管仲と鮑叔との出会い
いよいよ【管鮑の交わり】で有名な管仲さんと鮑叔さんに出会います。
彼らの口調や一人称・二人称はファンタジックにしておりますが、どうなんでしょうか?
「なんだよ? 【管鮑の交わり】って」
「はぁー……」
ふぅーやれやれ。とばかりに溜息をつく、JOKAPEDIAさんこと風花さんである。
「管鮑の交わりとは、いわゆる故事成語の一つじゃな」
「故事成語ってのはなんだっけ? 聞いたことはあるけど……」
「なんとっ!?」
もはや溜息すら出ずに絶句した風花は、驚愕に目を剥いて俺を見上げた。
無知で悪かったな!!
いや、なんとなく知ってはいるんだよ? ただ、間違っていないかどうかを確認したかったのだ。
俺は慎重派なのさ。
「故事成語とは故事……つまり古き出来事を元にした言葉で、まぁ言ってみれば【ことわざ】みたいなものじゃな。鶏鳴狗盗、漁夫の利、朝三暮四。これらも故事成語なのじゃが、聞いたことはないかの?」
「漁夫の利は知っている。第三者が利益を掠め取る、みたいなやつだろう?」
「その通りじゃ、この故事成語は、鳥と貝が争っているのを利用して、漁師がその鳥も貝も捕まえた、という故事を元にしているのじゃよ」
「なんだよ、鳥と貝の争いって」
「妾も同感じゃが、そこはつっこむな」
「そんで、管鮑の交わりってのは、結局、どういう意味なんだ?」
「誰もが羨むほど互いに理解し合った友情、といったところじゃな」
「親友でよくね?」
「その強化版じゃ! 似たような言葉に【刎頸の交わり】や【水魚の交わり】などの故事があるが……知らんじゃろな?」
「ああ、知らん!」
「胸を張るな……。いずれにせよ、管仲も鮑叔も、歴史上の有名人なのじゃ!」
ふーん。
有名人ってことは、凄い人ってことなんだろうけれど、稀代の極悪人って線もあるのか? 【管鮑の交わり】の意味を聞く限り、良い者系の人物だとは思うんだけど。
「二人はどういう意味で有名人なんだ?」
「それは教えられんのじゃ!」
「なんでだよっ!!」
「言ったじゃろ? 妾はあくまで【お前が直に死なない程度に情報を与える】のが役目であって、お前の言うことを聞く便利アイテムじゃないのじゃ!」
そういえば、そんなことも言っていたか……。
その判断のラインは、今ひとつ分からないけれど、確かに彼ら二人の細かな素性を俺が知ってしまったら、観察している側の女媧様的には、つまらないことになるだろうな。
そんなことで、これ以上、風花相手に粘っても無駄だと、俺は判断した。
「まぁ、じゃがのぉ。お前があの二人と関わり合いになりたい、というのであれば、その協力はしよう。妾に話を合わせてみるが良いぞ!」
「え、それはOKなのか?」
「うむ。そのかわし、妾に美味い飯を食わせるのじゃぞ?」
「お、おう」
風花の女媧様に対する忠誠心は低いのかもしれないな……というかチョロそうだ、と風花に対して思った瞬間であった。
「相談は終わりましたか?」
繊細大男こと、管仲が、こちらに近づいてきた。
相変わらず目線が鋭くて萎縮してしまいそうになる。
「ふふ。一体どんな相談をしていたのかな」
鮑叔は、変わらず陽気な感じだ。
この人は単純に良い人に見えるんだよなぁ。これで極悪人だったとしたら、演技賞ものだよ。
「はい。私達の境遇をお二人に明かすべきかを、兄と相談しておりました」
俺も慌ててウンウンと頷いて、風花に合わせる。
「そうでしたか。それで、我々に境遇を明かすことに決めたのですね?」
「え、あ……はい」
そう管仲に見抜かれて、風花は面食らっていた。
小声で話していたし、距離も結構取っていたから、話の内容を聞かれてはいないと思うのだけれど……顔に出てたか?
「では……ごほん! 兄は商家の三男で、私は次女でございましたが、勘当されて家を出されてしまったのです」
「それは穏やかじゃないですね。理由を聞いてもよろしいですか?」
「この通り、兄の風英は変わり者でして、奇想天外な格好を好むんです」
「ああ、なるほど。それで、その趣味に多額の金を浪費してしまった……と?」
「え、あ……はい。その通りです。どうしてそれが分かったのですか? 管仲様」
説明を遮って管仲が言葉を継いだことに、風花は驚愕していた。
管仲は、どうして風花の言わんとすることが分かったのだろう?
「風英殿の召し物を見る限り、とても上質な素材で作られていることが伺えますし、その奇抜なデザインを工夫するのは、相当な労力とお金がが必要だったはずだと、そう思ったのですよ」
一瞬でそこまで考えを構築したのか!?
さては管仲……賢いな?
管仲が【デザイン】という言葉を使っているけれど、これが女媧様が与えてくれた言語解釈の能力なのだろうな。俺が理解しやすいように意訳されて伝わってくるのだろう。
ってことは、俺が英語やら、この時代にそぐわない言葉を使ったとしても、相手に意訳されて伝わるから、問題ないってことか……。
こりゃ気楽でいいやね。
「風英殿は、身体に何か問題があったのでしょうか? いや、失礼な質問であることは承知しているのですが……」
「……なぜ、兄の身体が悪いと思われたのですか?」
「まず一つ。常に風花殿が話されていることが不自然です。普通に考えれば、年長者である風英殿が話すのが道理というものでしょう」
ん? 確かにそれは不自然かもしれないけれど、どうして俺の身体が悪いって設定につながるんだ??
