ナビAIは空の上
AI系です。
1人の男性が、意識不明の重体で病院に運ばれたとのこと。
報告を受けた調査員2人が、急ぎ現場へ向かった。
「何があった?」
「ナビAI搭載型の新型飛行自動車、いわゆる空飛ぶ車での事故らしい」
「事故? 整備不良でぶつかりでもしたか?」
「いや、それが今回は車体に傷一つ無いらしい。男性だけが意識の無い状態で運ばれてきたんだ。しかも、その男性はカルテによると、健康そのもので持病も無かったらしい」
「じゃあ、原因不明という訳か」
「ああ。だからドライブレコーダーでこれから原因究明をするつもりだ」
「ふむ、では到着次第確認するか」
現場に着いた2人は、ドライブレコーダーを早速再生し始めた。
◇◇◇◇◇◇
「これより飛行可能域外です。ただちに走行路に戻ってください」
「うるさい! 俺はこんなとこ通りたくないんだよ!」
飛行自動車の搭載型AIの注意を無視して、1人の男性が喚きながら車を乱暴に運転していた。
この男はどうやら規定の走行エリアを外れて運転をしようとしているらしい。
現在、航空法により飛行型自動車の通行エリアは規定されている。飛行型自動車の発売当初、各々が空を自由に飛行したことにより、衝突事故が絶えなかった。そのため、一般人は飛行機の飛行路やドローン観測器を考慮した走行路を指定されているのだ。
ただ、陸地のように道路線を空中に描くのは容易ではない。そこで開発されたのが、ナビゲーションAI到着型の飛行型自動車である。画面に道を表示する上、規定の走行エリアを外れると自動で警告を発してくれる。最悪、指示に従わない場合、警察への通報まで行ってくれるのだ。
今回、男性が指定の走行路を外れようとしていたため、ナビAIが警告を発したようだ。
「繰り返します。飛行可能域外です。お戻りください。事故車両および例外を除く全ての一般車両は走行路を禁止されています。警告を無視する場合、速やかに警察に連絡します」
「何回も何回も、うるせえんだよ! ここは混んでんだ。なのに、あっちのエリアときたら、なんにも通っちゃいねえ。同じ空なんだから、ちょっと道を外すくらいいいじゃねぇか!」
「警告を続行。通報までのカウントダウンを開始します。カウントダウン終了後、速やかに通報します」
「あー! 分かった分かった! 戻る戻る! くっそ、これ以上通報されたら免許が取り消されちまう」
AIがカウントダウンを開始すると、男性は渋々走行路に戻った。
どうやらこの男性、違反を繰り返し、飛行可能域外を無断で走行する常習犯らしい。
◇◇◇
そして、時はこの男性が運ばれた当日に移る。
映像にはいつも通り、車に乗り込む男性の姿が。
特に酒気帯び運転の様子は無いが、いつにも増して機嫌が良いようだ。
「おい、AI。ちゃんと機能してるか?」
「起動中。データ初期化を開始します」
「よしよし、上手くいっている」
AIの再起動を始めたらしい。AIが正常にリセットを開始するのを確認し、男性は更に機嫌が良くなった。
「車台番号検索、データ移行。所有者データ更新。走行路更新中」
すると、AIは急に動きを止めた。
「……走行路データの取得に失敗しました。再びデータの取得を試みますか?」
データが正確に更新できなかったらしい。
本来であれば、ここで「はい」と言うべきなのだが……この男は違った。
なんと、「いいえ」と言い、更新を拒否してしまったのだ。
「データの取得を取り消しました。……走行路以外のデータのダウンロードが成功しました。ナビを起動します」
指示を忠実に守ったAIは、走行路データが消えた状態で起動してしまった。すると、男性は上機嫌で車のハンドルを握り始めた。
「いやぁ、ナビから走行路を消す方法があるとはな。これで俺は自由に空を飛べるって訳だ。さぁ、初仕事をしてもらうぞAI」
「準備が完了しました。ナビを設定してください」
どうやら男性は、意図的にAIから走行路データを抜き取るため、違法な手段でAIの初期化を行ったらしい。
初期化されると、様々なデータをダウンロードし直す必要がある。そこに目をつけた男性は、初期化し、走行ルートを排除することで自分の思うまま空を飛べるよう設定したのだ。走行ルートが登録されていなければ、警告もされないだろうといった魂胆だ。
男性は嬉しそうにAIに指示をした。
「さあAI、俺は自由に空を飛びたい。俺を車や飛行機も無い、他の乗り物に運転を邪魔されない、自由に飛べるエリアまで連れてってくれ」
「承知しました」
AIは素直に従った。走行路データの無いナビでは、何処を飛んでも警告は発されない。いわば走行路の無い空を自由に運転できるようなものなのだ。
「それでは案内を開始します。ナビに従ってください」
「おう、俺を連れて行け」
「現在地は自宅前。このまま上空に向けて発車してください」
「お、このまま上に上がればいいんだな」
男性は言われるままに、車を発車させ上空に向けて上がって行った。
しばらく上がると、いつもの走行路の高度に着く。しかし、AIは走行路には入らなかった。
それどころか、さらに上を目指すよう指示してきた。
「おいAI、上に行くのか?」
「はい。目的地までの最短経路です」
「そうか、まぁ、走行路のデータが無いから走行路以外を通過するのは当たり前か」
男性はAIに言われるまま運転を続けた。まだまだ上に登っていく。
しかし、他の自動車の気配が全く無くなってきたところで、少しだけ男性も不安になってきたらしい。
「え、AI。そろそろいいんじゃないか? 他の車も見当たらないぜ」
「障害物の恐れがあります。ナビに従って行動してください」
「そ、そんなものなのか?」
少し不安を感じながらも、障害物の存在を言われると納得はするので引き継ぎ従って運転をした。
そして、しばらく経った頃、男性は異変に気付いた。ふと下を見下げると、とんでもない高さを飛んでいることに気づいたのだ。それに、なんだか車体から異音がする。
「え、AI! ここでもいいじゃないか。いくらなんでも飛びすぎじゃあないか?!」
「現在地は高度10000メートル。航空機の飛行路に該当するため安全が担保されません」
「こ、高度10000メートル!? ま、まていくらなんでも高すぎだ! どこまで行くんだ?! 」
「目的地は20000メートル以上です。軍用機の通過の可能性を考慮し、安全に走行できると判断します」
どうやらAIは、男性が自由に飛行できる安全な場所を探した結果、上空を該当地点と判断したらしい。
走行路の登録が無い今のAIには、様々なベクトルからの計算が可能だ。その結果、車体以外の飛行物の心配が無い高度まで男性を案内するという結果を導き出してしまったのだ。
「そんな高さまで運転させる気か?! 無理だ!……それになんだか苦しくなってきた……」
いくら機密性の高い最新車体でも酸素の供給は出来ない。外の気圧との差に車内の空気がどんどん失われていった。
「戻れ! 戻るぞ! ぐっ……苦しい……! 息が続かない……」
やがて、男性は言葉を発さなくなった。
「目的地を変更しますか?」
そうとは知らず、男性に呼びかけるAI。
「繰り返します、変更しますか? …………応答無し。安全装置起動。運転者の身体状況をスキャンします。……血中酸素大幅減。緊急事態発生。至急、警察及び病院への通報、病院に搬送します」
その後、男性は調査員達の待つ病院に運ばれた。