管仲と鮑叔の正式な仲間になる
今日も2度の更新にチャレンジ中です。
「1日25両(12万5千円)の稼ぎか……凄いことだぞ、風英!」
鮑叔がバシバシと俺の肩を叩いてくる……結構、いや、かなり痛い。
「でも参ったねぇ、菅さん。これじゃ、僕らの出資なんか風英には全く必要なさそうだよ?」
「そうですね。これだけの商品であれば、私たちの協力が無くとも、悠々自適に過ごすだけの糧を得ることが出来ましょう。お二人の未来は明るいようです」
確かにそうなんだろうね。
だけれど、歴史上の有名人であるらしい管仲・鮑叔の二人と離れるのは、なるべく避けたいところだ。
単純に、俺が二人を信頼していて、かなり気に入っているってこともあるし、拾ってくれた恩も、できれば返したい。
「あの、俺としては、これからもお二人の世話になりたいと思っているのですが……」
「そうなのかい? 風英はこう言っているけれど、どうする? 菅さん」
「ふむ……」
「風英殿。私たちと行動を共にしたい理由を伺っても?」
「まず一つ。俺たちにはコレを商う販路がありませんし、能もありません。勘当されているので、実家の伝を頼むこともできませんから」
「これだけの商品を土産にすれば、実家に戻ることも可能でございましょう?」
「言い方を間違えましたね……俺を勘当するような実家には頼りたくありませんし、まして利益を与えたくはありません」
「ああ、なるほど。気持ちは良く理解できます」
わかるのか? 理解できちゃうのか?
管仲は、割と根に持つタイプなのかな。
「ですが、販路は地道に活動すれば拓けるかもしれませんよ?」
「そうっすかね? 管仲さんが評価してくれたように、紙には大きな価値があるのだろうと、俺も思います。であれば、製法やらを狙ってくる商売敵も現れるんじゃないですかね?」
「私たちに、そういった敵から守って欲しいと?」
「まぁ、そういう側面もあるというか、なんというか……」
「兄はですね、管仲様と鮑叔様が好きなのですよ」
「「「え?」」」
風花の発言に、皆で唖然としてしまった。
まぁ、確かにその通りではあるんだが……。
「えっと、まぁそうっすね。お二人に拾ってもらった恩も感じてますし。単純に尊敬できる方々だと思いますし……」
「兄様? あまり弁を弄すべきでない場面もございますよ?」
「そっか……うん。そうだな!」
風花ってば、良いこと言うね。
グダグダと理由を並べるよりも、最も強い想いを言葉にした方が伝わることもあるはずだ。
「俺も風花も、管仲さんと鮑叔さんのことが好きです。離れたくありません」
しばしの静寂が流れた……。
沈黙を破ったのは、鮑叔であった。
「嬉しいねぇ。僕的には管さんの名前を先に言ってくれたことが、何より嬉しいよ!」
「鮑叔殿……」
管仲が困ったように身を捩ったが、鮑叔はそれには構わずに言葉を続けた。
「菅さんは、今は商人に身を窶しているけれど、勿論これには理由があるのだし、いずれは中華の宰相になる人物だと、僕は確信しているんだ」
「鮑叔殿……?」
「僕が周都で得た最も大きな財は、菅さんという知己を得たことなんだ。どんな学舎で学ぶより、菅さんと言葉を交わした方が、何倍も学ぶことが多かったからね」
「鮑叔殿。もうその辺で……」
「だけどね。菅さんは【一体どんな星の下に生まれたんだ?】ってくらい運が悪いんだよ。しかも陰気だから、周りから誤解もされやすいし」
「鮑叔殿?」
「菅さんは、一度昇ってしまえば、きっとどこまでも高く、中華の頂へと至る人なのは間違いないんだ。風英、それまでは僕たちでサポートしようじゃないか! 菅さんの陰気を払えるように、陽気にさっ!!」
「陰……気……」
鮑叔の演説が盛り上がるほどに、管仲は陰に染まってしまっている。
大丈夫かなぁ鮑叔さん……というか言葉を選ぼうぜ?
管仲のプロデュースの仕方を間違えなければよいけど。
「ま、まぁ俺としても、管仲さんに学びたいところが多くあります。どうかこれからも、お二人の一行に加えてください」
「私のことはともかく……です。風英殿が私たちと行動を共にされたいとおっしゃるのであれば、歓迎いたしましょう。私としても、風英殿から学ぶことは多いでしょうから」
そう? そんなものは無いと思うよ??
でも、歓迎してくれるって言うんだから、全力で甘えさせていただこうかな。
「では、今後もよろしくお願いいたします!」
「ええ、こちらこそ」
こうして、俺たちは、今後も管仲・鮑叔の世話になることが決まった。
俺は、立場的にどんな扱いになるんだろうね?
「今まで風英殿は、私たちの庇護下にありましたが、今後は【仲間】として扱わせていただこうかと思います」
「えっと……具体的には?」
「衣食住の保証はいたしませんので、自分の食い扶持は自分で稼いでください」
マジかー……。
そうなると、微々たるものとはいえ、紙を作る【元手】が無くなっちゃうな。
というか、明日の飯も食えなくなるんじゃね?
