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猫になりたい   作者: kiki
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出会い

第一章




「ふー」ちひろは自分のアパートでバックをテーブルの上に乱暴に置くとため息を漏らした。


外はどこまでも透き通る青空で気持ちがよさそうだったが、ちひろにとってはどうでもいい問題だった。




ちひろは仕事に就いても長続きしない。黙々とこなす仕事ならそれなりにできるのだが、いざ人間同士の会話になると汗が吹き出し、言葉が出てこなくなる。自分でもそれは病気であるということはわかっていたが、治療をするには時間もお金もかかる。ちひろが考えることは日常の生活費だ。社会はちひろのような病気をようやく知ったばかりで、治療機関も国がどのくらい支援してくれるのか、何もかもがはっきりとしない。それまでは個々で自分の生活費を稼がないといけない。生きるためには稼がなければ生きていけないのだ。ちひろは自分のやることはわかっているので、毎日就職情報誌をチェックしては電話をかけ面接に挑むのだが、小鳥が野獣に睨まれている気持ちになって自分の言いたいことを言えなくなるのだ。


「こんな私なんていなくなれば誰も悲しみやしないし、厄介者がいなくなるだけで誰も何も思わない。」


何度となく自殺を考えた。剃刀カット、首つり、自動車事故、剃刀カット以外は直前になっておじけづいた。どうやっても死ねない。それだけ勇気がないのか、はたまた本当は死にたくないのか。いつしかちひろは自殺に関して考えることをやめた。うまくいけばよいけれど失敗したときは治療代がかかる。人間いつしか死ぬもの。死ぬのはその時でいい。だから今のちひろはだらだらと生きているだけだ。部屋の隅で眠りこけている猫にちひろはため息とともに目を向けた。




その猫との出会いはある日、公園のベンチに絶望感を抱いていた時だった。毛並みはきれいで野良猫だとは言い切れなかった。ちひろが猫に自分の匂いを嗅がせ、敵ではないことを証明しようとしたとき、猫はすぐにちひろになついた。それでも飼い主が探しているかもしれないと思い、できる範囲で探したが見つからなかった。


飼われていた時代になんと呼ばれていたのか分からなかったのであえて名前を付けなかったが、いつしかその猫をメメと呼んだ。メメとの生活は思ったよりも難しくはなかった。お互いが自分の縄張りを意識し触れ合うのは朝、夕のご飯を上げるときだけだ。ちひろに猫の餌を買うお金はなく猫でも人間でも食べれそうな缶詰を買っては二人で共有している。飼ってから少なくても半年は経っている。すり寄ってくるときもあるけれど、メメは自分の縄張りからあまり離れなかった。珍しく自分の縄張りから離れてちひろの寝ている布団に入ってきたときもあった。そんな時はちひろはメメを拒絶したりせずに歓迎した。メメは暖かかった。ぬくもりを感じた。しかしだからと言ってぬくもりばかりに浸っていたのでは束縛することになってしまう。


「君はどこから来たの?私なんかのところよりもいいところがたくさんあるだろうに。」


ちひろはメメに話しかけた。メメは触れることが気持ち良いのか目を細めている。


猫の世界はわからないけれど人間の世界よりもきっと何倍もよい世界なのかもしれない。とちひろは思うのだった。




その日はよく晴れた気持ちのいい日だった。気持ちをすっきりとするために掃除をすることにした。窓をすべて開けて空気の入れ替えをするだけでも気持ちが軽くなった気がする。掃除機をかけ、窓などの拭き掃除をしてきれいになった場所を見ると「これから頻繁に掃除をしよう。」と思うのだった。


一方メメは掃除機の音が嫌いだった。いつもは窓が閉まっていて逃げ場がないがこの日に限って窓が全開になっているので音から逃げるために窓サッシに避難した。


それでも掃除機の音はメメに迫ってくる。メメは音を避けるために今まで見せたことのないジャンプをして部屋から脱出した。


「マジ?メメ!戻ってきなさい!」ちひろは叫んだがパニックになった猫には聞く耳を持たないことはわかっていた。


ちひろは掃除機のスイッチをオフにするとメメを目で追った。


砂利道の奥には車道があってその先には金持ちの家とわかるような庭付きの屋敷が建っている。窓を閉め、戸締りをしてからちひろは猫が通った道をたどった。




その建物の周りは一メートル高さの木に囲まれて内、外の遮断を担っている。木から見える内側は、芝生がきれいに整えられていて大きな鉢もあり、気持ちの良い庭園を醸し出している。


ちひろは正面から猫が紛れ込んだということを家主に伝えて連れ出す旨を伝えようか、メメが自主的に自分のもとに帰るのを待つかを考えた。


「怖くても言わなくては。怒られる理由がない。」身体からアドレナリンが吹き出し、手が震えた。


「君はどこから来たのかな?」


「ニャー」


ちひろはその会話を聞き逃さなかった。


「家主は優しそうな人だ。猫が舞い込んできたこともわかっている。話をするならば今がその時だ。」


ちひろは意を決して正面に回り、呼び出しベルを押した。

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