ポエム
大和はちひろの代わりにパソコンを立ち上げて携帯電話を見ながらちひろを待っていた。
「遅れてごめんなさい。」
「構わないよ。これが今日分の伝票だ。終わったらここに置いといてもらえばいい。多分、早く終わってしまうと思うから戸棚にある本やDVDなど興味があったら見てもいいからね。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、仕事に行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けて。」
ちひろは何とも言えない感情が芽生えたが首を何度かふって与えられた仕事を進めるために神経を集中した。
数時間後にはちひろは仕事を終えていた。伝票の奥底に少し膨れた簡易な包み紙があった。その下には大和の文字と思われるメッセージも入っていた。
「僕のほんの気持ちだ。受け取ってほしいけれど、君は金属アレルギーかな?アクセサリーをしているのを見たことがないから。もしそうなら違うものと取り換えようと思っている。」
ちひろはそのメッセージを何度も読み返した。そのプレゼントはネックレスでハート形でエメラルドが埋められてあった。
「ニャー」メメがいつの間にか現れていた。「彼は自分の気持ちを表し始めたよ。君もそろそろ自分の気持ちに正直になったほうがいい。」
「何がいいのかわからないわ。」
「それを探るんだよ。本、DVDを見てもいいと許可をもらったじゃないか。どんなものが好きなのか探るんだ。」
ちひろはまず本から始めた。DVDは一つに時間がかかると思ったからだ。大和の本棚はありとあらゆるものにあふれていた。漫画から始まって経営哲学、車の特集記事、詩集、といろいろなジャンルに及んでいる。ちひろは詩集の一つをとって読んでみることにした。
奈落の淵に足を踏み入れると
もう二度と光を見ることはできない。
誰にも見つかれずぬくもりにも見放され
絶望だけがあたりを覆う。
そんな時は目をつぶって愛する人を思い出してみよう。
ぬくもりやあなたの好きなものが思い浮かぶ。
ほら、光はあなたの手の中にあるんだ。
ただ、忘れていただけ。
光の道を見つけたら後は簡単だ。
たどっていけばいい。そこには愛に満ちた広場が広がっているだけ。
ちひろは何度もそのポエムを読み返し涙を流した。
「明かりも付けずにどうしたの?」声とともに部屋の明かりがつき大和が入ってきた。
ちひろは慌てて涙を拭いた。
「ご、ごめんなさい。ポエムを読んでいてとても感動して。」ちひろはタイトルを見せた。
「ああ、その本だね。僕もたくさん泣かされた。ネックレスつけてくれたんだね。うれしいよ。」
「ありがとうございます。プレゼントなどもらう資格がないのに。」
「資格がある、ないは本人が決めるものじゃない。相手が決めるものだ。僕は君にプレゼントをしたいと思った。それだけで十分じゃないか?」
「はい。本当にありがとう。そして、おかえりなさい。」
「はい。ただいま。知ってるかい?家に誰か人がいて、行ってらっしゃいとかおかえりなさいとか言ってもらえるのがどんなにあたたかなものになるのか。もっと言うと好きな人と一緒に食事をするのはとても気分がいい。そろそろメメも文句を言う時間だ。僕たちも食事にしないか?」
「いつも食事を作ってくれてありがとう。缶詰め開けて直接フォークで食べるだけだったからとてもありがたいです。」
「僕が料理人になったのは人が自分の作った料理で笑顔になってほしいと思った。だから君の笑顔を見れて、ああ、よかった。もっと頑張って笑顔を見るぞ。って思っているよ。」
ちひろは深々と頭を下げた。
「さ、ご飯の支度だ。夜は始まったばかり。大いに楽しもう。」
ちひろは大和が自宅でもキッチンにいる時間が長いのは仕事を始める前に下ごしらえをしているからだということがわかってきた。下ごしらえをするときに何を食べるのか考えていないと食材の無駄になってしまう。
「大和さんが作る料理はいつも食材が新鮮ですけれど、何か特別なことをしているんですか?」
「特別に何もしていないよ。サラダ用が四分の一、色が変わってきたなと思ったらミキサーにかけてスープにする。家にある食材は副業のマーケットで仕入れたものがほとんどなんだ。だからあまり買い物には行かない。」
「例えば和菓子なども既製品を買わないの?」
「自分で作れるもの。食費は出るときは普通の家庭よりも大きいけれど、効率よく使っているから最終的に節約になっている。」
「みたらし団子やどら焼きも作れますか?」
「もちろん。ちひろさんは和菓子がいいのかな?今度作っておくよ。そして仕事の休憩中に食べればいい。」大和はわざと休憩中にアクセントを入れて自分の意思を伝えた。
ちひろはそのなんでもない会話にぬくもりを感じた。
これこそが光の道なのだと確信した。