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~閑話 フィーバルの失敗談02~

~閑話 フィーバルの失敗談02~


 ドルズににらまれながら自分があまりに考えていなかったことに気が付けた。


「まあ、お前はまだ若い。清濁呑み込むくらいじゃなきゃ、国を超えた商売なんてできぬからな。覚えておけ」


 そう言われたが、自分が不甲斐ないことはわかったが、対処法がわからない。僕はこれからキールお嬢様にかかっている噂を消さなければならないのだ。


「なら、どのようにすれば噂を変えることができるのでしょうか?」


 ドルズは葉巻を加えると大きく煙を吐き出した。


「人はな、信じたいものを信じるのじゃ。今、ドカーケが反意なしと主張しても、あやつらは信じないだろう。ならば、信じやすいものに噂を上書きすればいい」


 それがひっそりと準備につながるのか。だが、それだと何の解決にもなっていない。


「そうじゃな。噂なんて形がないものじゃ。だからこそ、制御するのも難しい。だが、今回は明らかに誰かが故意に噂を流しておる。それもこのユーラシア王国を割るくらいの勢いでな。こちらとしては、ユーラシア王国がどうなろうと知ったことじゃないがな」


 僕はどうなんだろう?


 生まれ育った場所、国。でも、この場所が、ユーラシア王国という国が僕を助けてくれたことは一度だってない。だが、祖国とはそこにある当たり前の存在だ。だから、国が割れるのを見たくない。


「どうするのがよいのでしょうか?」

「お前は自分のミッションだけを考えておけ。目指す先がぶれたらどこにも行けないぞ」


 そろそろ煙が限界だ。流石に目の前でせき込むわけにはいかないので自室に戻らせてもらった。不安になったが、ドルズが言う通りだ。僕に自由はない。与えられたミッションをこなすだけだ。


 だが、翌日知ることになる。このユーラシア王国という国は一枚岩ではないということを。


「これは、これは。ここ最近ドカーケ子爵に懇意にされているウルグ商会の会頭ではございませんか。お会いしたかったですぞ」


 目の前には細い体をしているが筋肉質な中年が座っていた。禿げ上がった頭。眉はなく、猛禽類のような目をしている。商人に見えない。いや、それをいうとドルズだって、似たようなものだ。


 だが、この中年以上にヤバいのが後ろに立っている白い楕円形の仮面をした男だ。隷属の首輪よりも質の悪い仮面。ユーラシア王国では有名だ。そして、禁忌とされているはずだが、それを堂々と見せびらかしている。


「おやおや、こんな場所にポリシティ商会のマキシム会頭が来られるとは。流石、ガルガンチュア前侯爵は交友が広いですな」


 ドルズはそう言ってマキシムと握手を交わす。だが、どちらも殺気立っている。それくらい不穏な空気が流れているのだ。


「それで、何かお売りいただけるものがあると聞きました。さて、興味ある品物なんでしょうね?」


 マキシムは目を大きく見開いてドルズを見ている。


「ああ、ドカーケ子爵からノウハウをユーラシア王国に売るように言われている。そして、書状も預かっておる」


 ドルズはそう言って書状をマキシムに渡す。マキシムは書状を読みながら震えている。


「ま、まさか。ここまで。ここまでドカーケ子爵はユーラシア王国の事を考えているというのか。だが、どうして?わけがわからぬ」


 書状の内容は、ユーラシア王国の食糧問題の解決にどんぐり粉を提案しているのだ。どんぐり粉についてはロンベルト王国内でもそのレシピは公開していない。


 それと、ユーラシア王国が行っている不平等な取引についても是正を考えられているのだ。女性を多く輸出させられているユーラシア王国内では男女比の問題から結婚できない男性が増えてきているのだ。


 出生率が落ちるということは、国が存続できないという事だ。そして、貴族の一部にロンベルト王国の貴族が入りこむということは、ユーラシア王国をゆっくりとロンベルト王国に併合する計画でもある。


 だが、この方法をキールお嬢様はよしとしておられないし、その意見をあろうことか、ロンベルト王国の国母であるカグーイ王妃にも直訴している。


「ふむ。ドカーケ子爵に益がある話しとは思えませんな。まあ、確かに奴隷狩りをする場所にドカーケとクロービア領を除くように言われている。この2領から奴隷狩りができないということは、違う国から奴隷を買うか狩る必要が出てくるというわけか」


「ああ、そうだ。ドカーケ子爵はユーラシア王国とロンベルト王国が争うのではなく手を取り合い、周辺国家の国力をそぎ落としたい狙いがあるようだ。仮想的はベルフェール帝国だと聞いている」


 そんな話しはキールお嬢様から聞いていない。いや、確かにドカーケ領はベルフェール帝国とも隣接している。


「我らは敵としても見てもらえぬということか」


 ガルガンチュア前侯爵が震えている。この人はただ単に戦いたいだけなのかも知れない。おかしい。どちらかというと武闘派なのはロッテンマイヤー家だと聞いていたのだが違ったのだろうか?


