公爵家のお姫様〜とあるメイドの観察日記〜
*本編より少し前です。
ついにこの日がやって来たわ!
シルヴィア様にお仕え出来る日がっ!
あの日の事は、忘れもしないっ!
そう。女神に会った、お茶会の日。
私は、ニーナ・アルデビ。アルデビ家の三女。
父は準男爵だけど、オーブン発明の功績で1代限りで与えられたものだから、貴族とは名乗れない。
商家のように裕福ではなかったけれど、子供のためと言って、無理して高等部まで卒業させてくれた両親には、とても感謝している。
両親に恩返しがしたくて、とある子爵家のメイドになれたんだけど、嬉しかったのは仕事が決まった時だけ。
出勤初日から後悔したわ。
立派なお屋敷に、綺麗なお庭。
シワひとつない制服を着た使用人達。
ここで私の生活が始まるんだ!ってワクワクした気持ちを返して欲しい。
先輩達はとても優しかった。中には男爵家の四女の方もいらっしゃったけど、偉ぶったりなんかしなかった。
メイド長にご挨拶して、すぐさま仕事についたわ。
先輩メイドのミナさんと一緒に、次女のクラリス様付きになったの。
「ミナさん、いきなりお嬢様に付いたりして、大丈夫なんでしょうか。……私経験が」
「ニーナ。大変だと思うけど、頑張りましょう?
ただ、クラリス様はとても難しい人だから……
気をつけるのよ」
8歳になったばかりだという、クラリス様は、
難しいなんてものじゃなかった。
「あら、アンタが今日きた準男爵家のメイド?
大変ねぇ、ああでも!準男爵じゃ無理ないわっ。
貴族じゃないから貧乏人だものねっ!アハハッ」
それからというもの、毎日毎日侮辱され、お茶がまずいと服にかけられたり、ケーキを食べさせてあげると顔面に投げられたりもした。
だけど誰も助けてはくれなかった。
先輩達は優しかった。
私がクラリス様の標的にされると知っていたからだわ!
辞めたいけど、短期で辞めたら問題があると見なされて、働き先が見つからなくなる。
だからって、こんな毎日イヤっ‼︎
「ニーナ!明日のお茶会、アンタも給仕として出なさい。あのヴェルトハイム公爵家のご令嬢もいらっしゃるのよ!我が家のお茶会に公爵家が参加するなんて初めてだわ!失敗は許されない、絶対に」
ヴェルトハイム……四大公爵家の1つ。
とても愛らしくて、天使のように可憐なご令嬢が居ると噂で聞いた事はある。
子爵家よりもずっと上の存在。
憂鬱だわ。
6歳〜10歳までの令嬢達がずらっと揃ったお茶会が始まった。
和やかにお喋りしているけど、ほとんどの視線は、ホストのクラリス様より、例の令嬢に向いている。
無理もないわ。家柄だけでなく、優れた容姿も持ち合わせているんだもの。
太陽に反射してキラキラ輝く銀髪のウェービーヘアに、サファイア色のこぼれ落ちそうな瞳。
肌は陶器のように白く滑らかで、頬は健康的に色付いている。
見るなという方が難しいわ。
きっと天使が実在したら、彼女みたいな容姿に違いない!
クラリス様は、それが面白くないみたいでイライラしている。
「ねぇ、皆様っ?せっかくお集まり頂いたんですし、芸はいかが。我が家のメイド達は魔法が得意なんですの」
まぁ素敵!と令嬢達はザワついている。
この国で魔法教育が始まるのは10歳から。
今日の参加者はほとんどがまだ使えないはずだ。
「メイド長!新しいお茶を淹れて差し上げて?」
ティーポット・カップが浮かび、ポットの中に指先から放物線を描いてお湯が注がれる。
メイド長自らお茶を淹れる事なんてないから、初めて見たけど――なんて幻想的なのかしらっ。
「アハっ、すごいでしょ?味もお約束しますわ。
そうね、蒸らしている間に、風変わりな魔法もお見せするわ」
他に魅せる魔法が使えた人なんていたかしら?
「ニーナ!いらっしゃい!
彼女は魔女のくすりを美味しく変化させて飲んで見せるわ」
今度は違う意味で令嬢達がザワついた。
魔女のくすりは、罰として使われる液体だ。飲んだそばから呻き出すものが多い事から、毒薬ではないかとも疑われている。
そんなものをどうやって飲めと!
私魔法なんて使えないわ!
さあ、どうぞ?とニヤつきながら魔女のくすりを差し出してきたお嬢様に、吐き気がした。
ここで拒否しても、飲んで普通のリアクションをしても次の就職先はなくなる。
顔に出さずに飲まなきゃ。
「ニーナ、どうしたの?早く飲みなさいよぉ!」
どうしよう、飲まなきゃっ。
「あら、私もきょうみがありますわ。
魔法で飲みやすくなるなんて、いったい何魔法なのかしら?」
「ま、まあっ。シルヴィア様にご興味を持って頂けて光栄ですわ。もう魔法はかけられた様ですから、あとはメイドが飲めば証明出来ますわね!オホホ。
ほらっ、お早く飲みなさい。ニーナ!」
「魔法はかけられてますの?
でしたら私がいただいてみたいですわ。
……よろしいですか?クラリス様」
えっ⁉︎ シルヴィア様が?
飲ませるわけにはいかないわ。
魔法なんてかかってないもの。そんな事したらクビどころか捕まってしまうかもしれない。
「シルヴィア様っ⁈ それは出来ませんわっ。
万が一、失敗している可能性もありますし、
成功していても、公爵家の方にそんなものを飲ませるわけにはいきませんわ!」
「ですが、クラリス様がしんらいする方なのでしょう?
お茶会で芸を見せて下さるんですもの。
そんなメイドが飲むのなら、私も飲んで良いでしょう。
それとも失敗するかくりつが高いんですの?」
先程まで、可愛らしく微笑んでいた彼女は、
スッと目を細めてクラリス様を真っ直ぐに見た。
ああ、きっと気付いてらっしゃるんだわ。
嬉しいような。だけどこれで仕事は失くなってしまった……両親に何て言おう。
噂になってメイドとしてはやっていけない。
それこそ商家とか、貴族なんて居ないところで働けば良かった!
「そっ、それはっ!」
クラリス様だって、私に全部押し付けたとしても無傷ではいられない。他家の令嬢に対する使用人の失礼は、主人の失礼だもの。
良いザマね、真っ青になって目を泳がせている。
でも誰も助けてくれないわ。
周りに居るのはたくさんのご令嬢と、アナタが見下した使用人だけですもの。
私は持っていたグラスを置いた。
短いメイド人生だったわ。
―――ひょこっ
「メイドさん、飲まないのでしたら下さる?」
いつの間にか側に来ていたらしいシルヴィア様がグラスをサッと持った。
「あ゛っ‼︎ 」
あろう事かグイッと一気に煽ったのだ!
「………まぁっ、本当!不思議なお茶のような味だわ。素敵な魔法をお持ちね!」
―――うそっ⁉︎