「次に、風英殿のお姿です。風花殿は、おそらく裕福であったのだろう商家の娘であるのだから、まだ理解できますが、日焼けも傷も見受けられない風英殿の白い肌は、些か不自然だと考えます。その二点から推論しますに、風英殿は長く伏せっていらして、世間に疎いところがあるのだ……と予測してみました」
「ご慧眼、感服いたしました」
風花が拱手して頭を下げ、管仲に尊敬の意を表している。
いや、ぜんぜん違うけどな!!
管仲さんの予想は、まるっと外れているけどな!!
でもまぁ、タイムスリップしてきたことなんて、どうしたって見抜けやしないのだから、少ない情報の中で、これだけのことを予測した管仲は、素直に凄いと思う。
俺と風花は、管仲考案の設定に乗っかることを、目線を交わして暗に合意する。
「おっしゃる通りです。俺は幼少の頃からの病のために、外に出たことが殆どありませんでしたし、家内のごく限られた者としか、接したことがありませんでした。幸い今は全快しているのですけどね。だから、ご指摘の通り世間の常識に疎いです。礼儀作法も、あまり身に付けていませんので、失礼もあるでしょうから、先に謝っておきます」
「礼儀など構わないさ。楽にしてくれていいよ」
鮑叔がニコリと笑った。
この人の笑顔、なんか安心するなぁ……頼れる兄貴って感じがする。
「助かります。病で伏せっている間、俺は特にやることもなかったから、服のデザインとかを暇つぶしに考えていたんですよ。実家は服も商っていましたから。結果、出来た服がこれです」
ブレザーの裾を手で摘んでアピールしてみる。
「そんなことを繰り返して、親の脛を齧っていた……までは良かったんですけどね。病が治ったので、実家の仕事を手伝おうとしたのですが、よくある話しで父と衝突しました。大喧嘩して勘当されてしまったんですよ。まぁ半分は家出みたいなものなんです。いやぁ少しぐらい実家の金をくすねてくれば良かったと、今まさに後悔していますよ」
おうおう、ペラペラと嘘が出てくるぜ!
良い設定を作ってくれた管仲のお陰だね。
「ふむ……。なるほどですね。それで、風花さんは何故風英殿と一緒に?」
「兄が好きだからです。ね? お兄ちゃん」
「お、おう」
え? そんな設定でいくんですか??
「私は私で、殆ど家の仕事を手伝わされることなく、蝶よ花よと大切に育てられてきました。病で家にいる兄とは接することが多くて……自然とお兄ちゃん子になっていたのです。兄が勘当されたことを知って、私は悩むことなく兄を追いかけました。私だって窮屈な家の中じゃなくて、外の世界が知りたかったんです」
お兄ちゃん子で、世間知らず。でも好奇心溢れる女の子。
うむ、その設定、理解したぞ!
「事情はわかったけど、二人はこれからどうするんだい? なにかあてはあるのかな? 子供二人で生きていけるほど世の中は甘くないよ?」
鮑叔が心配そうに言った。
「いや、俺はもう17歳ですよ?」
「うっそ!? 僕と1歳しか変わらないじゃないか!」
そりゃコッチの台詞だ!
そんなに若かったんかい! 鮑叔さんってば。
てっきり23歳くらいだと思っていた。
ちなみに管仲さんのことは、三十路に突入していると予想している。せっかくだから聞いてみよう。
「ちなみに管仲様はおいくつなんですか?」
「私は22歳になります。この中では唯一成人していることになりますね」
マジか!
同じ東洋人とはいえ、文明レベルが低く、おそらく色々と苦労が多いだろう世の中では、顔に刻まれる歴史に差があるのかもしれないな。
「それと、私に【様】は不要ですよ。祖先を辿れば士族の家系ですし、潁上ではそれなりに名が通っている家ではありましたが、既に没落しております。今の私は只の行商人にすぎません。特に謙っていただくような身分ではありませんから」
歴史に名を残す人物の割に、気安い感じなんだな。なんか行商人らしいし。
鮑叔さんはどうなんだろう?
チラリと鮑叔の方を見ると、彼は相変わらずニコニコしていた。
「ん、僕かい? 隠すようなことでも無いから言ってしまうと、僕は斉国の大夫の三男坊だ。勉強のために周都に出されて管さんと知り合った。菅さんは僕のお師匠さんってところだね」
大夫の息子って、めっちゃ偉い人なんじゃないのか?
「なんかその……すいません」
「何がさ!? 謝る必要なんてないよ。僕も君からの【様】付は勘弁して欲しいかな。僕も今は管さんと行商をしているところだしね」
鮑叔は誇らしそうに、手に抱えた反物を見せてくる。
何がそんなに嬉しいのやら。
「大丈夫なんですか? 勉強しないで行商なんかして……」
「人はこれを遊学と呼ぶ。商いから学ぶことは多いのだよ」
ホントかよ!
単純に楽しんでいるようにしか見えないぞ?
「鮑叔殿は、貧乏な私のために出資や手伝いをしてくれているのですよ。本当にありがたい話です」
管仲はしみじみと言った。
言われた鮑叔は照れて、顔を赤くして居心地が悪そうにしている。イイ奴だ。
「ただ、商売が学びにつながることも、また真です。その地の農作物や特産物を知ることは、その国の力を計ることに繋がります。国を富ませるにはまず、農業や産業を育て、民を豊かにしなければなりません。いずれ斉国の政治に関わるであろう鮑叔殿にとって、行商の経験は決して無駄にはならないでしょう」
そういうものかもしれない。
他国の農業の工夫とかをパクることができるかもしれないし、不足している品物が分かれば、それを自分の国で生産して、他国に高く売りつけられるかもしれないし。
「風英殿……。よろしければ、私たちの行商を手伝ってみませんか?」
思いがけない管仲の提案に、俺と風花は顔を見合わせた。