「ドカーケ子爵としてユーラシア王国は味方であり、共に発展していく仲間であると考えられている。だからこそ、このどんぐり粉のレシピの提供を考えられている。それと、この地向けの水源が深い場合の手押しポンプの図面ももらって来ておる。お主ら。ドカーケから持ち帰った手押しポンプがうまくいっていないのではないか?」


 ガルガンチュア前侯爵は表情が動いた。マキシムは無表情だが、汗が流れている。マキシムが言う。


「噂では、ドカーケ子爵は未来が見えると聞いている。それは本当だと思うか?」


 その噂はロンベルト王国でも一部で広まっている。キールお嬢様は否定なさっているが、行動が怪しすぎる。特に、ロードスタ家子女であるアンネへの調査や警戒レベルは異常だ。


 だが、デミーヤから聞いている話しだと、アンネは油断ならない相手だそうだ。


「それはロンベルト王国でも一部でささやかれておる。これは推測じゃが、ドカーケ子爵の未来予知というスキルには色々と制限があるのではと思っておる。他言できぬとか、公表できぬとかな。だから、この話題になるとドカーケ子爵は明らかに不自然にはぐらかす。これは勝手な想像だが、知られると失うスキルなのかも知れないな」


 マキシムは何か納得をしていた。


「前に、奴隷商人団をロンベルト王国内に派遣したのじゃがな、まるでどこに拠点があるのかわかったようなうごきじゃった。合点がいった。未来が読める英雄の孫か。ほしいな」


 空気が変わった。受け入れるのではなく、奪おうというのか。


「ほう。ドカーケ子爵は今やロンベルト王国の至宝じゃぞ。何かあったらそれこそ地図からユーラシア王国がなくなる。それに生きる英雄が黙っておらぬ」


 生きる英雄。ランベル様を知っているものは、その脅威がわかる。ランベル様が率いる軍団は死をも恐れない軍団だ。


「ランベル様は我らユーラシア王国の英雄でもある。あの方の怒りを好んで買うものなどおるものか。いや、いるな。気を付けないといけないものがおる。じゃが、この情報は高いぞ」


 マキシムはにやりと笑いながら話してくる。どこまでが計算なのだ。この男は。


「その情報が『ラスティア商会』というだけなら買わないぞ」


 ラスティア商会。ポリシティ商会と並ぶ大商会だが、ラスティア商会は真贋怪しいものを多く扱っている。ただ、金回りはいい商会でもあり、多くの貴族がこのラスティア商会で甘い蜜を吸わせてもらっているのも事実だ。


「そのラスティア商会の会頭が今どこにいるかご存じですか?その情報ですよ」


 ラスティア商会の会頭は謎が多い人物だ。何人影武者がいるのかもわからないと言われている。知られている会頭が本人かどうかもわからない。


「ふん、その情報の裏が取れないからいらない情報だな。他あたりな。それに、ラスティア商会もドカーケ子爵に興味を示しているのは知っている。大方そんな情報だろう」


 ドルズはさらりとかわす。


「そうか。そこの後ろの従者よ。お主はどうだ。ほしくはないか?現在のガイストン家の情報など?」


 心臓が跳ね上がった。だが、表情は変わらなかったはずだ。


「心拍数はうそをつかないな。なるほど。これは面白くなりそうじゃな。では、どんぐり粉のレシピは購入させてもらおう。それと、お主に教えてやろう。ガイストンに行くがいい。面白いことになっておるぞ」