「先立つものとして、この試作品を買い取らせてください。10枚を5両(2万5千円)でよろしいですか? これは私が個人的に使わせていただきます」
「あ、はい。とても助かります!」
さすが、管仲だ。
言わずとも考えていてくれたんだな。
「今後、紙の販売を私に委託される場合は、適正価格の半値、つまり4枚で1両(5000円)で買い取らせていただきます。ですが、販路を自分で開拓されても問題ございません。そこは風英殿のご判断にお任せいたします」
ふーむ半値か……相変わらずシビアだなぁ、管仲さん。
つっても、煩わしい販売のことを考えず、生産に打ち込めるのは有難いな。
1日の稼ぎが62500円になっちゃうけど、稼ぎとしては妥当だろう。
「それと、一つ提案をさせていいただきましょう。紙の生産は計画的に行うべきです」
「計画的……ですか?」
「はい。紙は中華を揺るがす発明になります。風英殿が先に言った通り、製法を奪いにくる輩も必ず出るでしょうが、これは、さしたる驚異ではありません」
「なぜですか?」
「鮑叔殿が不当の輩から、貴方たちを守るからです。それに紙を市場に流せば、研究・解析されて、いずれは製法が知られてしまうことにもなりましょう」
「おう! 僕に任せてくれ。紙の制作環境は整えるし、警備も付けてやろう」
確かに実物が手に入るのだから、製法が解明されるのも時間の問題か……。
市場を独占できる時間は少ないってことかな?
「まずは紙は少量ずつ市場に流し、希少価値を保たせて値段を釣り上げます。そうですねぇ、倍値の1枚1両でいきましょう。もちろん、私に販売を任せていただけるのであれば、その期間は2枚1両(5000円)で買い取らせていただきます」
「たっか!」
よっしゃ! 期間限定とはいえ、1日の稼ぎが12万5000円に戻ったぞ。
「市場に流すのは少量に抑え、販売先も厳選します。ですから、商売敵が紙を手に入れる可能性は、多少なり低くなるでしょう。その間に風英殿は、紙の品質を出来る限り高めてください。生産よりも品質の向上に重きをおいて頂くことになります。これは未来への投資とお考えください」
「品質の向上が、未来への投資……。すいません、それはどういうことでしょうか?」
「紙の製法を知られたとしても、所詮それは模倣品にすぎません。本家の品質が高ければ、それは容易に真似できるものではなくなります。品質向上の研究には時間が掛かかるものですから」
確かに。
材料とおおよその製法が分かったとしても、それを完璧に模倣することは難しいし、品質を同等にする、となれば尚更だ。
「稼ぎ時は、模倣品が市場に出回るようになってから、それが本家の品質に並ぶまでの期間です。この間に大量の商品を市場に流して、一気に荒稼ぎします」
「その期間はどのくらいの長さになるでしょうか?」
「それは、風英殿がどれだけ品質を向上できるか? 商売敵がどれだけ研究できるか? 次第になります。頑張ってください」
「分かりました!」
「出来れば国策の水準で生産体制を整えたいところですね。製法の簡略化と、職人の育成、生産施設の拡大。これらも今後の課題になってくるでしょう」
「は、はぁ……」
なんだか事が大きくなってきたなぁ……国策って、国家事業ってことだろう?
そんなこと、一介の商人に出来るものかな?
「よしっ! 生産は斉の国で請け負おうじゃないか。斉は農地に恵まれていないからな。基盤となる産業が出来るのは、有難い」
あ、斉国の大夫のご子息がいらっしゃいましたね。なるほどだ。
「斉国で生産するかどうか……。それは発明者である風英殿に決めていただきましょう。それは彼の権利ですから」
「なるほど確かに。頼むぜ? 風英。どうか、僕の故国を潤してやって欲しい」
「まぁ、他の国と関わりは特にありませんし、俺はそれで構わないっていうか……」
「良いのですか? 生国である魯国を栄えさせる、という選択肢もあるのですよ?」
「言ってみれば、俺を捨てた国ですからね。拾ってくれた恩人の故郷を栄えさせることが出来るのであれば、その方が俺も嬉しいですし……。あ、でも管仲さんの故郷でも良いですけど」
「お気持ちだけ有り難く……。私は生国に興味はありませんゆえ。風英殿と似たような心境だとご理解ください」
「そ、そですか」
管仲は、過去に故郷で何かあったんかねぇ。
話が重そうだから聞きたくないかも……今は聞かんとこ。
「よしっ! それじゃあ、取り敢えずは鄭都の拠点へ戻ろう。鄭は東の中心的国家だから、紙を市場に流せば自ずと噂になるだろうし、恐らくかなり高額で売れる。僕が太子に頼んで、秘密裏に生産が行えるような場所を確保するから、風英は紙の生産と、品質の向上を頑張ってくれ」
「承知しました」
「あとは、斉国の実家に連絡して、領地と領民の一部を拝借できないか相談してみるか……色々と忙しくなりそうだ。ところで、菅さんはどうするんだい?」
「私はしばし、風英殿と行動を共にしようかと……。紙の品質向上の力になれるかも知れません。それに柄にもないことですが、今回の計画には、私も少なからずワクワクしていますから」
管仲が破顔……とまでは言えないけれど、微笑んだ気がした。
感情の機微が、表情に出にくいタイプだからこそ、管仲が笑ってくれると、なんだかこちらも嬉しくなる。
だから鮑叔は、管仲の世話を焼くのかもしれないな。
「へぇ、珍しいね。菅さんが、楽しそうに笑うなんて」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。この僕が言うんだから間違いない」
「私は……久方ぶりに、未来に希望を持つことが出来たのかもしれませんね……」
だから過去に何があったんだよ!?
そういや鮑叔が【管仲は不幸の星の下に生まれた】みたいなことを言っていたな。
いずれ、そこら辺の過去話も聞くこともあるのかねぇ……なんか怖いけど。
「それじゃ、僕たちの明るい未来のために……いざ往かん鄭都へ!!」
「「「お、おー」」」
テンション高っけぇな、鮑叔さんてば。