表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第1話 召喚!……そして放置



 異世界に行くのはいくつかのパターンがある……らしい。

 私の場合は、魔法陣による召喚だった。

 仕事からの帰り道、いきなり足元が光りだし、全てが真っ白になった。

 そして……




(Please take care of yourself……)

『どうかお気をつけて……』


 透き通るような淡い声がどこか遠くで聞こえた気がして、私は我に返った。


「……は?」


 意表を突かれて立ち尽くす。

 そこは全く見覚えのない場所だったのだ。


(え、あれ……?)

(何でこんなところに……)

 

 別に珍しい場所ではない。森の中に時折見かける、ぽっかり空いた草地だ。

 周囲を鬱蒼とした木々に取り囲まれていて、右手には清流が流れている。


 辺りには誰もいない。木の葉が風によそぐ音とせせらぎ以外は静寂な世界で、ただ一人そこに突っ立っていた。


 今この瞬間まで、街の真ん中にいたはず。

 というより夜中だったのに、どう見ても昼間だ。

 いつのまにか時差12時間の外国にテレポートしたかのような錯覚に、私は混乱した。


(もしや召喚されたのか……。まさか……)

 

 打ち消そうとしたが、最後に見た光景が焼きついている。

 予備校での仕事帰り、歩道で信号待ちしていると、突然、足元が光りだした。

 何かのイルミネーションに見えたあの複雑な円の図形は、今から思えば魔法陣に違いない。


 そして重なり合うように薄く浮かぶ大小二つの月が、ここが地球ではないことを示していた。


 私の名は本上和真もとがみかずま


 医大受験専門の予備校で働くアラフィフ、というか、fifty-something『50いくつ』な独身英語講師。

 一対一の個人授業を専門にしている。いわゆるチューターである。

 趣味はラノベを読むことだ。

 この歳で? と友人には言われるが、生徒に勧められて読んでみたらハマったのだ。

 個人指導だから、趣味やら悩みやら、生徒の個人的な話を聞く機会は多い。

 最初は、単に共通の話題作りの軽い気持ちだったが、おかげで異世界物の有名どころは、大体読んだと思う。


 それでいくと、私は本当に召喚されたのだろう。

 自分の身に起こるとは思っていなかったが、まあ散々ラノベで読んだ進行なだけに、あまり動揺していない。


 ただ、一つ腑に落ちないことがあった。


「なんで、誰もいないんだ?」


 死んで転生とか次元の狭間に落ちたとかならともかく、召喚されたのだ。『よくぞ参られた勇者どの』から始まって、何やら歓待されて、魔王を倒しに行くとかではなかっただろうか。

 

 誰の仕業かは分からないが、勝手に喚んでおいてこんなところに放置とは、何のつもりだ?

 

「ん?」


 ふと自分の体に奇妙な違和感を覚えて、自分を見る。

 いつの間にかスーツではなく旅人のような服を着て、腰から剣を下げていた。


(どうなってるんだ……)


 何で喚ばれただけで、服まで変わるのか。

 だが、感慨に浸る間はなかった。

 突然、左奥の茂みから草木を激しくかき分ける音が響いてきた。

 誰かが走って出てきたのだ。


(な、なんだ?)


 それは、17〜18歳くらいの女性だった。中世のローブを着て、手には魔法使いの杖のようなものを持ち、肩まで伸ばした栗色の髪が激しく揺れている。

 遠目に見ても優しげで整った顔立ちだが、表情は強張っており、ただ事ではない様子が感じられる。

 その理由はすぐに分かった。

 彼女を追いかけるように、緑色の豚人のような生き物が数体現れた。

 私の記憶が正しければ、ゴブリンと呼ばれる魔物だ。彼らは、粗末なボロを纏い、それぞれに剣やら斧やらを手に持っていた。


「な……」


 この展開についていけず、私の体はフリーズした。

 今さっきまで、都会の街中を歩いていたはずが、突然、少女と魔物との戦いが目の前で繰り広げられようしている。


 一方、女性は立ち止まってゴブリンたちを振り返った。そして、杖を掲げて何やら言葉を発した。

 

『イ……へレビイ……ブルナップ……コンジャ』


 少し離れているため、ここからでは途切れ途切れでしか聞き取れない。

 しかし、聞いたことがないはずの異世界の言葉はどこか耳慣れた響きがあった。


『ヒーレ・バール!』

 

 彼女が叫んで杖を振り下ろすと、火の玉がゴブリンに向かって飛んでいった。

 そして一体の胸に当たると上半身に燃え広がった。


「ギャアアア」


 コブリンは断末魔の叫びを上げ、もがきながら倒れる。

 火はすぐに消えたが、炭焼きになった死体からくすぶった煙が上がっている。


(魔法だ……)

(ということは、ここはそういう世界ということか)


「キヒヒヒイ」

「キャッキャ」


 サルのような声を上げながら残りの5体が彼女を取り囲むように広がった。女性はどの一体に正対すればいいのか分からないのか、焦った様子で右や左に杖を向けていた。戦闘には慣れていないことは明白だった。それに、華奢な体つきで近接格闘で剣や斧を捌けるとは思えない。


(まずい、助けないと)


 ようやく思考が追いついたとき、女性がこちらに気づいた。


「!」


 彼女の目が大きく見開く。

 こんな人気のないところでおっさんが突っ立っているのだ。さぞかし驚いたのだろう。

 だが、彼女の口から出た叫びは意外なもので、しかも日本語ではなかった。


「危ないっ。後ろ!」

「え?」


 振り返ると、いつの間にか背後にいた別のゴブリンがジャンプして斬りかかってくるところだった。


「うわあっ!」


 脳天割りに振り下ろされる剣。

 情けない声を張り上げながら、身をよじって必死でかわす。

 前髪が数本切り飛ばされた。


 明確に向けられた殺意。

 そして、激しく地面を抉った剣先。


 比喩ではなく、まさに殺らなければ殺られる世界なのだと思い知らされる。


「キャヒッ」


 ゴブリンがすぐさま体勢を立て直し、再び突っ込んできた。


「クソっ」


 剣を持っていたことを思い出し、慌てて柄に手をかけた。


 その瞬間。

 稲妻のような感触が全身を駆け抜け、体が弾け飛ぶように動いた。


「っ!?」


 戸惑う暇もなかった。

 振り下ろされる剣を右にかわし、抜剣しながら左下段から右上段に斬り上げたのだ。まるで居合術のように放たれた剣が相手の体を紙のように切り裂いた。ゴブリンの身体中から血が吹き出す。

 体が勝手に動いたのではない。

 自分で判断し、その通りに体を動かしたのだ。

 ただ、なぜ自分がそうすべきと思ったのか、そしてなぜその通りに体が動いたのは分からない。


「グガガ……」


 口からも血を吐きながら、ゴブリンが崩れ落ちた。

 生き物を斬ったことによる不快な感触と罪悪感がこみ上げる。

 しかし、今はそれよりも驚きが勝った。


 (何で、こんな……)


 自慢じゃないが、この年になるまで剣術など嗜んだこともない。

 高校の時、体育でやった剣道はカウントされないだろう。

 にもかかわらずこれだ。


(もしかして、チートか? チートなのか?)

 

 期待に心を躍らせつつ、私は剣を構え直した。



10話ぐらいまでは毎日1~2話更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