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猫になりたい   作者: kiki
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新しい生活

ちひろの引っ越しはとんとん拍子に行った。大家は値上がりするというのは実は嘘で借家人を追い払い、土地を売りたいからだと真実を話してくれた。自分の話にしか興味はなく、ちひろがどこに引っ越しをしようがお構いなしだった。ちひろも聞かれたこと以上のことは話さなかった。もともとあまりよく知らない人と話をするのは今でも気が進まない。通らなければならない道だから無理をして話をしているだけだ。


大家と話をした直後、ちひろは大和の家への引っ越しを始めた。とは言っても持っていくのは衣服とキャリーバックだけだ。市政に電話をかけて大型の不用品を引き取ってもらう手続きをとる。日が暮れるころにはちひろの引っ越しはあっけなく終わった。


メメは新しい部屋を匂いを嗅いで自分の縄張りを確認した。部屋に備え付けの洋服ダンスにはちひろのサイズだと思われる多くの衣服が所せましにかかっていた。浴室の棚にもリネン類が多くあり、まるで高級ホテルの浴室のように石鹸、シャンプーなどが並べられていた。浴槽には絵で表示されてあってジャグジー機能もあった。ちひろは浴槽を触ってその素材を愛しんだ。


仕事も与えられず、やることがなくなったちひろはメメのために小皿をキッチンに取りに行った。


「ああ、引っ越しは済んだか?」


「ありがとうございます。おかげさまですべて終わりました。」


「何か取りに来たの?キッチンも何がどこにあるのか教えないとね。」大和はうなずくちひろを見てから先を続けた。「皿はこの列。コップがその隣。調理器具はシステムキッチンの横にある引き出しに入っている。鍋などはその下。冷蔵庫には野菜、肉、魚、ヨーグルトなどの乳製品がこの冷蔵庫。壁のすぐ近くにあるのがワインセラー。ビール、缶入りのアルコールはワインセラーの横の冷蔵庫。すべて好きに使っていいよ。パン、乾麺、スナックはここ。たまに時間のある時に作り置きをしているから、それも使っていい。」


「ありがとうございます。早急に小皿を一つ。メメの餌を与えるための・・」


「はい、小皿。近いうちに猫のハウスを買いに行かないとね。彼女にも快適に暮らしてほしいから。」


「どうしてそんなによくしてくれるんですか?」


「人の役に立ちたい。ただそれだけだ。」


「私にはあなたに何もお返しができない。」


「お返しを期待してやっていることじゃないよ。とりあえず、メメにご飯を上げてきて。そのあとで僕たちもご飯にしよう。」ちひろは声をかけようと思ったが大和の静かにというジェッスチャーで黙らされた。


「僕が君と一緒に食事をしたいのはひとりよりも二人のほうが食事は楽しいと思うから。」その答えにちひろは何も言えなかった。




大和との食事は確かに楽しかった。彼と一緒にいるとつらいことは何もかも忘れられた。しかし聞きたいことはたくさんあるのに何をどうやって切り出していいのかわからない。こんなことを言ったら嫌われるのではないだろうか?ドン引きされるのではないかと思ってしまう。


「やっぱり君はおしゃべりじゃないんだね。素敵な声なんだからもっと発言してもいいのに。」


「素敵な声なんて・・何を話していいのかわからないんです。一つのテーマが決まっていれば天気の話から政治の話まで一応できるのですが。」


「ほほ、それはすごい。確かにきっかけは大事だね。でもそんなに難しく考えなくてもいいのでは?相手がどう思うかわからなかったら、〇〇に興味がありますか?と切り出すのも方法だと思うよ。相手が興味のあるテーマだったら乗ってくるだろうし、興味なければ興味がないっていうだろうし。仕事場である人は話をやめることはないくらいのおしゃべりで、よく店長から黙れって言われているよ。それでも平気でしゃべってる。あまり話をしないと、この人は何を考えているんだろう?って思われる。」


「大和さんも私のことを何を考えているのかわからない人だと思っているんですか?」


「はじめはそう思った。でもちひろさんと話をするたびに口に出す前にどう切り出し、どんな展開になるのか考えてから話を始める人なんだなと思うようになった。」


「褒められているのかけなされているのかわからないです。」


「もちろん、ほめているよ。そうじゃなければ近づかせない。」


ちひろは周りの者がわかるくらいに真っ赤にほほを染めた。


「ほら、僕だって今の発言は失言だったなって思う。それは後の祭りだ。人間はそうやって学んでいくのだと思うよ。ちひろさんがこの世に生まれたのは何かを学ぶため。僕含めてみんな同じ。見知らぬことはみんな怖い。不安でしかない。でもやらなければ。そのために押しが必要なら僕はいつでも君を押す。生きてよかったと思わせる。おこがましいかもしれないけれどこれは僕の本心だ。」


ちひろは涙を隠すために下に向いた。しかし肩が震えているのは大和も見て取れた。大和はちひろのそばにより肩を抱いた。


「僕は君に自信を持ってもらいたい。人生を謳歌してほしいんだ。一回きりの人生だったら楽しんだほうが良いと思わないかい?君はもう一人じゃない。本音はメメに聞いてもらっているんだろう?僕もそのうちに本音を聞かせてもらえると嬉しい。」


「ありがとう。今はそれだけしか言えない。」


「それでいいよ。誰もあせってない。ゆっくりと行きましょう。さて、新居一日目の夜だけれど寝酒でも飲む?」


「私はお酒飲めないから。」


「そうか、それは残念だ。お風呂に入ってリラックスするといい。お休み。いい夢を。」


「おやすみなさい。大和さんもよい夢を。」


ちひろはその場から逃げるようにして自室に駆け込んだ。


メメはそんなちひろの行動をやれやれという顔つきで見ていた。

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