 ガイストンは小さな町だ。僕らがいなくなった後どうなったのかわからない。でも、自由に移動できるわけでもない。


 僕は表情を殺し、感情を消し従者として壁近くで立っていた。少し離れてみるとわかる。この会合はマキシムが色々と爆弾を投げるのは場の主導権を取りたいからだ。


 だが、ドルズが押さえる所をきちんと押さえている。これが交渉というものか。自分が今までしてきた事が児戯であることがわかった。


「これで契約成立ですね」


 ドルズがそう言うとマキシムは苦虫をかみしめた表情をしながら書類にサインをした。


「次はドカーケ子爵に面会したいものだな。このどんぐり粉だけじゃないのだろう?噂は色々と入っている」


 ガルガンチュア前侯爵がそう言ってきた。扉が開く。


「父上。すでに隠居されているはずでしょ。現場は私が仕切ります。今回の件だって」


 現れたのは現ガルガンチュア侯爵だ。頬もコケており、目の下にクマもある。魔法省のトップのはずだ。


「お前は忙しいだろう。こういう些事なものは片づけて置いてやる。安心しろ」

「いえ、これは重要な契約ですよね。あのドカーケが食糧不足を解消したというレシピを購入できると聞いています。何の得がドカーケに。やはり蜂起が近いのですか?」


 ここでも、蜂起の話しだ。どれだけ、このユーラシア王国でこの噂が広まっているのだろう。


「どうも、ご無沙汰しております。ガルガンチュア侯爵」


 ドルズが立ち上がり頭を下げて挨拶をする。


「久しいな。ウルグ商会のドルズよ。それと、そちらについて触れない方がいいのかな?」


 ガルガンチュア侯爵が僕を見ている。ばれた。というか、この人の目は僕じゃなく、僕が保有している魔力を見ている。見た目はごまかせても魔力はごまかせない。


「そういうことにしておいてくれ。こいつは今の所ドカーケ所属だ。あまり触れられると困る。預かりものだ」


 ドルズがそう言い切った。


「なるほど。ドカーケ子爵というのはかなり面白そうな人物ですね。英雄の孫と聞いておりましたが、自らの不遇を知り、高みを目指すものですか」


 キールお嬢様はそんなこと考えていないと思う。いや、どうだろう。結果だけ見るとすごいことばかりしている人だ。ひょっとしたら見抜けていないだけで僕が間違っているのだろうか?


「それで、蜂起の期日が解れば我々も協力できます。おそらく、そこにいるマキシムもかなり動くでしょう。皆その時を待っているのです」


 ガルガンチュア侯爵が両手を広げて天を見ている。ダメだ。これは妄信している。何を言っても無駄だ。昨日、ドルズに言われた言葉がよくわかった。


「まず、落ち着かれよ。今、ドカーケ子爵は雌伏の時。周囲がざわつくとうまくいく計画も行かなくなるやもしれぬ。今、ドカーケ子爵が望まれているのはユーラシア王国が飢えない事だ。そして、もう一つ。ユーラシア王国が富むことだ。だから、周囲から食料を買うのではなく、国内にあるもので賄い、軍資金を貯めることを望まれている」


 ドルズがそう言うと、ガルガンチュア侯爵は歓喜の表情になった。


「ありがたい。他国の事をそこまで憂える。英雄の孫も英雄ということですね。だが、その恩を秘匿せねばならぬのですか」


「いや、それだけではない。この情報がドカーケからもたらされたことを広めることも禁じられておる。あくまでこの情報の出所はガルガンチュア領ということになる」


 ガルガンチュア侯爵の説明にマキシムがかぶせる。


「うむ、よかったではないか。これで救国の英雄の名がガルガンチュア侯爵に与えられるぞ」


 他人事のようにドルズが言う。だが、これはキールお嬢様の望みでもある。というか、あの人は手柄を他人に渡したがる。それが普通だと言わんばかりに。


「私に道化になれと?」

「違う。英雄だ」


 まあ、そうなるよね。だが、すでに契約は締結されてしまっている。


「諦めよ。わが息子よ。この恩はきちんと返せばよい。恩には恩を。仇には仇だ」


 ユーラシア王国にはその考えがある。恩には恩。仇には仇だ。恩を受けた英雄であるランベルが不遇を受けている。行っているのはロンベルト王国だ。だからロンベルト王国には何をしても許される。そういう思想を持つ者が多いのだ。


「かしこまりました。ここで得た利益はすべて使わず、来るべき時が来るまで保管しておきます。私は恥知らずになりたくない」


 もう一つ。ユーラシア王国には『恥』という文化がある。文化についてキールお嬢様に伝えたけれど、あまり理解されているようには思えなかった。


 商談はうまくいくかと思われた。だが、こういういい話しほど、横やりが入る。今回は絡めなかったラスティア商会がガルガンチュア領にやってくると言うものだった。


「とりあえず、ウルグ商会の皆さんは違う場所に移動された方がよいでしょう」


 ガルガンチュア侯爵がそう言ってくれた。急遽時間が出来たこともあり、ドルズが気を使ってくれた。


 ロッテンマイヤー領に向かう途中に小さい町であるガイストンを訪ねてくれたのだ。生まれ故郷。久しぶりの帰郷。


 だが、ガイストンの町は思っていた以上にひどい状況だった。


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