~ターメリックの独白~
~ターメリックの独白~
「記憶にないな」
婚約者であるクルル侯爵子女であるカチュアにキール・テル・ドカーケの話しを聞いた時に返したセリフだ。
学園に居た時に凡庸な人物だったと記憶している。そう言えば、アイルという女が何かした時に代わりに罰せられた人物だと思い出した。だが、それ以外は記憶に残っていなかった。それが第一印象だ。
「私もそうよ。レイリアが開催するお茶会に参加していたけれど目立って行動をしていなかった子なのよ。それがいきなり面白いものを私に紹介してきたのよ」
カチュアに誘われたと思ったら出てきたのは庶民が食べると言われるジャガイモ料理だったのだ。
婚約者ではあるが、カチュアに心動かされる何かがあるわけじゃない。ただ、ロンベルト王国に益になるから付き合いをしている。
青い髪をツインテールにし、メガネをかけている。おそらく髪型が変わり、髪色が変わって、メガネをとったら私はカチュアと認識できないだろう。それくらいの関係だ。
だが、カチュアは違う。私の前でだけ感情豊かに話すのだ。使い分けているのだろう。
「聞いています?」
カチュアが私の顔を覗き込んできた。
「ああ、聞いている。これがそのフライドポテトいうものなのか」
手に取って一つ食べる。塩味が聞いていておいしい。芋など庶民、それも貧民が食べるものだと思っていたがおいしいものだな。
「それで、このマヨネーズというのをつけて食べてほしいの」
白い粘り気のあるものをつけるとまた味が変わった。これはこれでおいしいな。
「ふむ、なかなかだな。だが私はケチャップの方がどちらかというと好みだ」
横にあったケチャップを使って食べたがおいしかった。
「ターメリック。わかっているわね。このポテトフライのおかげでクロービア領のケチャップも品薄になってきているのよ」
料理一つで市場が変わるのか。これは面白い。
「このマヨネーズというのはドカーケでしか手に入らないのか?」
「いいえ、キールは独占するつもりがないらしくて、レシピを私に売ってくれたわ」
意味がわからない。
「そのレシピは高かったのか?」
「思ったより安かったわ。でも、信用を得るための行動なんだと思ったの。だから私もそのキールの思いに応えようと思ったのよ」
儲けよりも大事なものか。ドカーケ男爵は思ったより思慮深いのかもしれないな。
それに、商人とは信用を大切にする。だからカチュアはその信用に応えようとしている。私ですら知らないカチュアの一面を知っているのか。
数日したら次は違う『ダンデ茶』というものをカチュアに紹介された。見たことがない黒いお茶だ。しかも苦みがあり、癖になる味だ。
「ふむ、この苦みがなんとも言えないな」
「でしょ。ターメリックわかっているわね。それに、お茶会だとどうしても甘いものが多く出るでしょ。だからこういうアクセントがあるものが今人気なのよ」
確かにカチュアとのお茶会だと毎回甘いものが出て来る。女性はこういうものが好きだからと母上に言われ続けてきた。おかげで甘いものが好きになった。
ダンデ茶もストレートで飲むものも多いが私はミルクを多めに入れるの。この方がまろやかでおいしい。
父上からは配慮が足りないとよく叱られているが、いまだにその配慮というものがわからない。気を配るというのが難しいのだ。
「ちなみに、この茶葉はどこで取れるのだ?」
そう聞くとカチュアが言葉を濁した。
「そうね、今の所はドカーケでしか作られていないかしら」
カチュアはメガネを取って拭いている。これ以上この話しを聞くべきではないのだろうな。それくらいの空気は読む。おそらく珍しいものではないのだろう。
だが、それが広まるとドカーケに利益が出ない。少し前にマヨネーズのレシピを破格の値段で提供したのはこういう事か。
キールというものは頭がいいな。興味が出てきた。
「一度、キールを呼んだお茶会でも開けないかな?」
そう言ったらカチュアが意外そうな表情になっていた。ああ、そうか。私がこういう風に誰かに会いたいということが今までなかったからか。
「そ、そうね。キールはルーファス王子のあの事があったから3年間ドカーケ領から出ることができないの。まあ、王宮から召喚でもされたら別でしょうけれど」
ああ、そう言えばそう言う事もあったな。
「そうか。まあ、仕事がらドカーケ領に行く機会もないからな。何か機会があったら考えておいてくれ」
確かに私はそう言った。だが、本当にそういう機会が来ると思っていなかったのだ。キールは王宮から召喚されてきた。
理由は本来知っているはずがない情報を知っていたことについての詰問であった。もちろん、いい話ではない。だが、詰問であったはずが『予知』についてに変わったのだ。
ラジエルの召喚。
ありえない。そんな英知の結晶を誰もが入手できるはずがない。そう思っていたが、誰もが再現できることが証明されてしまったのだ。
興味が湧いた。話しをしたい。いや、聞きたいことだが、このラジエルの召喚については緘口令が敷かれている。
会ってみたい。
カチュアにそう言うと、ルーファス王子、レイリアが同席ならば可能と言われた。もちろんお願いをした。
