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猫になりたい   作者: kiki
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仕事の依頼

大和はすぐに台所でメメに出す食事のための小皿を用意した。メメは久しぶりに誰とも共有しない食事を楽しんでいた。大和は何をすべきなのかわかっているらしく中型の鍋に水を入れ、適当な野菜を切り鍋に放り込み、冷凍庫から肉の塊を取り出し解凍する。ちひろは体が闇に吸い込まれていくのを感じながらそれを見ていた。


「ラスクを作ってみたんだ。食べられる?」大和はそういうと小皿に乗ったラスクを差し出した。


「たぶん、君は話ができる状態じゃないから、僕の話を聞いてほしい。僕の仕事はフランスレストランの料理長をしている。そして小さなマーケットの経営者でもある。今までマーケットの事務は僕が一人でやってきた。理由は人材がいなかったからだ。君にその事務を手伝ってほしいと思う。でもこれは君が職がないとか、やってみたいと思わなければこの話はここで終わりにする。もちろん即答はしなくていい。君にも都合があるだろうから。ただ考えておいてほしいんだ。そのことを言いたかった。」


「さて、程よくシチューも出来上がってきた。食事中の飲み物は何にする?」


「水をお願いします。」


「ガス入り?ガスなし?」


「普通で。」


「よし、じゃあ、席について。食事にしよう。君の話はシチューを食べ終わった後に聞くとしよう。それでいいね?」




ちひろは久しぶりに食事というものに堪能した。食事中は大和が会話の主に立ち、メメも自分の食事のほかにシチューのソースが好きだったこと、どこが温かいかを知っており、そこから動くことなく二人の様子をうかがっていた。


「やっとほほに血の気が宿ったね。先ほど君を見たとき土色だったから驚いた。つらいかもしれないけれど話してみないか?吐き出せば心が軽くなる場合もある。」


ちひろはなんと話を初めていいのかわからなかった。都合の悪いことにまた汗が噴き出してきた。過呼吸になってきている。


「君はイエスかノーかで答えて。」大和はちひろの顔色を見てつぶやいた。


「君のその症状は昨日や今日始まったものじゃないね?」ちひろはうなずくだけしかできなかった。「それが原因でいろいろと苦労をしているみたいだ。例えば経済的なこととか?なぜわかるかって先ほどメメを抱いたときにわかったよ。彼女もやせ細っている。十分な栄養が取れていない。君はとっても頑張り屋さんだ。誰にも頼らず自分の力だけで解決しようとしている。でもさ、僕たちがあったのは運命みたいなものだと僕は信じたい。君の力になりたいなって思っている。先ほど言った僕の提案もそれが理由だからだ。でも君は自由だ。嫌なのに承諾することはない。」


「私、パニック障害で知らない人の前に行くと汗が吹き出し過呼吸になります。言いたいことも言えない。でも生きるには働かないといけないから登録会社に登録して仕事を始めました。でも、意地悪な人に理不尽な仕事ミスを押し付けられて解雇されてしまった。私のことよりもメメのことを考えて、何とか食費だけは稼がなければならないと。」


「そうか、つらい思いをしたんだね。君に進める事務は誰もいない。そんなに大人数のマーケットじゃないから。話をするのは僕だけだ。君の適する仕事だと思うよ。肝心なことを忘れていた。給料は時給制で時給額は県が定めた時給で大丈夫?」


「いつから?」


「君が答えた日から。あはは、もちろん勤務時間は9時から5時までの時間の君が都合のいい時間。見ていると君の病気は根を詰めるとダメな気がする。」


「仕事場はどこなんでしょうか?」


「マーケットは駅前商店街の一角にある。今まで事務は僕一人だったから場所にこだわらなかった。僕の書斎室はどう?君の家からも近い。君に頼むことは連絡先を教えてもらうことだ。」


ちひろは何も言えずに自分の携帯電話を渡した。大和は慣れた手つきでちひろの連絡先のカテゴリーに自分の電話、メールなどを記入している。


「これでよし。明日9時に僕の家に来てくれるかな?書斎とやるべきことを説明する。」


ちひろは500mの砂利道を一歩一歩踏み占めるように歩いた。


メメはちひろよりも一歩先に歩き、時々ちひろを見ながら歩調を緩めない。


「人生はプラスマイナスゼロっていうけれどこれからはプラスの時期だよ。」まるでそう言っているように一鳴きした。




翌日、9時にちひろは大和の書斎に来ていた。眼だけ部屋も広さや調度品などを見る。「いったいこの人はどのくらい経済力があるのだろう。」ちひろの率直な感想だった。


仕事内容はばらばらになってしまった伝票を同じカテゴリーに仕分け、パソコンのエクセルを使って書き込みというものだった。


「何か質問、問題点があれば電話して。すぐには出られないかもしれないけれど迅速な対処をするから。あと、休憩はちゃんととること。コーヒーも紅茶も目の就くところにおいてある。それではよろしくお願いしますね。」そういうと大和は鍵とベストをとると車のほうに歩み寄り静かな音を立ててその場から消えた。




そろりそろりとちひろは動き出した。30cmぐらいの深さの箱にはあふれんばかりの伝票が入っている。中身を見て机にひとまとめにするのは無理だと判断すると、床に伝票をカテゴリー別に並べることにした。


作業は楽しかった。誰にも何も言われずに自分のペースで仕事をする。これこそ自分がやりたかった仕事なのだと思い、その反面、数回しかあったことがない人に見抜かれていたということが恥ずかしかったりした。




終わったときには優しい日差しもすっかりと暗くなっていた。


ちひろはトートバックからメメの餌を出して水切りにおいてあった小皿に餌を出した。メメが餌を食べている間ちひろは自分の携帯電話を取り出して画面を見た。


大和から5個以上のメールが着信されていた。すべて読んでからちひろは1つのメールにまとめた。


「朝、言われたことはすべて終わりました。メメのご飯が終わり次第自分の家に戻ります。」


ちひろがメメの食べた小皿を洗っていると庭に車が入る音がした。しばらくして部屋の中に明かりがともる。


「暗い中で怪我でもしたら危ないじゃないか。あ、そうか。どこのスイッチがどこの明かりなのか教えていなかったね。メールしたけど・・」


「先ほど気が付いてまとめて1つのメールで送り返しました。そこにも書いたけれど言われたことを終わらせました。」


「あんなにあったのに?どうせ、君のことだ。休憩も食事もせずに根を詰めてやっていたのだろう。いいかい?君は僕が雇った人だ。雇った人の健康を心配するのも自分の仕事だ。雇用時間には1時間の昼食時間と30分の休憩時間が含まれている。そんなに仕事をしたいのならばこれから2時間は残業してもらうよ。」


「何をすればよいのでしょう。」


「僕と夕食を共にすること。それが君に与える残業だ。」

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