落ち着くところは病院で、周りの看護師たちが親みたいなものだったのよ」


「そっか…」


「でも、明日香はあなた達といるときはいつも笑ってたわ。病院で、みんなと笑っていたときの明日香の表情だった。だから、それを守りたくて、私はこの学校の養護教諭になったの」


「…じゃあ、私達は、明日香の居場所になれていたってことですか?」


「そうね。明日香にとって落ち着く場所だったのは確かよ。だからこそ隠そうとするし、耐えようと無理するのね」


「え?」


「また、体調が悪くなったら、病院に戻らなきゃいけないかも知れない。そうしたら、もう友達ではいられない。そんな思いが明日香の中にもあるんでしょうね」


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