お茶会に現れたのは、どこにでる居る特徴のない女性がそこにいた。どういうことだ。こんなに面白い事をしているものが凡庸にしか見えないのだ。
だが、何か引っかかる。敢えて目立たないように擬態しているようにも見えたからだ。
その理由がわからない。色々聞きたいが、会話には流れがある。だからダンデ茶の話しを無難にした。
「おいしいがたかがお茶だ。これが僕に何かメリットがあれば活用するのだがね。これもう一つ後で家に送って置いてくれたまえ」
追加で依頼したらすでに侍女が準備をしていた。なるほど、先読みはできるということか。いや、ラジエルの英知に触れているのだ。未来を見通せているのかもしれない。
そう思っていたら、まさか謁見の場でルークセニヤ領を視察することに決まったのだ。その同行に私が選ばれた。選ばれた後、父上に呼び出された。
「これは良い機会だ。ルークセニヤ領には色々と問題があると言われている。その様子を調べてきてほしい」
父上にそう言われた。結果を出さないといけない。だが、視察団を取り仕切るのはキールだ。ルークセニヤ公爵と会話する機会などそうないだろう。
これから貴族として生きていくには色々な派閥とうまく渡り合う必要がある。会話をすることで得られる情報は武器になるし、現地を知る事もまた情報という武器になる。どうにか同席をお願いしようと思っていたら、キールから「あなたを信用しているので、晩餐会の対応はお任せしますわ」と言われた。
ありえない。この調査団の中で一番位が高いのはドカーケ男爵だ。
それに、この場所はレイリアの地元であるカルディア領だ。第一王子派閥である私たちがいやすい場所でもあるし、レイリアからキールをもてなすように言われている。それなのに、野営を選ぶとは。
だが、ルークセニヤ公爵と食事をして思った。ラジエルの召喚について質問をしてきたが、私は詳しくしらない。
また、このカルディア領には手押しポンプというものが普及してきているらしい。どうやら、この手押しポンプはキールが考案したらしい。
もし、キールがいたらこの二つの追及を受けただろう。だが、不在であるため、どちらもさらりと流されていた。計算をしていたのか。
それに、野営をしたからなのか、兵との距離が近くなっていた。特にカチュアが送り出してくれた傭兵2名とかなり仲良くなっていた。仲良くと言うか、この仕事が終わったら傭兵を辞めてドカーケ領に仕えると言っていた。
どこまでが計算なのだろう。そう思って観察をしていた。キールを観察したのは純粋に気になったからだ。どうせお飾りの貴族だと思っていた。だが、違った。
港町リムドにつき、団の代表としてふるまうキールは及第点だった。その後に暴漢に襲われたが、見事撃退。
お飾りの貴族かと思っていたが、戦いもちゃんとできる。しかもその翌日には襲撃者を会心させて部下にしているのだ。
こんなにも興味を引く人物だったと思わなかった。気が付いたら私は心を奪われていた。だが、わかっている。私の婚約者はクルル商会の子女であるカチュアだ。
ないがしろにできる相手ではないし、ごまかしが通用する相手でもない。
だが、それ以上に私は気になっていた。キールは私のことをどう思っているのか。なかなか二人になる機会がない。そのタイミングを待っていた。
ダンジョンコアを回収し、陛下に報告する時がやってきた。チョコレートというもののおかげでルークセニヤ公爵が一歩引いてくれた。どうも大きなお金が動く案件らしい。
陛下への報告はキールと私の二人で行う事になった。控室で二人きりになれる。
私ははやる気持ちを押さえながら控室にいった。そこには謁見を前にがちがちに緊張しているキールがいた。
声をかけても反応しない。仕方が無い。顔を近づけるか。
「どうした、緊張しているのか?」
かなり顔を近づけてようやく反応してくれた。
「というか、顔近いです。違う意味で緊張します」
焦っているその表情がかわいい。カチュアは何をしても焦ることがない。つねに計算通りという顔をしている。
「それは失礼。ただ、緊張はほぐれたみたいだね」
キールの笑顔が見れた。はじめは特徴が無いと思っていたが、そんなことはない。表情は豊かだし、目鼻立ちも整っている。
「だからと言って、カチュアという婚約者がいるターメリックがしていいことじゃないです。変な噂が立ったらどうするんですか?」
噂か。変な噂が立つとラーフィル家に迷惑をかけるわけにもいかない。私には対策は思いつかないがキールならどうにかしてくれそうだ。
「カチュアなら大丈夫だよ。それに本気になったらキールはどうにかする方法を考えるでしょ」
つい声に出てしまった。だが、私の言葉でキールは考えてくれている。これは私の事を思っている証拠なのではないだろうか。
「無理です。どうにかする方法は思いつきません」
真剣な顔でそう言われた。
「今はそういうことにしておいてあげるよ。どうやら時間みたいだね。行こうか」
エスコートするためにも手を差し出した。だが、キールは手を取らずに歩いて行った
「ええ、行きましょう」
その凛々しい姿を見て恋に落ちる音がした気がした。




